3.27 桜の日
腹の底に響くような轟音が、小さな町一帯の空気を揺らした。
やたらと細い棘の多い稲妻が、曇天を切り裂いていくつもの龍を空に浮かびあがらせている。
湿った草が生える小高い丘の頂上に、一本の桜の木が立っていた。
その下には、花見で使われるような大きなブルーシートを敷いて五世帯の親族がひとかたまりに集まっている。
八十代がひとり、六十代が八人、二十代が三人と、五歳の少女がひとり。
昼間にもかかわらず辺りは灰色のフィルターをかけたように薄暗く、集まった親族たちは皆喪服に身を包んで、ただ桜の木の下でうつむいて座っている。
ラッパのような音を鳴らしながら、丘を登る細い道を一人の酒売りがあがってきた。
気の抜けたラッパの音をかき消すように雷鳴が鳴る。
強い稲光は酒売りの男の薄べったい顔をフラッシュのように時たま明るく照らした。
酒売りが親族の集まるブルーシートの前までくると、六十代のおばさんががま口から四つに折り畳んだ一万円札を出した。
受け取った酒売りは聞こえるか聞こえないかほどの声で「まいど」と言って、おばさんにラベルの無い一升瓶を渡すとさっさときびすを返した。
「お酒、きらいよ」
酒売りの背中に、五歳の少女が強く言葉を投げた。
酒売りは振り向いて、薄べったい顔を横断して耳まで届くほどに口角を上げ、猫撫で声でこう言った。
「可愛いおじょうちゃんだね」
親族は皆、六十代のおばさんがプラスチックの小さなカップに酒を注ぐのを黙って見ている。
無言で見合っていたが、ややしばらくして酒売りは女の子から目線を外すと、ラッパを吹きながら来た道を降りていった。
女の子以外の親族に、桜に似た薄いピンク色の酒が配られた。
もうすぐ雨が降りそうだ。春雷は激しさを増し、風も強くなってきた。
大人たちは無言の乾杯をして、カップの酒を一気に飲み干すと、そのままそれぞれが崩れるように眠り始めた。
女の子はただひとり、気丈に口唇を噛みしめながら頭上の桜の枝を睨みつけていた。
まだ蕾しかない桜の枝の先で、絡まるように稲光の龍が女の子を照らし出す。
ブルーシートの上にも断続的に網目状の光が落ち、それはまるで地引き網の様相を呈している。
雨は降らない。桜の蕾も沈黙を守っている。
甘い酒の匂いだけが、強い風に吹かれて薄暗い春に覆われた町の方まで飛んでいった。
3.27 桜の日
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