見出し画像

ショートショート:都市伝説にはなれない

 あれ、いつもよりトンネル長いな。
 というのが、最初に抱いた違和感。

 いつもの電車の、いつもの場所に座って、リュックを抱えうとうとしていた。
 イヤホンから流れる音楽と、電車がトンネルに入ったとき特有の『ゴー』という音が混ざりあう。
 でも、今日はその『ゴー』という音がいつもより長く感じた。

 不思議に思って顔を上げてみると、ちょうどトンネルを抜けたようだ。同時に、電車は減速する。もう駅に着くのか。もう少し先だったような気がするが。

 あたりを見渡して、私はもうひとつの違和感に気付いた。

 私以外、全員寝ている。

 満員電車ではないものの、それなりに乗客はいる。その全員が、眠っている。

 これはつまり…。
 都市伝説というやつか。

 電車が止まる。
 いつもなら、ここで「○○駅です」、とアナウンスがあるはずなのに、何も聞こえない。

 静かにドアが開く。
 誰も乗って来ない。当然、誰も降りない。

 いつもなら数秒でドアが閉まるはずだが、いつまでも開いている。
 まるで、私が降りるのを待っているように。

 私はイヤホンを外し、恐る恐るドアに近付いた。
 外は暗い。
 ただ、長いホームが続いているだけ。薄暗い灯がついているが、他には何もないし、誰もいない。駅名を確認しようとしたが、確かめられるものは見つけられなかった。

 スマホを取り出す。
 カメラアプリを起動して、フラッシュをたいてホームを撮ってみたが、何も写らない。真っ黒だ。

 私は思いきって、右足を踏み出した。
 
 今、私は右足はホーム、左足は電車、という格好になっている。
 左足は現実の世界。右足は…。

 生ぬるい風が私の頬をなでた。
 遠くから、鈴の音と、牛の鳴き声のようなものが聞こえる。

 その瞬間、私の中に『恐怖』というものが激しくわき上がってきた。

 怖い。このままでは、まずい。

 私はあわてて右足を引っ込め、もといた席に座った。
 すると、ずっと開いていたドアが諦めるかのように静かに閉まった。
 やはり、アナウンスは何も聞こえない。

 やがて静かに電車は動き出した。

 トンネルに入ったのか、『ゴー』という音が響く。

 長いトンネルだった。

 ようやくトンネルを抜けると、窓から見えるのはいつもの町。
 ふと動きを感じる。
 見渡すと、さっきまで眠っていた乗客たちは目を覚まし、本を読んだり、スマホを触ったり、『いつもの電車の風景』を作っていた。

「まもなく○○駅、○○駅」
 アナウンスが聞こえる。
 いつもの、私が降りる駅だ。

 電車が止まる。
 今度は、ちゃんと見慣れた駅だった。
 他の乗客と一緒に降りる。ホームには人がいる。自動販売機もある。紛れもない、いつもの駅。

 私はようやく、ほっ、とため息をついた。

 走り去る電車をぼんやり見送って考える。

 あれは何だったのだろうか。本当に『都市伝説』の駅だったのだろうか。疲れた私の幻想だったのか。

 いや。

 今でも、あの生ぬるい風の感触を覚えているし、鈴の音と、牛の鳴き声のようなものが耳に残っている。

 もし、あのままホームに降りていたら。
 好奇心が恐怖心に勝っていたら。

 思わず身震いする。

 私は足早に駅を去った。





※フィクションです。
 元ネタの都市伝説、初めて読んだときめっちゃ怖かった。

この記事が参加している募集

眠れない夜に

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?