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【シナリオ】 拾う神あり

 < 人物 >
池尻蓮(れん)(21)大学生
矢代京子(26)会社員
工藤彰(21)池尻のクラスメイト
水木早苗(19)大学生
男 

◯JR四谷駅前・喫茶店「ボヌール」内(夕)
   白い壁に「Bonheur」と書かれた小さな看板が掛かっている。
   駅のアナウンスがかすかに聞こえる。
   夕日の射す窓辺のテーブルに、池尻蓮(21)と矢代京子(26)が
   向き合って座っている。
池尻「え! 京子さんが結婚っ?!」
   池尻、口に運ぼうとしていたパスタのフォークを取り落とす。
   京子、ゆっくりと紅茶を飲むと、カップをテーブルに戻す。
京子「そう。だから、蓮にはもう来ないで欲しいの」
池尻「そんな。いきなり…」
京子「いきなりじゃないわよ。寮に戻って、て、ずっと言ってたじゃない」
   京子、隣の椅子の上の紙袋に手を伸ばすと、池尻の方へ押しやる。
京子「はい、蓮の荷物」
   池尻、紙袋の中を覗く。
   たたまれたグレーのパーカーやシャツ、緑色のバンダナが見える。
   バンダナの角には、白い糸で「Ren」と刺繍がしてある。
京子「部屋にあったのはこれで全部よ」
池尻「ちょっと、待ってよ…。
   あ、これ、京子さん作ってくれた奴じゃん」
   池尻、袋からバンダナを出して広げる。
京子「元カレの名前を刺繍したものなんて、置いておけるわけないでしょ」
   バンダナを京子の方へ差し出す池尻の手を、京子が押し返す。
   池尻、その京子の手を握る。
池尻「京子さん。相手、どんな人なの」
   京子、池尻の手を外しながら、
京子「もう、蓮には関係ないことだから」
池尻「関係ないって…」
   池尻、顔をゆがめる。
京子「じゃあね、池尻蓮くん。さよなら」
   京子、席を立つと伝票を持ち、ヒールを鳴らして出てゆく。
池尻「ちょっと、京子さん!」
   池尻、席を立ちかける。
   が、振り返り、手を付けていないパスタを情けなさそうに見る。

〇JR四谷駅前・橋の上(夕)
   紙袋を手に下げた池尻が、橋の中央に立っている。
   橋の下を電車が通る。その脇のグラウンドを駆ける学生達が見える。
   うつむいて、ぼんやりと見降ろす池尻。
   その後ろを大勢の人が行きかう。
   ×   ×   ×
   教会の鐘の音が聞こえてくる。
   池尻、顔を上げ、音の方へ視線を巡らすと、
池尻「イグナチオの鐘、かぁ…」
   と、つぶやく。
   池尻のそばを通ろうとしたスーツ姿の男が、池尻にぶつかる。
   紙袋が池尻の手から落ちる。袋が倒れてバンダナが飛び出す。
男「あ、すみません」
池尻「どーも…」
   男、足早に去る。池尻、紙袋とバンダナを拾い上げる。
池尻「あーんな感じの、奴、なのかなぁ…」
   池尻、スーツの背中を見送る。

◯JR四谷駅前・イグナチオ教会脇(夜)
   煉瓦塀が連なる道。塀の向こうに白い十字架が見える。
   紙袋を手に下げた池尻が、塀のそばの電信柱脇で足を止める。
   電信柱の足元に、小さな段ボールが置かれている。
   中からキュンキュンという鳴き声。
   池尻、しゃがみこんで、段ボールの蓋を開ける。
池尻「あらら。お前も捨てられちゃったのか…」
   小さな茶色の仔犬が、池尻を見上げている。
   手を差し出す池尻。

◯コンビニ店内(夜)
   自動ドアのアナウンスが鳴り、池尻が小走りに入ってくる。
   カウンター内から、制服姿の工藤彰(21)が声をかける。
工藤「蓮? 何慌ててんだ?」
   棚から牛乳パックを掴んだ池尻、カウンターに駆け寄る。
池尻「工藤、お前、確か、実家だったよなっ?!」
   首をかしげる工藤。

〇イグナチオ教会脇(夜)
   電信柱の脇にしゃがみこむ池尻と工藤。
   池尻、仔犬に手のひらから牛乳を舐めさせようとしている。
工藤「悪いなぁ、俺んち、妹の受験でピリピリでさ」
池尻「だめかぁ、やっぱり…」
   池尻、がっくりと頭を下げる。
   仔犬が伸びあがり、池尻の額をなめようとする。
   立ち上がる工藤。
工藤「すまないな、蓮。じゃぁ俺、バイトに戻るわ」
池尻「あぁ、悪かったな」
   池尻、しゃがんだままで、工藤に軽く手を振る。立ち去る工藤。
   仔犬、じっと池尻を見ている。
    ×   ×   ×
   雨が降り出す。ざあっという音。
   あっという間に、池尻の前髪がぺしゃんこになる。
池尻「やっべえっ」
   池尻、慌てて立ち上がる。が、段ボールを振り返る。
   池尻、紙袋から緑のバンダナを取り出し、仔犬にそっと被せる。
   キューン、という声。
池尻「ごめんな、チビ」
   池尻、バンダナの上から、仔犬の頭を優しく撫でる。
池尻「俺の寮じゃ、飼ってやれないんだよ」
   キュウゥン、とさらに鳴き声。
   池尻、ぎゅっと目をつぶってから手を放す。
池尻「いい人に見つけてもらえよ」
   池尻、紙袋を頭上にかざしながら駆け出す。      

〇イグナチオ教会脇(夜)
   静かな雨の音。
   傘をさした華奢な人影が、電信柱の脇に屈み込む。

◯JR四谷駅傍・真田掘土手
   土手の上に、明るい日差しが降り注ぐ。
   土手下のグラウンドから運動部の掛け声が聞こえる。
   池尻と工藤、ベンチに座ってグラウンドを眺めながら、
   ハンバーガーに噛り付いている。
工藤「そう言えば、蓮。お前、別れたんだって?」
池尻「何言ってんの、今さら」
   池尻、ハンバーガーの包装紙を両手で弄る。
   工藤、ジュースを飲みながら、
工藤「いい女だったのに、もったいねー」
池尻「もう、ふた月以上も前の話だって」
   池尻、フライドポテトを3本一緒に頬張る。
工藤「何が原因だったんだよ?」
   工藤、肘で池尻をつつく。
   池尻、フライドポテトを口にくわえたまま、首を左右に振る。
早苗の声「レン! 待って!」
   ポテトを口からはみ出させたままの池尻、声の方角へ顔を向ける。
   首に緑色のバンダナを巻いた茶色の犬が走って来る。
   犬、池尻の膝に飛びつく。
池尻「おぉっ?」
工藤「うわっ」
   工藤、ベンチから飛びのく。
   池尻、ハンバーガーを犬から守ろうと高く掲げる。
   さらに飛びつく犬。犬の首のバンダナが、揺れる。
池尻「あ! お前…あの時のチビかぁ?」
   池尻、ハンバーガーを置いて犬を抱き上げる。
池尻「工藤、あいつだって。お前、元気にしてたのかぁ」
   池尻、顔を犬に近づける。
池尻「結構、大きくなったじゃん。いいもん食わせてもらってるのかぁ?」
   池尻の顔をなめる犬。工藤が恐る恐る寄ってくる。
早苗の声「待って! レンってば」
   池尻、声のする方向を見る。
   水木早苗(19)が、リードを手にスカートを翻して駆けてくる。
   ベンチの前で止まる早苗。
   体を折り、膝に手を当て、呼吸を整えようとする。
   池尻、じっと早苗を見る。
早苗「…あ、あのっ」
   早苗、苦しそうに顔だけを上げる。
   そして、膝から右手を上げて犬を指さすと、
早苗「この、バンダナのっ、方…ですか?」
   池尻、犬を抱いたまま、こくこくと頷く。
   イグナチオ教会の鐘の音が鳴る。 

小道具縛り、という課題で書いた、初めての「20枚シナリオ」です。
書いたのは去年。
コロナの緊急事態宣言で出歩けなくなっていた頃ですので、舞台にしたい場所を確認に行けない。
そんなわけで、
「ドラマが生まれそうな場所はないかな…」
と、身近な場所や、かつてよく通った場所を脳内再生しまくっていました。
四谷のイグナチオ教会は真っ先に思いついたスポット。
結局、ほとんど登場しないのですが(笑)。
どこかでコロナ禍の状況を、「神頼みしたい…」と思って舞台に選んだのかもしれません。
私個人の生活は、去年のあの頃とさほどに変わらない気もしますが、
ワクチン等々、進展も少しはあるわけで。
どうか、会いたい人に会い、行きたい場所に行ける毎日が、早く戻ってきますように。

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