『借金の代償』

 気づいた時には、もはや手遅れだった―。
 美麗は仕事のストレスから、ホストクラブにはまっていた。美麗の給料は、同世代のOLよりも良い方だったが、あるホストに入れ込んでしまい、いつの間にか借金が膨れ上がっていた。
 既にあちこちから借金をしていた美麗に、返すあてはなかった。そんな中、件のホストクラブに呼び出された。
「…するとどうしても払えないと言うんだね。」
店長は穏やかな口調だが、目が笑っていなかった。
「すいません…。どうしたら良いですか?」
「一つだけ借金をチャラにする手段があるよ。やってみる?」
「はい。この際なんでもやります。」
「じゃあここにサインして。」
 そう言うと、契約書を差し出してきた。追いつめられていた美麗は、よく読まずにサインしてしまった。それが地獄への入り口とは知らずに…。
 ここでは出来ないからと、別の部屋に連れていかれた。これから何をされるのか。何があっても文句は言えない。覚悟しないと…。殺風景な部屋に入ると、武骨な椅子に座らされた。椅子の前には大きな鏡があり、よく見るとビデオカメラも数台設置してあった。
「ここを使うのも久しぶりだな…。」店長が呟いた。近づいてきた店長に、手を椅子に縛られた。
「何をするんですか!」
「暴れたら危ないからね…。縛らせてもらったよ。前にやった時は暴れられて大変だったからな。」

「こ、これから何を…?」怖い。逃げ出したい。
 店長はそれには答えず、ワゴンを持ってきた。ワゴンにはケープ、ハサミ、バリカン、さらに見たことがない、銀色の器具があった。まさか…。
「髪を切らせてもらいますよ。世の中にはね、女性の髪が切られることに興奮する人が少なからずいてね。そういう人たちに、断髪シーンを撮影して、高く売るためにね。これでお前の借金をチャラにするというわけだ。」そう言って、私の髪に触れた。
「髪を切る?止めて下さい!」
「今更もう遅いよ。それともお金を払えるの?」
「…無理です…。」
「実は俺も女の髪を切るのが好きでね。たまにお前みたいなバカな女の髪を切っているのさ。もう諦めな。とっとと始めるぞ。」
 店長の口調は乱暴になっていた。ここで店長を刺激したら、何をされるか分からない。手際よくケープをかけられて、乱暴に長い髪を梳かした。
「分かりました…。あの…どれ位切るのですか?」
 店長は答えず、ニヤッと笑った。そして後ろの髪を掴んだ。あろうことか、首のあたりでザクザクと切り始めた。あっけにとられる私をよそに、迷いなく切り進めていく。横の髪も乱暴に切っていく。手で払いのけようにも、縛られている。ほどなくしてボブになった。ボブというよりも、家で母親に切られた女の子のように、ただ短くおかっぱに切っただけだった。
 ここで終わればまだ何とかなると思ったが、やはり甘くはなかった。さらに切り進めた。トップの髪も短く切った。ベリーショートにされるのか…。髪はまた伸び来るから、なんとか耐えよう。
 ひとしきり切り終えて、店長はワゴンにハサミを置いた。ほっとしたのもつかの間、店長は先程見た銀色の器具を手にした。
「それ…何ですか…?」恐る恐る聞いてみた。
「これは手動バリカンといってね。バリカンの一種だ。今ではほとんど見ることがない代物だ。」
「そ、そのバリカンで…どうするのですか?」
「バリカンでする事は一つだろ。お前の髪をこれからツルツルの坊主頭にするんだよ。」
「坊主!嘘でしょ?」
「バリカンを使われた事はあるか?例えば刈り上げにした事は?」
「ないです…。」
「じゃあ初めてのバリカンだな。まさか初めてのバリカンが坊主だなんて、人生分からないねぇ。しかも手動バリカンなんて、めったに体験できるもんじゃないぞ。」
 そう言って店長は、私の短くなった髪に触れた。ぐっと唇を噛み締めた。こんな事で坊主になるなんて…。大切にしてきた髪をバッサリ切られた上に、これからあの手動バリカンとやらで坊主にされる。昔、野球部だった兄の頭をバリカンで刈った事はあるが、まさか自分がそうなるなんて。心底嫌と言いたかった。
 そもそも女の子の髪を切る事に興奮する男性がいるなんて、信じられない。そりゃ世の中いろいろな性癖があるが、せいぜい足が好きとかお尻が好きとか、SMぐらいだろうと思っていた。坊主にしないといけないなんて…何とか回避できないだろうか。
「あ、あの…刈り上げとか、ス、スポーツ刈りで許してもらえませんか?」思い切って聞いてみた。スポーツ刈りもすごく嫌だが、坊主よりはましだ。
「甘いよ。その程度じゃ高く売れないんだよ。坊主にする女はなかなかいない。だから売れるんだよ。」
 店長は一旦手動バリカンを置き、先程書いた契約書を持ってきて私に見せた。
「いいか、ここにきちんと書いてあるだろう?『私は髪を切ることに同意します』と。坊主も髪を切る事に変わりはない。つまりお前は坊主にするのに同意した事になるんだよ。」
 そんな…きちんと読んでおけば良かった。でも後の祭りだ。もはや坊主にされるしかない。
「分かりました。好きにして下さい。でも痛くしないで下さい。」決して言いたくなかったが、こう言うしかなかった。
「ああ、こう見えても何人か刈っているからな。痛くはしないさ。もちろん暴れたら痛いけどな。」
 店長はニヤッと笑い、再びバリカンを手にした。私の後ろに回り、首をぐいっと下げた。そして手動バリカンをカチカチと動かし始めた。

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