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6.14 手羽先記念日

高校時代の同級生から久しぶりに会おうと連絡があった。
彼女は大学卒業後に就職をせずに結婚して、今では夫の転勤について名古屋に行っているはずだった。
実家に戻るついでに誰か昔の友達と話したいのだというので快く引き受ける。
私はといえば、大学を卒業してすぐに勤め始めた繊維メーカーに今も変わらず勤務している。
土日と祝日が休みなのだと伝えると、彼女は日曜日の午後に公園で会おうと提案をしてきた。
それで私は少し面倒になったのだが、一度会うと言ってしまった手前それを急に断るのも気が引けたので二つ返事でその案を受け入れ、ベンチに座って近くに出来たカフェの珈琲をテイクアウトして飲みながら話すことを決めた。

当日は、起きてみると少し肌寒い曇り空だった。
可もなく不可もなく、すっきりもせずかといって雨が降るわけでもなさそうな何とも中途半端な曇り空だ。
「私の気持ちを代弁しているようだな」
私は一番お気に入りのワンピースを取り出して鏡の前で身体に当てたあと、寝台の上にそれを放り投げていつものパーカーとラインの綺麗なジーンズを合わせて軽く化粧をした。
高校時代の幸せそうな主婦に対向して着飾っていくことの虚しさに早めに気付けてよかったと思う。
予定時刻より十分早くカフェの前に着くと、花柄の柔らかいフォルムのワンピースを身にまとった友人が背筋を伸ばして待っていた。
白い肌に淡い色の化粧が映えている。どこか幼さの残る彼女の横顔を見て、この格好で良かったのだと改めて安堵した。
「ごめん、お待たせ」
「あ、真里ちゃん久しぶり。変わってないね」
「そんなことないよ。もうおばさんだよ。それより美咲こそ綺麗になったんじゃない?」
幸せの効果かな、と続けようかとも思ったけれども、そこまでリップサービスをする必要もないだろうと口を噤んでさりげなく注文の列に並んだ。

池の上に漂う鴨は、思慮深そうな瞳をぼんやりと曇らせながら波もない水面を流れていく。
私は美咲と一緒にぽつりぽつりと会話をしながら池のほとりのベンチまでたどり着き、冷めかけた珈琲に息を吹きかけながら座っている。

「あ、そうだ。おみやげがあるの」
そう言ってかっこいいロゴの入った紙袋から彼女が取り出したのは、駅弁くらいのサイズの紙箱だった。
「ありがとう。食べ物?」
彼女は簡易的に留めてあるセロハンテープをはがして中を見せてくれた。
「手羽先。ここの美味しいんだ。一緒に食べよう」
カリっと揚げられた良い色の皮に甘辛そうな照りのあるたれがかかって、さらにその上に振りかけられた白ごまが食欲をそそる。蓋を開けた途端に漂ってきたしょっぱい香りにも思わず唾液が出たのだが、公園のベンチでおみやげの手羽先を食べるという光景には違和感しかない。
躊躇していると、美咲が箱をずいと近づけて催促してきた。私は手が汚れるのを気にしながらも、思わずそのうちの肉厚な一本を手に取った。
彼女は嬉しそうに二人の間のベンチに箱を置くと、自分の分の手羽先を細い指でつまみあげた。
「真里ちゃんは手羽先の食べ方知ってる?二つのパーツがあるでしょ?これをねじって切り離すの。それで、切り離した方からかぶりつくと、すっと骨と身に分かれるんだよ」
お手本を見せるように彼女は器用に手羽先を食べて見せた。
「すごい。本当に骨だけ残った。慣れてるんだね」
「まあ、四年もいればね。あっちの文化にも大分慣れたかな」
私もそれに習って手羽先を食べようとしたが、かぶりつく方向を間違って身が骨から離れずにぼろぼろになってしまった。
「不思議よね。同じ手羽先なのに、どうして方向一つ間違えるだけでこんなにぐちゃぐちゃになっちゃうんだろう」
彼女は池に浮かぶ鴨を見ていた。
私はそこに手羽先よりももっと根深いものが見えたような気がして怖くなった。
「ごめん、せっかく教えてもらったのに」
「ううん。いいの。どうせ味は変わらないんだし、綺麗に分かれるかどうかなんて本当は大した問題じゃないんだよ。絶対に」
箱に詰まった手羽先をもくもくとお互いの腹に収め、箱の中が骨だらけになった頃に美咲は「私の人生こんなでよかったのかな。真里ちゃんがうらやましい」と呟いた。
私は指についたしょっぱいたれを舐めながら「馬鹿にしないで」とも「そうでしょう」とも言えずにただ彼女の見ている鴨を同じように眺めていた。
指に着いたたれを舐め終えたところで、鴨は音を立てて水辺から曇天へと飛び立っていった。

6.14 手羽先記念日
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