藤堂にがつ / JAM365
2019/08/31 23:30
一羽の白い鳩が飛んだのを見て、私は新しい何かを始めようと思った。一年間、三百六十五日。 いつも毎日の中に、どこか落ち着いて考え事の出来る時間を作ろうと思った。 そのために新しいノートとペンを用意している間はとても楽しかったのだけれど、夜になっていざノートの一ページ目を開くと私は怖くなった。本当に、これは続けられることなのだろうか。 一週間も続かないうちに、夜の飲み会や、体調不良や、残
2019/08/31 22:24
大切な人を失って、何もやる気が起きない彼女を僕は、優しく抱きしめてあげるべきなのだと思う。 頭では分かっているのに、行動に移せないのは僕の本当に悪い癖だ。「珈琲淹れるけど、飲む?いらないなら、いいけど」 彼女はパジャマでソファに横たわったまま、力無く首を横に振った。 本当は、ミルクとたっぷりの砂糖なんかを入れて、甘めのカフェオレでも作ってあげるべきなのだと思うけれど、結局僕はカッ
2019/08/30 17:53
白玉は怒っていたわけではない。 ただ、世の中であまりにもてはやされている気がしてならないタピオカというものを知りたかったのだ。 白玉はF県の山の中にひっそりと暮らしている。白玉をこの世に誕生させたおばあさんは、今日も日がな一日元気に畑仕事をしている。 昨晩おばあさんにも皆タピオカっていうやうの何がいいんだと思うと訊ねたが、そもそもタピオカの存在を知らなかったので話にならなかった。
2019/08/26 22:30
花の色を見て驚いたことがある。 自然界にこんな色があるなんて不思議だと。 その色を携帯電話におさめたけれど、同じ色は再現できなかった。 帰り道の途中。 なんておかしなことに驚いてしまったのだろうと気づくと、僕は恥ずかしくなった。 色は元々自然界にあるものじゃないか、と。 いつの間にか、人間が創り出す色の方が鮮やかだと思い込んでいた。 色の全ては、この世界に
2019/08/25 16:48
雨の朝は何もやる気がない。とりあえずでカーテンを開けて、薄暗い光を部屋に招き入れた。 私はそのなんともぼんやりとした光を受けて一つ伸びをすると、パジャマの裾を引きずりながら寝ぼけ眼で顔を洗いに行った。 外を流れる雨と同じ水が、蛇口から溢れる。 雑に顔を洗うだけでも、少し目が覚めた。 タオルで水滴を拭きながら、冷蔵庫を開ける。 卵と、牛乳と、ハムと味噌。 一度冷蔵
2019/08/25 02:42
百貨店で買い物をして外に出ると、夕立が強く石畳を叩いていた。 僕は傘を持っていなかったので、玄関近くのタクシープールで黄色いタクシーに乗り込んだ。 激しくフロントガラスを叩いては流れる雨に歪んだ町並みの中に、その一台が滑り出すと、運転手はラジオから流れるピアノ・コンチェルトの音を絞って行き先を訪ねた。 「駅裏の方までお願いします」「はい。203号、実車」 それ以降、運
2019/08/24 00:25
それは、八月の終わりの週末のことだった。 妻が突然ビヤホールに行きたいと言い出したのだ。 「いや、君。君下戸だろう?ビヤホールなんて行ったってうるさいばかりで楽しめないんじゃないのかい」 食後のお茶を淹れていた妻は、ころんと丸く小さな湯のみに注いだ緑茶を私の手元に滑らせた。「いいんです。私はビヤホールというもの自体を経験してみたいだけなんですから。ほら、私最近同級生の美千代さんに誘
2019/08/19 00:12
はちみつ味のお酒を飲みながらチーズを齧る夜。 藍色と水色のグラデーションが窓枠の中を彩るけれどそれは知らない。 さっきブリキの月に流れ星が当たって角が曲がってしまった。 遠雷が鳴る。 口の細い瓶に入ったはちみつ色のお酒はあと半分。 グラスにつぎ足すと残りはあと三分の一。 夜の三分の一のところで、寝床で眠る蜜蜂の羽音が響いたのはきっと寝言であろう。 透明なちょうちょがチー
2019/08/18 21:18
喫茶店で珈琲を飲んでいると、目の前の男が汗を拭いているのが女物のパンツであることに気づいて、名取は口に含んだ珈琲を思いきり噴き出してしまった。 「ちょっ、名取くん、何してんの?あーもうっ、びちゃびちゃだよ!」 男は焦ったようにそれまで汗を拭いていたパンツで白いワイシャツに付いた黒い染みを拭いた。 「いや、アンタこそ何してんですか!それ、あれでしょ?いや、もしかして…」 丁度
2019/08/14 00:06
南の島の大王が パインを作りたいと騒ぎはじめた 南の島の民たちは 皆のんびりしているのが好きなので 新しいことを始めるのを億劫がったが 大王が言うのだから仕方がないと とりあえず島で一番大きなヤシの木の下に集まった 南の島の民たちは パインを食べたことがない 何やら仙人みたいなじいさまの持っていた文献で 黄色くて甘酸っぱいとの情報を得た