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ショートショート:未来断捨離

「過去断捨離やってます…?」
 商店街の隅に、怪しげな貼り紙を見つけた。過去断捨離?
「お兄さん、興味あります?」
 声をかけられ、振り返るとキツネ顔の男が立っている。
「過去断捨離って?」
「そのまんまです。過去を断捨離できます」
「過去を?」
「ふと思い出して、あーっ!って叫びたくなる嫌な過去があるでしょ。それを捨てて、綺麗サッパリ忘れられるんです」
「本当か?」
「ええ。試してみます?本当は先払いで一万円ですが、特別に五千円、しかも効果が出てからで良いですよ」
 怪しいが、興味はある。男に続いて店に入った。黒い椅子に座ると、管がたくさんついたヘルメットを頭に被せられた。
「捨てたい過去は?」
「では、先日のプレゼンの失敗を」
 はい、いきます、と男がスイッチを押す。一瞬目の前が暗くなり…、すぐに戻った。
「どうです?」
「どうって…、」
 何も変わらないじゃないか、と言いかけて、ハッとした。プレゼンをした、という記憶がある。でも、それだけしか記憶がない!嫌な記憶がない!
「過去断捨離、できたでしょ?」
 男はにんまりと笑った。

 それから私は、嫌な過去を思い出す度に過去断捨離へ行った。
 仕事の失敗。子どもの頃リレーで転んだこと。電車でババアに席を譲ろうとしたら断られたうえにキレられたこと。中学時代、親のいる居間でエロいビデオを爆音再生したこと。ひとつの記憶につき一万円というのは高価だが、全部捨てることができた。

「お兄さん、実は未来断捨離も始める予定なんですが」
 ある日、男が声をひそめて言った。
「未来断捨離?」
「ええ。こうなったら嫌だな、って思う未来があるでしょ。その未来を捨てられるんです。お試し期間だから、本当は三万のとこ、特別に二万で良いですよ」
 本当にそんなことができるのか?
「明日のプレゼン、準備不足で失敗しそうなんだが…」
「わかりました!ではその失敗する未来、捨てましょう!」

 次の日。私は苛立ちながら店に向かった。
「お兄さん、プレゼンどうでした?」
「どうって、失敗だよ!上司の質問に答えられなくて…」
「ああ、よかった!」
「よかっただと!?」
「ええ。失敗の未来を捨てたから、それだけで済んだのです。もしも捨てていなければ…、恐ろしい、あなたはクビになってきたかも」
「本当か!?」
「本当ですとも。よかったよかった。でももしご不満であれば、割引価格の七千円でそれを過去断捨離しましょう」
「…そうしてもらう」
 そうか、するはずだった大失敗を未来断捨離したから、あれだけで終わったのか…。未来断捨離して正解だった。

「で、お兄さん、他に希望する未来断捨離はありますか?」



(1080字)




※フィクションです。
 今回も毎週ショートショートnoteに参加いたしました。

 ものすごく文字数オーバー。ボツにしようと思ったのですが、書いていて楽しかったので…。
 都合の良い過去と未来だけで生きていけたら良いのにな~。





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