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【小説】「顔の無い身体と心無き触れ合い」2

夜空が白ける。昼のようだ。目の前に、自分の背よりはるかに高いオレンジがそびえる。それはじわじわ広がり、私の肌から汗を拭き出させる。熱い。真っ黒な柱が炎に囲まれ次々に崩れ落ちる。そして足元の炎から真っ黒な腕が伸びて来て、私の足首を掴んだ。

焦りや恐怖じゃない。どこか白けた気持ちになる。炎の轟音も悲鳴も、消防車の音も、全て静かになる。私は腕を踏みつける。枯れた木のようにあっけなく、腕はボロボロ砕ける。私は火事の家から逃げた。

「もう追ってこないな」

はるか昔に見たのは一緒に家と焼ける夢。少し前に見たのは腕を踏みつけるが逃げられない夢。そして今は、逃げられる夢。

あっけなく私は目覚めた。

しばらくして、外で猫の鳴き声が聞こえ、カーテンを開ける。何度か寝たり起きたりを繰り返していたからもう夕方だ。左側は公園に繋がる雑木林が広がり、木々の向こうから夕陽が滲む。右側は古い木造建築に囲まれた路地で数匹の猫が路地を行ったり来たりしている。

私は濃い灰色の上着でアパートの部屋を出て、路地に入った。真っ黒な猫が私から離れては振り向き、私が近づいてはとことこ離れて行く。薄暗い路地。密集する家のうち一軒の引き戸が全開になっており、玄関のオレンジのライトが路地を照らしている。猫は玄関へ入って行く。

路地から玄関に向かってのわずかなスペースには、白いパン切れや猫のエサが散らばり、更に人間の腕、足、胴体が散らばっている。率直に不気味だが、胴体の肌色と、結節箇所の赤色が、両方とも何となくペンキを塗った感じの不自然な着色で、あまり恐怖心は湧かない。怖い夢を見続け、昨夜会った少年のこともあり、不気味な物事に耐性が付いたのかもしれない。

【小説】「顔の無い身体と心無き触れ合い」|D.K (note.com)

家から猫が出て来た。不気味な光景には目もくれず路地を進んでいく。不気味な光景に飽きていた(!)私は、何も考えず猫に付いて行った。路地より大きい道に出た。緑のフェンス沿いの道。フェンス向こうは小さな家々が密集する「旧市街」が見え、ところどころ銀の屋根が夕日を受け光っている。薄紫の空に大きな飛行機雲が通り、その先が「旧市街」の丘に刺さっている。

突然丘が強く光り、眼をつむった。涙が出るほど強い光。

枯れ木と生え放題の草原と、不安定な立地に小さな古い家や工場が立つ丘。

工場の一つの窓が青白く光っている。数秒おきに光り、眼がくらむ。煙突の先端も青白く光っている。猫は気にせず、「旧市街」へ降りて行く階段を下って行った。工場の方面だ。私も付いて行く。

階段は人一人通れるくらいの石段で、ところどころ石が欠けたり、段が傾いたりしている。両側の緑のフェンスも錆び付き、破れた箇所が多い。そしてフェンスの向こうは枯草がポツポツ生えているだけの急斜面だ。

その斜面の上に人の手足や胴体が無数にあり、ゆっくりと斜面を下っている。ズル……ズル……手足、胴体と斜面が擦れる鈍い音に囲まれ不気味に感じる。石段を下っていく猫に率いられているようにも見える。私もその一味になった気分だ。

石段を下り終えたら不思議と猫も、そして手足、胴体も見失ってしまった。

しかし、工場を目指して細い路地や坂を上っている間中、何も声が聞こえないのに「こんばんは」と挨拶されている気がして落ち着かなかった。

胸の奥を、ノックされているような。

光を放つ工場に着いた時にはすっかり日が暮れていた。中に入ると、数秒おきに天井の蛍光灯が(数十本ほど天井から鎖で吊り下げられているようだ)目が眩む青白い光を一瞬放ち、真っ暗になり、また光が放たれ……が繰り返された。工場自体は思ったより大きい。学校の教室四つ分くらいだろうか。

どこかアニメやパラパラ漫画の世界にいる気分で、光が放たれる度に、工場内の不思議な全貌が分かって来た。

夜の工場

蛍光灯と同じように、大きな板がいくつか鎖で吊り下げられ、板には(多分絵の具で)暗い空と、歯車と煙突と鉄骨がビッシリと並ぶ巨大な工場が描かれている。工場の壁一面も歯車や工場でビッシリだが、よく見ると煙突も見え、建物の中に煙突があるのは妙だから、工場の壁に工場の模型があるということなのだろう。

工場の中央には大き目の箱のようなものがあり、右肩上がりの折れ線グラフが書かれている。よく見ると折れ線グラフを囲うように歯車がビッシリ黒光りし、回っている。

闇と光の繰り返しに頭も痛くなりフラフラしてきた頃、点滅が無くなり真っ暗になった。しかしガタガタガタ……何かが揺れるような小刻みな音がする。徐々に目が慣れて来て、中央の箱のようなものが揺れていると分かる。どうやら歯車に巻き付けられたベルトが地上に固定され、激しく揺れても倒れないらしい。

私は恐る恐る近づき、箱のようなものの周りをゆっくり回った。何故揺れているのか。

夜に光る眼。皺。並ぶ人間のたち。箱のようなものが棚であった。(続く)




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