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5.14 温度計の日
空き地の草っ原の中に捨てられている温度計を僕は知っている。
夏になると四十度近くに、冬になるとゼロの下まで赤い液が下がる温度計。
日焼けしたクリーム色のプラスチックに細いガラスの筒のついた温度計。
誰も拾わず、ただずっとそこにある温度計。
その温度計を、僕はいつも土管の中から見ている。
春も、夏も、秋も、冬も。
誰のためでもなくその空き地の温度を計り続ける温度計の存在を、僕は知っている。
それは月面の温度でも、池の水の冷たさでもなく、ただその場で息をするように空き地の温度を計り続けている。
僕はたまに土管から出て、その温度計がまだ生きているかを確かめに行く。
昼間は怖いので、大抵は真夜中だ。
急ぎ足で草っ原まで行って、しゃがんで覗き込む赤い液。
僕の身体には温度計がついていないので、その温度が正しいのかどうかは分からない。
ただ前と比べて上がったり下がったりしているかを見に行く。
どうやら大抵がキラキラと輝いているらしい世界のなかの、忘れられたようなこんな場所で、真夜中に。
僕と温度計だけが互いの存在を知っている。
情けをかけて拾ったりはしない。
それは温度計の生き様に反するような気がするからだ。
晴れの日も、曇りの日も、雨の日でも、僕たちは空き地の中でひっそりと息をしている。
目立たなくても気づかれなくても、誰のためでもなく僕たちは呼吸を続けていく。
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