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超短編小説:独占

 5コマの講義が終わる頃には、窓の外は暗くなっている。いくら出席しておけば単位が貰えるらしいとはいえ、金曜の5コマとかいう何とも言えない時間の、しかも他学部の講義なんて取るんじゃなかった。
「寺井くん、お疲れー」
 荷物をまとめていると、前の方の席からてっしーと木戸ちゃんが歩いてきた。数少ない、この講義を受けている同じ学科の同級生だ。
「おー、お疲れ」
「寺井くん偉いねぇ、まだ全然休んでないじゃん」
 笑いながら木戸ちゃんが言った。
 木戸ちゃんは苦手だ。明るいし元気だし悪い人ではないけれど、とにかく声がデカイ。このざわついた教室でも声が通るから、きっと今ので周囲の人に俺が「寺井くん」であり、なおかつ休んでいないだけで「偉い」と言われる、普段はよくサボっている学生だということがばれてしまうだろう。

「最低限出席したから、残りは休んでもセーフだね」
 いたずらっぽい顔でてっしーが言った。さすが、残りの授業時数のこともよくわかっている。
 てっしーこと手嶋さんは、正直に言おう、好きだ。てっしーがいなきゃこの講義はとっくに切ってる。
 真面目で賢くて優しい。バカみたいな感想だが、本当にそうなのだ。勉強やバイトに一生懸命。てっしーのことを「遊びに誘ってもあんまり来ない、ノリが悪い」と言う人もいるけれど、そういうやつは遊び呆けてるだけで、てっしーの遊び以上に学びを大切にするという魅力がわかっていないのだ。
 この感じで実は喫煙者、というところも良い。最高なギャップだ。
 
「ねえねえ、せっかくだからこのあとご飯行かない?」
 相変わらずデカイ声で木戸ちゃんが言う。てっしーが行くなら…、と思ったそばから、
「ごめーん、私今日は先約があるの」
 と申し訳なさそうにてっしーが答えた。
「そっか!じゃあ、また今度!」
 案外、木戸ちゃんはあっさりしていた。俺とサシで、という選択肢はなかったらしい。それはそれでありがたいけど。

 ふたりと別れ、大学前のコンビニで適当に夕飯を買ってアパートに向かう。道中に立ち並ぶ居酒屋は、金曜の夜だからかいつも以上に騒がしい。
 そして、そのなかに見つけてしまった。
「ごめーん、待った?」
「いや、全然」
 誰かと並んで居酒屋に入っていくてっしーを。それも、とても仲良さげに。先約があるって言ってたな。
 隣にいるのは誰だ。
 一瞬見えた横顔。知っている顔だ。誰だっけ?

 あれが誰か思い出したのは、アパートに着いてからだった。
 あれはたぶん、同じ学科の男だ。窪田、とかいう名前だった気がする。ほとんど話したことがないからよく知らないが、そういえば、てっしーと窪田は最近仲が良いらしい、という噂を聞いたことがある。
 あんなに素敵なてっしーと、地味で特に印象が無いような窪田が、なぜ?
 答えは考えなくてもわかるようなもんだけど、それでも、考えてしまった。


 
 次の金曜日。最低限の出席はしているからサボっても良かったのだけれど、俺は講義に出席した。いつもはギリギリに来るから後ろの隅っこに座っているが、今日は余裕がある。いつもとだいたい同じ場所に、てっしーは来ていた。木戸ちゃんはまだのようだ。
「お疲れー」
 俺はさりげなく、てっしーの斜め後ろに座った。てっしーは驚いた顔をする。
「あれ、寺井くん、来たの?しかも早いね」
「まあ、たまにはね」
「珍しいね」
「てっしー、あのさ」
 言いかけて、止まってしまった。こんなの聞いてどうするんだ、という気持ちと、知っておきたいという気持ちがせめぎあう。
「何?」

「窪田と仲良いの?」
 こんなに単刀直入に聞くつもりなんて、なかったのに。案の定、てっしーは驚いたような、困ったような顔をしている。そうだよな、急に聞かれても困るよな。
「なんで?」
「いや、なんとなく…」
 てっしーは、ふふっと笑った。
「窪田はね、ヤニ仲間」
「ヤニ仲間?」
「そう。窪田も吸うんだよ」
 意外な答えだった。
「寺井くんも、入れてあげよっか?」
 ドキッとした。
 てっしーは、見たことのない表情をしていた。優しく微笑んでいるようだけど、でも、その目は…、

「お疲れ!寺井くん来てたんだ!何話してんの!?」
 俺の思考は、木戸ちゃんの大声で遮られた。木戸はてっしーの隣にどかっと座り、交互に俺たちの顔を見る。
「煙草の話!木戸ちゃんにはわかんないでしょー」
 てっしーはからかうように言った。
「えー、わかんない!!」
 楽しそうに話し始めるふたり。
 てっしーの表情は、普通の笑顔だ。きちんと笑っている。

 でもさっきは…。
 さっきの目は、少しも笑っていなかった。なぜだろう。入れてあげよっか?と言いつつも、
「立ち入って来るな」
 そう語っているように、見えてしまったのだった。





※フィクションです。
 金曜5コマとかいう懐かしい響き。




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