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4.14 パートナーデー

あの日あの時あの場所で君に出会えたから、僕らは恋をすることが出来た。

いや、それは嘘だ。
僕らはそれほど、互いに恋などしていなかった。
なんなら全くと言っても過言ではない。
運命的な出会いとか、ビビッときましたとか、なんかそういうロマンティックとか空想的とかドラマ的とか、そんな一切合切と関係のないところで、僕ら二人はパートナーになった。

付き合うのに、夫婦になるのに、本当に恋心は必要なのだろうか?

僕たちは大学のキャンパスで出会って、お互い特に好みでもなく、ただ話が合うので一緒にいる時間が徐々に増えていった。
「付き合おう」も「いいですね」も飛び越えて、気がついたら同じ部屋で寝食を共にするようになっていた。

同級生が愛だ、恋だ、ときめきだ、と騒いでいるときに、僕らは東京の片隅で俯きがちにひっそりと息をひそめていた。
まるで愛や、恋や、ときめきがないと、男女が一緒にいてはいけないような空気があちらこちらに充満していて煙たかったからだ。
それは友人の口からだけじゃなく、インターネットのまとめ記事にも、星占いにも、雑誌のコラムにも、中吊り広告にも、井戸端会議の議題にも、ありとあらゆるところから発生して、僕らの吸える酸素を少なくしていった。

一緒に居るのに恋心が必要なんて、それだけが美しい在り方だなんて、一体誰が決めたのだろう?

僕らの間にあったのは、確かに恋愛ではなかった。無理矢理名前をつけるのならば、情に近いものだった。
でも恋じゃないけど一緒にいたいし、愛じゃないけど一緒に暮らしたいし、ときめきじゃないけど同じものを見て笑っている時間が楽しかった。

僕らはやがて夫婦になった。
愛も、恋も、ときめきもないまま、当然のように夫婦になった。

プロポーズの言葉もなく「なんとなくそろそろだね」「そうだね」と言って二人で夕飯の買い物ついでに役所に婚姻届を貰いに行った。

僕らはあまり、人に僕たちのことを話さない。どんなところを愛してるのとか、どっちからプロポーズしたのとか、訊かれた時には仕方なくはにかんだ表情で首を傾げている。

僕らは絶望的に嘘をつくのが下手なのだ。

でも、それでよかったと思う。誰に理解されなかろうと、僕らが良ければそれでいいのだし。
嘘をつくのなんて、上手くなる必要はない。
愛だの、恋だの、ときめきだの、そんなハードルは僕らには必要がなかったのだ。
ただ自然と隣に在る。僕たちはそれだけでいい。

久しぶりに会う友人に「二人の笑う顔が似てきたね。やっぱり夫婦だからかな」と言われて、僕らは顔を見合わせて苦笑した。
生活がすべて。それでいいのだと、今日も僕は思っている。


親愛なるあなたへ。

4.14 パートナーデー
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