見出し画像

超短編小説:指輪論

「なんでもない日に指輪をプレゼントしてくるような男なんてロクなやつじゃないんだから。やめときな」
 私はずっとそう断言してきたし、そうすることで何人もの女友達を救ってきた。

 だってそうでしょう。
 そもそも、アクセサリーというものはかなりのセンスを要する。そのなかでもサイズ、デザイン共に難易度の高い指輪をチョイスするなんて。かれこれ20年自分の指と過ごしている私でさえ、どんな指輪が合うのかわかりかねているのに、数ヶ月の付き合いで本当に似合うものなんて見つけられるわけがないじゃない。
 だから、大きい記念日ならまだしも、どうでも良いようなタイミングで指輪を渡してくる男なんて、信用ならないのよ。わかりもしないことがわかった気になってるんだから。

 これまで何度もこの『指輪論』をぶちかましてきた。
 それなのに。
 それなのに…。

 今、私の右手の人差し指に輝くこれは、どう説明したら良いんだろう?

 ベッドに寝転がって、右手を天井の蛍光灯にかざす。
 何度見ても、人差し指にはブルートパーズの輝く指輪が巻き付いている。

 これは、昨日プレゼントされたもの。
 誰に、って…。恋人。
 ちなみに、付き合って4ヶ月。

「はい、これ、プレゼント!」
 4ヶ月記念日の夜、恋人から小さな箱を渡された。嫌な予感を抱えつつ、でも私の彼氏は素敵な人だもの…、と思って開いてみると、的中。指輪だった。
「わー、すごーい!」
 精一杯喜びながら、変な汗が流れるのを必死で止めようとする。
「どうしたの、これ?」
「たまたま見つけたんだ。君の誕生石、とっても綺麗で似合うと思って。でも誕生日もクリスマスもずっと先で待ちきれなかったから。ちょっと中途半端だけど4ヶ月記念日ってことで。どうかな?」
「えー、うれしーい!」

 そんなことを言いつつ、はめてみてサイズがぴったりなこと、そして私の指にとっても似合うことに驚きつつ。
 私は困惑していた。
 経済学部のイケメン君。性格も良くて、スタイルも良くて、人気もあって、賢くて、完璧なはずだったのになぁ。
 まさか私の恋人が…、という気持ちと。
 なんというか…。
 すごく、ものすごく…。


 嬉しい!


 どうしよう。嬉しい。
 毎日身につけていたいくらい嬉しい。指輪をもらうって、こんなに嬉しいんだ。
 でも、あれだけ『指輪論』をかましていた手前、堂々とつけてはいられない。

 困った。これは困った。
 ロクなやつじゃないから、気軽に指輪なんて贈れるのか。
 指輪を贈るからロクでもないやつなのか。
 恋人はどっちだ。

 いつもより可愛い人差し指を眺めて、私は頭を抱えるのであった。


(1074文字)



春ピリカグランプリ応募作品



※フィクションです。
 指輪論の真偽は不明です。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?