『水泳部での出来事』

 中学を卒業した私、結城恵子は無事に地元の女子高に入学した。あの時丸坊主にした髪も伸び、ショートボブにまでなっていた。

 高校では水泳部に入った。お金かあまりかからないこと、それに小さい頃から泳ぐのが好きだったから決めた。

 部活紹介で、他の運動部に比べてとても良い雰囲気というのも決め手だった。見学に行くと先輩たちはのびのびとしており、いわゆる「体育会系」みたいなノリもなさそうだった。

 また、水泳部は他の運動部のような髪型の規則がなかった。中学では雫を助けるために丸坊主にしたし、それ以後伸びてきても校則で刈り上げにしていた。だから高校では髪を自由に伸ばしたかった。ポニーテールにしてみたかった。

 練習はきつかったが、先輩や同級生と楽しく活動していった。タイムもぐんぐん伸び、3年生になるとキャプテンを任されるようにまでなった。髪も伸びて、念願のポニーテールができるようになった。

 毎朝髪をセットする時間が好きだ。ポニーテール以外にも、いろいろな髪型を楽しんでいた。

 だが、キャプテン就任が決まったのと時と同じくして、監督が変わった。温厚な男性監督は異動し、新たに来た監督は30代の女性教師だった。

 赴任初日からカミナリを落とされた。
「この高校の水泳部は弱い!」第一声がこれだった。続けて
「10年前はインターハイの常連だったのを知っている。なのにここ数年はどうなの?県大会にも出られないなんて、先輩たちに恥ずかしくないの?」
「…」
 
 少し悔しかったが、事実そうなので何も言い返せなかった。
「私はね、赴任した高校はいずれも全国に導いてきたのよ。私に付いてきたら必ず全国の舞台に連れて行ってあげるわ。ただし練習は厳しいし、生活態度もうるさく言うわよ。それでもいいのなら明日からまた来なさい。でもただ楽しくやっていたい、勝つ気がないのであれば、明日以降ここに来ることは許しません。以上!!」

 部員たちは動揺した。あの監督に付いて行くしかないのか。でも付いて行けば強くなれる。ただ楽しく泳ぐだけではなく、やっぱり試合では勝ちたい。みんなで話し合い、部活に残ることにした。

 翌日。部室に集まった私たちを見て監督は嬉しそうに微笑んだ。
「よく来たわね。来たということは、私の厳しい指導を受ける覚悟が出来たということね。」
「はい。お願いします!」
「じゃあまずは、その髪を切ってもらおうか。」
「えっ!?髪をですか?」
「そうよ。そんなチャラチャラした髪で水泳に取り組むなんて甘い!強豪校はみんなショートカットよ。ここの運動部なんてみんなそうでしょ。髪型なんか気にしている暇があったら、強くなれるよう練習しなくちゃだめ。」
「そんな…どれ位切らないといけないのですか?」
「耳出しのベリーショート。後ろは刈り上げ。」
「か、刈り上げ?」
「そうよ。それもお洒落なものなんて認めません。きっちりバリカンで刈り上げてくるように。中学でもそうだったんでしょ?嫌なら辞めてもらっても結構よ。」

 冗談じゃない。またあのバリカンで刈られるなんて。せっかく伸びた髪をまた切るなんて絶対に嫌だ!みんなの気持ちを代表し、私が口火を切った。
「そんなの横暴です!髪の長さと水泳とは何も関係がありません!絶対に切りたくない!!」
「切りなさい!!」
「嫌です!!」

 しばし互いに沈黙。すると監督が静かに言った。
「そう…じゃあこうしましょう。次の大会が確か2週間後にあったわね。そこで勝てたら今まで通りに髪を伸ばしても良い。でももし勝てなかったら髪を切ってきてもらうわ。」
「次の大会…」

 それは同じ地区の高校が集まる、親睦的要素の強い大会だ。インターハイ予選のような殺伐とした雰囲気ではなく、力試しの場である。毎年優勝しているし、これなら勝てるだろう。
「分かりました。」
「もちろん条件は総合優勝。この程度の大会で勝てないようじゃ、インターハイなんて夢物語ね。でも負けたら刈り上げショート、忘れないでね。」

 髪を切らせるわけにはいかないと、全員で練習に励んだ。特に私はキャプテンだし、何よりせっかく伸びた髪をショートにはしたくなかった。それにバリカンなんてもう2度と経験したくない。

 中学では校則で仕方がないとはいえ、毎回バリカンで刈り上げにされるのは嫌だった。生理が始まり、男の子を異性として意識するようになってからは特に。女の子らしく髪を伸ばしたいと、髪を切るたびに思っていた。バリカンの音を聞く度に辛くなった。やっとポニーテールに出来たんだし、もう切りたくない!

 そして迎えた大会当日。昨年まではノーマークだった高校が、予想外に強くなっていた。総合ポイントで争う形式だが、最後のリレーを前に逆転されていた。現在2位。だがこのリレーで勝てば逆転優勝だ。もし負けたら…それは考えないようにした。

 私はアンカー。一番手で回ってきた。勢い良く飛び込む。始めから飛ばす。だが折り返したあたりから、隣に気配を感じた。仲間が繋いでくれたのに、ここで抜かされたらだめだ!

 必死に泳ぐがとうとう抜かされる。何とか食らいつくが、どんどん離されていく。そして2位でゴールした…。

 負けたこと、私が抜かされたこと、それに髪を切られること。様々なことが思い浮かび号泣した。みんなも同じだった。

 監督が来て言う。
「お疲れ様。よく頑張ったと言いたいところだけど、優勝出来なかったわね。約束通り髪は切ってきてもらうわ。」
「…すいません…でも…やっぱり髪を切るのは嫌です…。」
「何言ってるの?約束は約束でしょう?」
「もう一度だけ…チャンスをいただけませんか?」
「もう一度?チャンス?甘いわねぇ…。」
「お願いします!!」みんなで頭を下げた。
「じゃあそこまで言うのなら…明日私と勝負しなさい。」
「監督とですか?」
「そう。私も昔は自由形の選手だったのよ。10年以上前話だけどね。もし勝てたら髪の話は無し。ただし負けたら…丸坊主よ。」
「丸坊主!?」
「そうよ。だって本当は今回負けたら髪を切る約束だったでしょ。それを反故にするんだから、それなりのペナルティは課させてもらうわ。それが嫌なら私と勝負なんかしないで、今日中に刈り上げショートにして来なさい。」
「丸坊主…」自然と髪に手が伸びていた。あの日の記憶が蘇る。
「条件はキャプテンと副キャプテンと私でレースをして、一人でも私に勝てたらいいわ。確率は2/3。いい条件でしょ?」

 監督は選手だと言うが、それも10年前のこと。現役の私たちが負ける訳がない。ここで勝てば髪を切らなくていい。負けて丸坊主になんてなるわけがない。
「分かりました。その勝負受けます!」
「言ったわね。あなたたちが負けたら全員丸坊主よ。今度は約束を守ってもらうわよ…。」

 部員たちは複雑な表情をしている。でも決まった以上はやるしかない。
「私たちの分も頑張ってね!お願いよ!!」
「うん。任せておいて。絶対に負けないわ!」

 その晩はほとんど眠れなかった。負けたら丸坊主…思わず髪を触る。大丈夫、自分は勝てると言い聞かせるが、その度に負けて髪を刈られる場面が思い浮かんだ。必死になってその想像をしないようにした。

 中学の夢を見た。私はあの床屋にいて、「坊主にして下さい」と言っていた。店主の構えたバリカンが私の前髪に入る寸前で目を覚ました。頭に手をやると髪はあった。汗をびっしょりかいていた。

 あの時は雫のためもあって坊主にした。でも今回だけはしたくない。やっと伸びた髪を守らないと!

 翌日の放課後。緊張した面持ちでアップする私と副キャプテンの夏美。
「絶対に勝とうね!」
「私たちが負けるわけないよね。」
 二人で励まし合い、健闘を誓った。そして勝負の時が来た。

「じゃあ始めましょう。形式は50m自由形。泣いても笑っても一本勝負よ。」

 初めて見る監督の水着姿は、筋肉が付きほれぼれするような体形だった。現役の選手と言われても納得してしまう。これはまずいのではないか?と直感した。

 そしてレースが始まった。私は始めから飛ばす。だが今日は何だか体が重い。昨日の疲れかプレッシャーからか、いつもの泳ぎが出来ない。

 始めはリードしていたが、じわじわと迫ってくる監督。ターンした後半、一気に抜かれる。このままではやばいと焦るが、無情にも差は開いていく。2つ隣の夏美も追いつけないようだった…。

 勝負がついた。監督の圧勝だった。茫然とする私たちに監督が言い放つ。
「私の勝ちね。約束通り丸坊主にしてもらうわ。そこに座りなさい。この場で断髪式を始めるわ。」
「え!?ここで切られるのですか?」
「そうよ。逃げ出さないとも限らないでしょ?それに負けたあなたたちが責任を取るのを他の部員にも見せなきゃね。」

 今からみんなの前で坊主に…そんな…。

「さあキャプテン、あなたからよ。」

 抵抗しようにも体が動かない。座らされケープをかけられる。

「大体ね、今時水泳部でこんなに髪が長い子なんていないのよ。」そう言って首筋でハサミを入れる。やっと伸びた髪がジョキジョキと切られていく。床に落ちる髪束。私は無言で見つめていた。

 ハサミは止まらずどんどん切られていく。ショートになっただろうか。そこで仲間が
「監督、もういいんじゃないですか?ここまで切ったんだし…」と涙声で訴える。
「そうは行かないわ。約束は約束よ。二度も負けるこの子が悪い。きちんと責任を取ってもらわないとね。」そして手バリカンを構える。床屋で一度だけ使われた手バリカン。あの時は刈り上げだった。
「動くと痛いわよ…大人しくしていなさいね。」

 坊主にされる…手バリカンなんかで…目の前が真っ暗になった。

 額に冷たい刃が当たる。チクッとした感触とともに、髪が刈られるのが分かった。自然と涙が出てきた-。

 カチカチと音を立てて、私の髪が少しずつ刈られていく。部員の悲鳴が聞こえる。私は動くことも、声を上げることも出来なくなっていた。

 雫のために坊主にしたあの日を思い出した。あの時は自分の意思で坊主にしたから、何とか耐えられた。元々短いからいいやと思った。でも今は全然違う。負けたからとは言え、強制的に刈られている。せっかくポニーテールが出来るようになったのに。

 手バリカンは容赦なく大切な髪を刈り取っていく。髪が少しずつ落ちていく。電気バリカンよりもゆっくりと刈られているのがさらに辛くなる。晒し者のようだ。
「始めに私の言う事を聞いていれば刈り上げで済んだのにね。あなたが全部悪いのよ。」
 返す言葉がなかった。

 下を向かされ、襟足にも手バリカンが入る。部室にはカチカチとしいう音だけがこだまする。やがて監督は手バリカンを置いた。頭に手をやると、いつもの感触ではなかった。ザリザリしていた…。

「さあ終わったわ。次は副キャプテンね。ここに座りなさい。」

 夏美は私よりも長い背中まで届くロングヘアだ。
「手バリカンは疲れたわ。あなたは自分の手でやりなさい。」
「え?」
「こうするのよ。」
 いやらしく微笑む監督。夏美の手に電気バリカンを持たせ、前髪に持っていく。イヤー!!という悲鳴とともに、夏美の前髪が刈られる-。
「ほら、手を止めないで続けなさい!」
 今度は震える手でバリカンを前髪に入れる夏美。なんどかやると「もう出来ません…。」と手を落とす。

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