『小学生アイドルグループ 前編』

 歌と踊りが大好き。そんな私は小学生だけのアイドルグループ『マーメイド・シスターズ』に所属している。メンバーは小4と小5の9人。私は5年生になり、リーダーを任されている。日々レッスン、舞台、それに学校の勉強にと忙しい。
 
 始めはもの珍しさで売れていたが、徐々にお客さんも減っていった。会社もいろいろ提案し、私たちも必死にやっているが、どうもうまくいかない。
 
 ある日マネージャーの加奈さんがこんなことを言ってきた。
「あなたたちはよく頑張っていると思う。でもこの世界、ただ頑張っているだけじゃダメなのよ。」
「では、どうしたら良いのですか?」
「何か他のグループがしていないことをしないといけないわ。」
「…今までも衣装や踊りを変えたり、様々な場所で唄ったりしてきましたが、それでは駄目なんですか?」
「ありきたりなのよ。そんなことどのグループでもやっているわ。だから、絶対に他がやらないことを会社で考えたのよ。」
「絶対にやらないこと?」「何ですかそれ?」
「ヘアドネーションって知っている?」
「え?あの髪をバッサリ切って寄付するやつですか?」
「そう。それをみんなにやってもらおうと思って。」
「ええっ!?髪を切るんですか?」
「丁度みんな髪が長いでしょう?ヘアドネーションは31㎝以上の長さが必要だけど、大丈夫よ。」
「そんなの嫌です!短く切りたくない!」
「そうは言ってもこれは決定事項なのよ。売れるためには髪の毛ぐらい安いものよ。いいじゃない、髪はすぐに伸びるんだし。」
「そんなこと言ったって…大切に伸ばしているのに…絶対ヤダ!」
「従えないならばクビね。」
「そんな…。」
「一応同意書を用意したから、親御さんと相談してサインしてきてね。」
 一方的に話は打ち切られた。
 
 私の家は離婚していて、お母さんと2人暮らしだ。いつも私の夢を応援してくれているお母さんに相談した。
「そう…困ったわね。岬はどうしたいの?」
「私、今のグループが好きだし、ここで頑張りたい。でも髪の毛を切るのは嫌だな…。」
「どっちもって言うのは無理よ。どっちかを選ばなきゃ。」
「う~ん…どうしよう…。」
「一晩ゆっくり考えたら?」
 
 その晩は中々寝付けなかった。ヘアドネーションって髪の毛を31㎝も切られるって言ってた。せっかく伸ばしてきたのにもったいない。大好きな三つ編みも出来なくなるし、ショートカットは私に似合わないかもしれない。でもグループにはいたい。そんなことが頭をグルグル巡っていた。
 
 翌朝。朝ごはんの時、お母さんに聞かれた。
「岬、ヘアドネーションの件はどうするの?」
「まだ私も答えが出ていなくって…。」
「お母さんも考えたんだけど…一緒に髪を切ろうか?」
「え?」
「そろそろ切ろうと思っていたのよ。お母さんと一緒だったら、岬も怖くないかなって考えたのよ。」
「お母さん…本当にいいの?」
「いいのよ。髪なんてすぐに伸びるし、それにほら、仕事をするには短い方がいいから。」
「ありがとう。それなら私も切るよ。」
「じゃあ同意書にサインしちゃおうね。」
 
 土曜日。同意書を加奈さんに渡すと、来月断髪式をすると言われた。断髪式という言葉にドキッときた。加奈さんにお母さんのことを話すと、ぜひ一緒に来て切ってもらうよう言われた。
 
 翌月のとある日曜日。グループメンバーとお母さんで美容室に連れて行かれた。始めにお母さんが切ることになった。
「じゃあ岬、行ってくるね。」お母さんは笑顔で椅子に座った。ケープを巻かれ、髪をたくさんの束にされ、いよいよハサミが入った。
  ジョキジョキと、お母さんの長い髪があっけなく切られた。いつも長くしていたのに、あっという間におかっぱになっていた。
 美容師さんが「整えて行きますね」と言って、ザクザクと切って行く。しばらくすると、お母さんはショートカットになっていた。
「わぁ!こんなに短いのは初めてです!」
「気に入っていただけましたか?」
「はい、もちろん!」
「お疲れ様でした。」
 
 そして私たちの番になった。ここからは動画を撮ること、暴れたりしないよう注意された。もちろんそんなことする子はいない。でも髪の毛を切られるのはやっぱり嫌だな…お母さんみたいにお洒落なショートカットにしてもらえるといいな…。
  始めのグループの子たちが椅子に座る。ケープをかけられ、髪を何本かに分けて束ねられる。そして断髪が始まった。
 一束ずつ切られていく。長い髪の束が鏡の前に置かれる。一瞬引きつる顔をするが、すぐにいつもの笑顔になるメンバーたち。
 
 ショートカットにされたところで、一度ケープを外した。そこで終わりかと思ったら、首に白い紙を巻かれた。そして美容師さんはバリカンを手にした。バリカンなんかで一体何をするのだろう…。
 すると頭を下に抑え、首筋にバリカンを入れた。ガリガリと音を立てて、髪が刈り上げられた…。
 
「えっ!?何をしたのですか?」
「何って、刈り上げだよ。はい、下を向いてね。」
「そんな…。」
 バリカンは次々にショートカットの髪を刈り上げていく。仲の良い愛花も同じようにされている。刈り上げなんて…聞いてない…。

 バリカンは愛花たちの髪を刈り上げ、しばらくすると襟足が男の子みたいになっていた。ダサい…こんなにされちゃうなんて…。
 
 愛花は泣きそうになりながら戻ってきた。即座に加奈さんに抗議した。
「ひどいです!刈り上げなんて聞いてないです!!」
「同意書にはショートカットって書いてあるでしょ。刈り上げだってショートカットに入るのよ。サインしたからには従ってもらうからね。」
「刈り上げなんてダサくて嫌です!」
「そうは言ってもね。会社の方針で、今までにないアイドルグループを目指すことになってね。小学生で全員刈り上げのグループなんてないし、断髪の様子も流すから、きっとバズるはずよ。」
「だからって、何の相談もなくひどいです!」
「いちいちあなたたちに相談していたら、話が進まなくなるのは目に見えているからね。どうせ刈り上げなんか嫌だって抵抗するでしょう?そもそも子どもに何が分かるの?大人の言う通りにしていればいいのよ。ああ、それからもし逃げようとしたら、容赦なくスポーツ刈りにでもするから。」
「…」
「さぁ、あなたたちの番よ。くれぐれも泣いたりしないでね。」
 
 この椅子に座ればダサい刈り上げのショートにされてしまう。でもそうするしかない。刈り上げなんかしている女の子は学校にいない。男の子だってあまり見ない。私に似合うはずがない…。
 
 背中まで届く髪を何本も束ねられ、まずはハサミでジョキジョキと切られる。切られた髪が目の前に置かれる。こんなにぱっさり切られるのは初めてだ。今起きていることが信じられず、夢の中にいるみたいだった。
  おかっぱにされると、続けてザクザクと切られる。たくさん切られている気がする。でもここで悲しい顔をしてはいけない。なるべく笑顔を絶やさずにいようと思った。
 
 美容師さんがハサミを置くと、一度ケープを外し、愛花と同じように白い紙を巻かれる。手にはバリカン。あぁ…今から愛花たちのような刈り上げにされるんだ…。
 
 バリカンなんて初めてだ。これって男の子を坊主にする時に使う物よね?まさか女の子に使うなんて知らなかった。嫌だなぁ…痛くないかなぁ…もし失敗して丸坊主にされちゃったらどうしよう…。急に怖くなって足が震えてきた。

 下を向かされる。カメラが首筋に近づく。嫌だ…小さく呟いた。バリカンの冷たい刃が襟足に当たるー。
  ゾッとする感覚。何だろう、この不快感は…。ジョリジョリと音を立てて、バリカンは頭の上に向かってくる。どんな風になっているのかな…。
  何度もバリカンで刈られる。悲鳴を上げそうになったが堪えた。後ろを十分刈り上げると、今度は耳横の髪にもバリカンが迫ってきた。
「な、なんで私だけ横の髪も…?」
「岬はリーダーでしょう?みんなと同じじゃ駄目だよ。誰よりも短くして目立たないとね。だから横もさっぱり刈り上げてもらうのよ。」
 
 そんな…ひどい…さっきよりもバリカンの音が大きく聞こえる。それに少し痛い。鏡には髪のあった部分に地肌が見える。嘘でしょ…。
 
 やっとバリカンが終わり、鏡を見せられた。後ろも横と同じぐらい、短く刈り上げられていた。ダサい…こんなの嫌だ…今朝まではロングヘアだったのに…。必死に涙を堪えていたが、カメラが止まるとみんなで号泣した。
 
 次の日。学校を休もうかと思ったが、お母さんが許してくれなかった。これも仕事だから我慢しなさいと。学校では男の子たちにからかわれた。
「すげー刈り上げ!それバリカンでやったんだろ?」
「ちょっと!岬は仕事で仕方がなかったんだから、からかっちゃダメよ!」
「でも俺よりも短いんだぜ。ちょっと触らせろよ。」
「いい加減にしなさい!」
 親友の凛久がかばってくれた。でも男子の言葉ですごく傷ついた。他の男子は「坊主でも似合うんじゃね?」なんて言ってきた。坊主?何言ってるの?バカも休み休み言えって。
 
 トイレに行った時、どうしても気になって刈り上げられた襟足を触ってみた。何度触ってもジョリジョリしていて、気分が滅入った。触らなければ良かった…。
 
 しかし不思議なことに、髪を切ってからお客さんが増えていき、グッズも今までより売れるようになった。理由を尋ねると、動画の再生数が伸びて、興味を持って来てくれた人が多いのではと言われた。
 
 加奈さんの読みは正しかった。こんなダサい髪型なのに、それがかえっていいと言ってくれる人がいる。あの断髪動画も思った以上に伸びている。自分が髪を切るところを見られるのは相当恥ずかしい。でもだからと言って動画を削除してもらえるわけもない。ただひたすら、与えられた仕事をこなすのに精一杯だった。
 
 一ヶ月が過ぎ、刈り上げられた部分も伸びてきた頃、珍しく社長に呼ばれた。契約の時に入って以来の社長室に、私たち9人は緊張して入った。
「よく来たね。まずは最近の活躍、実に素晴らしいよ。君たちに臨時ボーナスを支給しておいたからね。」
「ありがとうございます!」
「それで今後の方針なんだけど、いつまでもその短い髪だと飽きられる。だからと言って髪は急には伸びない。そこでみんなで考えたんだけど、ロングヘアやベリーショートのウイッグを付けて、毎回違う髪型でステージに立ってもらおうと思って。いい提案だろう?」
「いいですね!私たちもその方が嬉しいです。」
「ただね、そうなると、一つやってもらいたいことがあるんだ。」
「それって…何ですか…?」
「今言ったように、いろいろなウイッグを付けるには、髪は今よりも短い方が付けやすい。これが何を意味するか、誰か分かるかな?」
「?」
「つまりみんなで丸坊主にしてもらいたいんだ。その方が、どんなウイッグも簡単に装着出来る。それにウイッグは暑いから、丸坊主の方がいいと聞くしね。」
「ま、丸坊主ですか!?」
「そう。みんな可愛いからきっと似合うよ。でもさすがにこれは強制する訳には行かない。だから君たちを呼んだんだ。」
「私…それだけは絶対に嫌です!」愛花が叫ぶように言った。
「そうだろうね。ならば仕方がないけど君との契約は今日までだ。それでもいいのかい?」
「そんな…。」
「今日一日ゆっくり考えて、親御さんとも相談してきなさい。」
 
 なんてことだろう。刈り上げなら何とか我慢出来たが、よりによって丸坊主…そんなの男の子の髪型じゃない…それだけは絶対嫌だ…。刈り上げは何とか耐えられたが、今度はあのバリカンで全部の髪を刈られてしまう…。

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