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短編小説『囲われルートはやめてください!』試し読み

 意識が私とリンクして初めて出た言葉は「解釈違いです!」だった。

 小学校お受験に成功した日、久しぶりに家族揃って食事をした。
 食器の音も会話もない空間。ときどき、メニューを説明するシェフの声がする。それだけ。人が違うだけで、いつもと変わりはない、はずだった。

「皐月、お前もそろそろ人の使い方を覚える年だ」

 終わりに、お父様は私を見ると、執事長に合図をした。
 ドアが開き、少年が入ってくる。整えられた青い短髪。長いまつ毛に囲まれた、髪より深い、紺色の瞳。
 身体は細いけれど、歩き方でなにか運動をしていることが伺えた。
 綺麗だ。
 そっと息を吐く。
 少年の髪をシャンデリアの光が透かして、肌に青い影を落とす。それが綺麗な顔の血色を打ち消して、ほんとうに人形のようだ。どこかで見たことがある、物語の登場人物のような美しい顔の。

「青井弥生と申します」

 どこかで聞いたことがある、高い声。

「皐月、青井は」
「シーブイ、誰だっけ」
「なんだ?」
「……えっ? あ、申し訳ございません、お父様。なんでもございません」

 頭が痛む。

 今、自分はなんと言っただろう?

「青井は今日から皐月付きだ。もちろんお前ほどではないが魔力もあり、家柄も申し分ない。人の使い方を覚えなさい」

 青井、青井弥生。

「お嬢様、よろしくお願いします」

 胸の奥が跳ねた。
 青井弥生。
 指先が熱くなる。
 なにか、思い出せそうな。
 青井弥生、青井弥生。

 青井弥生、常磐財閥会長の一人娘・常磐皐月の付き人。ヒロインに苦言を呈する皐月との主従関係とヒロインへの恋心の間で揺れ動きながらも、別け隔てなく接してくれるヒロインとの仲を深めていく。

 ──移植版、設定資料集までついてて三万って実質無料じゃん!
 ──へえ、エイプリルフール企画とかもちゃんと載ってるんだ。あれ、けっこう盛り上がってたもんなあ。
 ──キタ! 皐月様単体のページ! やばいやばいやばいちょっとここは身を清めてからにしよう、絶対それがいい。
 ──皐月様のページ以外にも情報載ってたりするかな、あっ今皐月様の字見えたぜったい見えたぜったい。

 実は青井弥生は常磐皐月の初恋の人だった。

 ──はあ!?

「解釈違いです!」
「皐月!?」

 そこから先の記憶はない。
 ぶっ倒れて、高熱が出て、三日三晩うなされて。
 そうして私は、皐月様の御尊体に転生してしまったことを悟ったのである。



「青井、はやく出ていってくれる」
「申し訳ございませんが、それはお断りいたします、皐月様」

 取っ手をつまんで、ティーカップを口元に運ぶ。
 ぬるめで甘いミルクティー。スプーン二杯分はちみつが溶かされていて、舌触りがとろりとしている。
 私が昔から好きな味。
 背筋を甘さが濡らしていって、ソファまで溶けるようだった。広い自室を、ミルクティーの匂いが支配している。

「暇を出してあげると言ってるの」
「いりませんよ、そんなもの」

 表情は動かさない。
 青井は皐月様の言いつけは破らないはずだ。
 ヒロインに攻略されてなければ、の話だけど。

 魔力と金が渦巻く陰謀マシマシ乙女ゲーム。
 無邪気な庶民のヒロイン。
 価値観の違うヒロインに心動かされる、太い実家の五人の攻略キャラクター。
 すべてのルートでヒロインに立ちふさがる、正ヒーロー婚約者の悪役令嬢、常磐皐月。

 紅茶を舌にのせて、匂いと一緒に味わう。
 明日のために、記憶を整理する。

 五歳で転生に気づいてから、十一年。
 ヒロインはよく知った通り、高校二年生の春、私の婚約者と同じクラスに転校生として現れた。
 魔力のある生徒だけが通えるこの学園に。そういった家系ではない、お金持ちの家でもない、庶民のヒロインが、突然。
 本来ならそれは、おかしな話だ。

 魔力は金になる。ビジネスだ。
 庶民に魔力がある。それも、ここに入学を認められるほど。

 魔力はみんなに平等にあるわけではない。昔は人類みな魔力があったような記述も見つかっているけれど、何百年も前の戦争の混乱で魔法は一度失われ、魔力は使われなくなり、衰えた。今は魔力のある人間のほうが少なく、あるといっても、その強弱に個人差がある。

 力が強いほど、金になる。

 その子に魔力があると知ったなら、金は積極的に動く。魔力に金額がつく。金が多い家に、子供は流れていく。養子、もしくは婚約者として。
 完全ではないけれど魔力は血筋も関わる、お金持ちの家に魔力は固まっていく。魔力は、金の象徴となる。
 だからこそ、常磐財閥会長の一人娘である皐月様と新橋グループ代表の次男、新橋文の婚約は整った。お互い、家系で一番魔力の強い者同士として。
 ヒロインは作中一魔力の強い皐月様と同じ、もしくはレベリングによっては皐月様以上の魔力を持つ。というのに庶民として生きてきたのは、たまたま今までの生活で魔力が明らかになるような機会がなかったから、というご都合設定のためだけど。この世界で生きてきて、ヒロイン以外でこんな事情を持つ人間は見たことない。
 魔力や財閥があること以外は大して現代日本と変わりないこの世界で、アルビノ美少女のヒロインがその見た目、そして庶民と思えない圧倒的な魔力の強さですぐに学園中の噂となったのは、当たり前の事だった。
 それはそれとして。

 ……白髪赤目?
 このゲーム、キャラメイク機能なんてなかったよね?

 名前はデフォルトネーム、キャラメイク機能はいじらない。どんなゲームもそうしてきたけれど、皐月様目当てで何周もプレイしたこの乙女ゲーム。いくらスキップしてたって、機能があったのか、なかったのか。そのくらいは覚えている……はず。
 立ち絵はないけれど、スチルに出てくる顔の見えないヒロインは茶髪だった。作中キャラクターの反応的に美少女であることは確かだけれど、ヒロインの瞳は赤だ、なんて話はなかったと思う。
 そうなると、ほんとうにほんとうにほんとうに嫌だけど。もうほんとうに嫌だけど、思い当たる可能性は一つだけ。

 前世の私が死んだ後に、リメイク版が出ている。

 無理すぎる。でも冷静に考えてその可能性が一番高い。

「皐月様、おかわりはいかがですか?」
「……ええ、お願いするわ」

 だって、攻略キャラクターの一人、青井弥生の声も女性声優のままだ。
 出会った頃は専用のショタボイスなのだと思っていた。なにしろ自分と一つしか違わないのだから、年上でもあのときは女性声優がやっていて当たり前とすら思っていた。実際、プレイしたときの回想シーンもそうだった記憶がある。
 出されたティーカップをつまんで、香りから楽しむ。

「前のものと香りが違うわね」
「さすが皐月様、こちらは最近採れたばかりのバラのはちみつでございまして、先ほどの桜のはちみつよりも香りに重みがあるかと」
「ええ、そうね」
「お味も違いますので、どうぞご賞味ください」

 言われるがまま、ミルクティーを口に含む。
 匂いと相まって、先ほどよりゆっくりと喉を通る、質量のある味がした。今の季節に適した、実りを感じさせる秋の味。ほんとうに、私好みの紅茶を淹れることに関して、右に出る者がいない付き人だ。攻略されてなければ、もっとよかったんだけど。
 そのまま味わう姿勢を示しながら、そばに控える青井を見る。
 背の高い部類である皐月様よりも高い身長は、男性に見えなくもない。公式で胸板が厚めというネタでイジられていた記憶はある……けど、どう考えても胸筋と言えない胸の膨らみがある。
 声も、綺麗な女性の声だ。本編では低めの中堅男性声優だった。そういえば、いつだったか、エイプリルフール企画で一部の攻略キャラがにょた化したシリーズがあった気がする。……それか?
 呼吸といっしょに、ミルクティーの甘い匂いを吸い込む。青井の作る紅茶は、いつだって私好みの甘いもの。だって、皐月様の好みの味は、キャラブックのどこにも書いていなかったから。

「とてもおいしいわ、青井」
「ありがとうございます、皐月様」
「……ねえ、青井、よく今まで私に仕えてくれたわ」

 常磐皐月様は、この物語において悪役、入ったルートによってはラスボス位置のキャラクター。
 なにも知らない庶民の身分と、主人公補正の高い魔力を理由になんでも許してもらえるヒロイン。他人に優しくするだけして、現実的な解決策は相手に任せるヒロイン。プレイヤーの自己投影のために自己を弱く弱く作られたヒロインとは違う、気高くて美しい人、常磐皐月様。
 たった一人の由緒正しき常磐財閥跡取り娘。
 その重圧から逃げなかった。与えられるより多くの力を得た。
 魔力と魔法はイコールではない。
 筋肉だけあってもスポーツができないように、魔力だけあっても、魔法は使いこなせない。
 だから学ぶ。魔力のある生徒しか入れない学校もある。そこで魔法を身に着けたものだけが就ける職もある。
 魔力はビジネスだ。
 常磐財閥の血統にふさわしい高い魔力を有する常磐皐月様は、両親に常にそう言われてきた。両親は高い魔力の子供に家のさらなる繁栄を求めた。
 両親が味方でなかったわけではないが、子として愛されてきたわけではない。ビジネスパートナー。それが一番しっくりくる。
 常磐皐月様は、愛を求めた。
 愛されるため、学びを怠らなかった。自分の価値を知っていたから。価値を高めることはなんでもしたし、自分を貶めようとするすべてを許さなかった。
 常に気高い人だった。

「青井、あなたがよければ、他の家を紹介しようと思うのだけど」

 だから明日、常磐皐月様は、私は、自害をする。
 ヒロインに婚約者を誑かされ、自分の価値を貶められたから。



 そういえば、季節外れのバラ庭園で密会をするイベントあったな、スチル付きで。

「婚約は破談かしら。青井はどう思う?」

 魔力は金になる。魔力はビジネスだ。

「いえ、皐月様のご婚約は常磐財閥と新橋グループの協定、および新しい魔力源確保の構想の上に成り立っています。……たいへん申し上げにくいのですが、あの程度では、文様との婚約が破談になることはないかと」
「あら、見えないのかしら。お相手は朱雀さんよ」

 目線で青井を促す。
 皐月様の婚約者である新橋文と仲よさげに話す、朱雀神無。無邪気に笑う、この世界の、ヒロイン。

 朱雀神無。
 庶民出身故にこの学園内の上下関係を知らず、また、無批判に従おうとはしない。その純真でまっすぐな価値観に、しがらみだらけで育った攻略キャラクターたちは初め見下しながらも、自分たちにないものを感じ、次第に惹かれていく。

 開いた本で口元を隠す。
 入念にキャラメイクしたとしか思えない白髪赤目のビジュアル。私と同じ転生者の可能性を疑ったけれど、デフォルトネームのままなものだから、正直判断材料が足りなかった。
 バラの蕾が固い今、バラ庭園のガゼボには人けがない。静かな場所で読書をしようとしたのに、視界に入るところでまさか浮気がはじまるとは。横に控えた青井が、無表情のまま瞼が重いと言いたげに伏し目がちになる。

「朱雀さんは、文さんが婚約者のいる男性ということを知らないのかしら」
「……皐月様、あまり、朱雀様に冷たく接されるのは皐月様のためにならないかと」
「常識がない方に常識がないことをお伝えするのは間違っていると?」

 青井は返事をしない。
 そういえば、青井もこのごろ代理に任せて私のそばを離れる頻度が高くなった。仕事自体はちゃんとしているし、有給も貯まっていたことだろう。生を跨いで十六年前のことになるけれど、社会人だった身だ。その辺はちゃんとわかっている。それに青井、護衛としての仕事がメインなのに紅茶淹れたりしてくれてるし。今の待遇とは別に、紅茶手当が必要かもしれない。
 ただ、青井弥生ルートに入ってるにしては、秋前のこの時期になっても青井の不在が少ない。

 おそらく今は、新橋文ルートだ。

 正直、お互い恋とは言えなかったけれど、魔力の強い者同士、今後の家のためにも協力しあう話でまとまっていただけあって複雑だ。皐月様より魅力的かその女? いやまあ新橋文ルート入れるってことはレベリング済でもう皐月様より魔力強いんだろうけど。とはいえ、こんな簡単に攻略される男だとは思っていなかった。……まあ、ゲームの仕様上、この世界でヒロインしか魔力上げのレベリングをすることはできない。生まれたときから魔力の強弱が決まっている私たちからすれば、未知で魅力的な存在といえばそうなのかもしれない。
 でも、皐月様はなにより尊いのに。

 そう、皐月様はなにより尊い!

 皐月様に転生したからには、皐月様の名誉を守り、尊厳を守り、高貴で周りから尊敬される人間でなくてはならない。
 きちんと嫌味なくストレートに苦言を呈し、立場を考えた振る舞いを促す。場所と相手を踏まえたコミュニケーションをするよう勧める。それが相手に受け取られずとも、何度でも。
 朱雀神無が新橋文の腕に触れた。
 そう、相手に受け取られずとも、正しいことを。

「……皐月様、そろそろ教室に戻られたほうがよろしいかと」
「ええ、そうね。少し呆けていたようだわ。ありがとう、青井」

 たとえ自分の命をまた亡くすことになっても。
 皐月様の尊厳を守る。
 それが記憶を取り戻して三日三晩うなされて。目が覚めてすぐ、決めたことだから。



「……皐月様、一つお聞かせください」
「ええ、どうぞ」
「お好きな温泉はどちらですか?」
「……えっ?」

 顔をあげる。湯気にのった紅茶の匂いが揺れた。

「……青井、聞いていて? 私はこれから違う家を紹介すると言ったのよ?」
「ええ。これが最後になるのでしたら、お好きな温泉だけお教えいただきたいのです」

 なんだそれ。
 開きかけた口を閉じる。
 ゲーム本編以外にキャラクターブックや小説、設定資料集……何種類かキャラクターの小話を載せた媒体は存在したし、おそらくぜんぶ摂取した。だから、尊厳を守るための自害前日、皐月様と青井がどういった会話を交わしたかを描いたメディアがないことも知っている。おそらくここでどう答えてもストーリーが変わることはないだろう。そもそも、青井が何を言い出してもおかしくはない。おかしくはないけど……

「……そうね、……熱海……かしら……?」

 私が皐月様として生きている間、温泉に行ったことなんてない。そんなこと、幼い頃からお付きだった青井なら知っているはずだ。
 質問をされて黙りっぱなしは皐月様らしくない。
 とりあえず無難そうな答えを口にする。熱海なら前世でよく行った。好きな理由を聞かれても答えられる。行ったことがないことを指摘されたら本で読んだ想像だと言えばいい。

「そうですか、熱海ですか。いいところですよね」
「ええ……そう思うわ、実際に行ったことはないけれど」
「そうですよね、皐月様は温泉自体、体験されてはいらっしゃいませんよね」
「ええ。……青井、どうして私の好きな温泉が気になるの?」

 部屋の中は、甘い紅茶の香りで満ちている。
 私の好きな香りで、ほとんど、青井の香りとなっている。
 髪と同色の青いまつ毛に囲まれた、紺色の美しい瞳。そこに、私と、手元のカップが映っている。金装飾が夜空に輝く星に見えて、瞳は宇宙めいていた。
 真空のように静かで、永遠みたいな時間の中、青井は黙って微笑んでいる。背中に服が貼りついた。温かく、甘い匂いの部屋で、私だけが震えている。

 青井が質問に答えない。

 青井が皐月様に逆らうのはヒロインに攻略されているときだけ。
 思えば、夏頃から婚約者も青井もヒロインが周りにうろついていた。知っているキャラクターそのままの婚約者はともかく、記憶と違う女性の青井はどういったルートで攻略されたのか、てんで検討もつかない。
 青井自体は意見することはあれど、記憶の青井ルート秋時期よりずっと皐月様に友好的だから、青井にちょっかいをかけつつもルートは婚約者の方だとばかり思っていた。でも、もしかして。

 逆ハーレムルート。

 婚約者と青井を除いた攻略キャラクター三人の攻略され具合はまったくわからないけれど、フラグ回収に一度の選択肢ミスも許されない逆ハールートにヒロインが突っ込んでいるとしたら。
 それなら、今日は自害の決行前日ではなく、青井の暗躍で賊に攫われて廃墟に幽閉される日なんじゃ……?

「やっぱり」

 青井が初めて見る顔で、にっこりと笑う。

「やっぱり、皐月様も転生者ですか」
「……は?」
「いや、この世界、温泉って概念ないんですよ。気づきませんでした?」
「そうなの!?」

 思わず身体を乗り出して、紅茶をこぼしかける。
 青井は肩を丸めてその場にしゃがみこんだ。膝に頬杖をついてこちらを見上げる顔は、いつもより幼く見える。でも、丁寧にカップを取りあげてサイドテーブルに置く様は、板についた青井弥生の仕草だった。

「いやあ……ギリギリまでほんとうに賭けだったなあ……皐月様うますぎません? 出会った当初の「解釈違い」って叫びがなければそもそも疑ってなかったですよ」
「いやそれでよく転生者確定にならなかったね?」
「ああ、あのときまだ前世の記憶なくて。だから思い出したあとに「あれ?」ってなりつつも、あのとき皐月様ぶっ倒れたじゃないですか。なんか倒れる前の奇声? みたいなのがそう聞こえたように思ってるだけかなって。私思い出したの出会って二年後の、皐月様と殿下の婚約決まったときなんですよ」
「青井もしかして文推し?」
「あ、違います違います、殿下っていうのは私のフォロワーさんがそう呼んでたので……私このゲームのことフォロワーさんから受動喫煙したネタでしか知らないんですよ」
「あ、だから婚約のこと聞いたとき「フォロワー!?」って叫んで倒れたのか……」
「皐月様もそれで気づかないのなかなかですよ」
「いや、私皐月様のこと以外あんま気にならないから……」

 青井は目を開いてぴたりと止まってから、小さく息を吹いて笑った。身体のどこにも力の入っていない笑顔だった。
 確かに……考えてみれば九年前、青井も「フォロワー!?」と叫んで倒れて高熱を出した。次に会ったのは数日後だったので、おそらく三日三晩うなされたんだろう。身に覚えがありすぎる。
 皐月様の生き様とストーリーの進行についてずっと考えていたので、正直青井が叫んで倒れて高熱を出したことより、私が皐月様になっていることで生じた世界のズレでまさか攻略キャラクターが死んだりしないよね? ということのほうが心配だった。ごめん青井。
 申し訳なさに頭を低くして青井と目線をあわせる。青井は頬杖にのせた顔で音がしそうなほどにこりと笑った。普段は綺麗なお姉さん系付き人という感じだけど、こうしていると年相応のかわいい女の子だ。

「あ、てことは、攻略キャラクターの青井が女の子なのは中身の転生者が女の子だからとかなんかそういうこと?」
「え? いや違いますよ、この世界が……」

 ノックの音。
 青井が大きく目を開いた幼い顔のまま止まる。

「皐月お嬢様、失礼してもよろしいでしょうか?」

 護衛メインの青井とは別に、着替えなど私の身の回りの世話をしてくれているメイドの声がする。青井はすぐに立ち上がり、青井弥生の顔になる。

「ええ、構わないわ、入って」

 声をまっすぐ響かせると、よく知ったメイドが一礼して入室する。

「皐月様、御学友の朱雀神無様がいらっしゃっていますがお通しいたしますか?」

 思わず見た青井の目から光が消えた。



「通していただいてありがとうございます、皐月様」
「私はあなたのために通したわけではないわ。急な訪問は褒められたものではなくてよ、朱雀さん」

 対面のソファに腰かけた朱雀神無は、苦言なんて聞こえていないかのようにニコニコと笑っている。春には戸惑った様子を見せていたというのに、今ではこの態度だ。中身がヒロイン本人か、転生者なのかはわからないけれど、実際にやられて気持ちのいいものではない。
 あんなに強く同席を申し出ていた青井には申し訳ないけれど、徹底的に人払いをしてよかったかもしれない。
 皐月様の身として、声を荒げたりはしないつもりだけど、誰かがここでの会話をなにかの証拠に仕立てあげたりするかもしれない。皐月様の名誉はぜったい守る。
 そもそもこんな皐月様訪問なんて素敵ご褒美イベント、ゲームプレイ中にこなしたことない。あったらここだけずっとやっている。見かけたイベントからルートを推測してはいたけれど、もうこうなっては誰の何のルートに入ってるのか謎だ。明日自害する予定はあるけれど、死後汚名を着せられるような、皐月様の名誉を貶められるような可能性は排除しておかないと。

「ごめんなさい。今日は皐月様にどうしてもお話ししたいことがあって」
「文さんとのことかしら」
「文……? あ、新橋文さんですか?」
「いまさら白々しいわよ」
「いえ、新橋さんは関係がないわけではないですけど……皐月様と私の話です」

 初めて目があった気がする。
 新橋さん。そう言った。確かに攻略キャラクターの中で新橋文はガードが固いほうだけど、秋には名前呼びになってるはず。やっぱり新橋文ルートじゃない? それともゲームほどサクサク進まずに、単純にイベントが後ろにズレこんでいるんだろうか。そうなると、存在しないイベントが発生していてもおかしくない、かもしれない。
 朱雀神無は、可愛らしく頬を赤く染めている。それがアルビノの白い肌によく映えていて、逆に作られているようだった。言葉のないまま十秒見つめあって、朱雀神無はうわ言のように「皐月様」と声に出す。
 あれ、そういえば。

 なんで私を様付けで呼んでいるんだ?


『囲われルートはやめてください!』試し読みはここまでとなります。

全編は12/1(日)開催文学フリマ東京39【う-01】郁郁青青で頒布いたしますクソデカ感情アンソロジー『御呪』でお読みいただけます。百合です。
よろしくお願いします。

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