超短編小説:TATSU
遠い遠い雲の上、分厚い書物を挟んで、一羽のうさぎと一頭の龍が座っていた。
「…引き継ぎは以上となります。なにか、質問は?」
うさぎの問いに、龍は少し考えたあと、小さく首を振った。うさぎは満足げにうなずくと、分厚い書物をばたんと閉じる。龍はどこか落ち着かない様子で、書物を爪で撫でたり、彼らの後ろにある大きな玉座に目をやったりした。
「緊張しておられますか」
優しく微笑み、うさぎが尋ねると、龍はため息をついた。
「もちろん、十二年ぶりですからね」
「それは皆そうですよ。きっと大丈夫です」
「そうでしょうか…」
「…まあ、我々には可愛らしさや癒し効果という武器がありますが、あなた方はそもそも実在するのか?と疑われていますからね」
得意気な顔で自身より何十倍も大きな龍を見上げ、うさぎは鼻をひくひくさせた。
「実際に姿を見せることもできないようですし、あなた方はそういうやりにくさはあるでしょうな」
「そうですね…」
「でも、神聖さや神々しさで言いますと、あなた方がいちばんじゃないですか」
「そうかもしれませんが…」
「そんな神秘的なところは、うさぎはもちろん、他の動物も、あなた方にはかないません。強みを活かしてください。そうすれば人々は皆、あなたについていきます」
巨大な体を丸め、龍はちっぽけなうさぎを見つめる。
「なあに、大丈夫ですよ。私だって無事に一年間を終えたのですから。もちろん、完璧にとは言えませんが…、いろいろありつつも、なんとか、全うしました」
うさぎは誇らしげな顔をして、玉座を見上げた。大きな玉座は月明かりを受け、きらきらと輝いている。
「それに、あなたがそんなに自信なさげでどうするのですか。辞めますか、次の方に代わりますか」
「いや、それは」
龍はあわてたように跳ね起きた。
「もちろん、新しい一年を素晴らしいものにしたいと思っています。いえ、そうするつもりです。この私が、精一杯やりきります」
勢い余って今にも飛び立ちそうな龍を見て、うさぎはにっこりと笑った。
「そうです、その意気です。その気持ちがあれば大丈夫」
「大丈夫…、ですよね」
うさぎに問いかける龍の表情は、先ほどよりも少しだけ明るくなっていた。
「おや、もう夜が明けます」
うさぎは龍の問いに答えず、つぶやいた。答えるまでもないことは、どちらもわかっている。
「それでは、一年間、よろしく頼みますよ」
「はい!」
大きくうなずいて、龍は玉座の上にとぐろを巻いた。刹那、登り始めた太陽があたりを照らす。光を浴びて、龍の鱗と玉座はまぶしく輝いた。
「素晴らしい一年にしてください」
目を細め、うさぎは声を張り上げた。
「任せてください!」
龍の声は、大きく、そして優しく、世界に轟いた。
きっと、大丈夫。
きっと、何とかなる。
きっと、良い一年になる。
玉座の上で、龍は祈りを捧げた。
※フィクションです。
どうか、どうか、と祈るばかりです。
とにかく今は、余計なことはしない、自分自身は穏やかに、いつも通りでいよう、と思います。落ち着いて、少しずつ。
2024年も、よろしくお願いいたします。
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