『髪フェチカップル』

 あれは中学校に入学する時のことだった。上の代の人たちの素行が悪く、かなり荒れていた。それもあり校則が一気に厳しくなった。

 部活は強制になり、外出時は制服着用などが新たに定められた。しかし最もショックだったのが髪型だ。

 それまでは『男子は長すぎないように・女子は肩を超えたら結ぶ』だったのが、『男子は坊主・女子はおかっぱ』となった。反発はあったようだが、地域住民からはむしろ歓迎された。それほどまでに中学生が悪さをしているからだった。

 これを聞いて私立に行きたくなったが、うちにそんなお金はない。仕方なくその中学へ行くことになった。

 春休み、友達と一緒に美容院でバッサリ切った。泣いている友達を見て怖くなった。彼女の自慢の髪が短く切られ、耳も出されていた。

「あなたもショートカットにするの?」
「は、はい。」
「可哀そうね。ショートは初めて?」
「初めてです…。」
「辛いだろうけどみんな一緒だから、我慢してね。」

 背中まで伸ばしていた髪が首元でバッサリと切られた。ショックを受けている私を気に掛けることなく、美容師さんは次々にハサミを入れて行き、最終的には耳を出したショートカットにされた。これが中学生になることなのかな…。

 そして迎えた入学式。男子は全員が丸刈り、女子はおかっぱとショートが半々だった。格好いい男子も丸刈りになっていて幻滅した。

 部活の選択には悩んだ。必ずどれかに入らないといけない。忙しい運動部よりは楽な文化部にしたかったから、美術部を希望したが、希望者が多く、仕方なくバスケ部に入った。小学校でミニバスを少しだけやっていたから、やっていけるだろうと思った。

 バスケ部はそれなりに楽しかったが、2年生の時に事件が起こる。大切な大会のしかも一回戦で、大して強くない学校にボロ負けしてしまった。「こんな学校楽勝」という驕りがあった。顧問は怒り、とうとう髪を切ってこいと言い出した。こともあろうに『床屋で刈り上げのショートにしてこい』と言われた。

 バスケ部の中には刈り上げの子もいたが、どう考えてもお洒落には見えなかった。あんな風にしないといけない。それも入ったことがない床屋で。だからと言って部活を辞めるのはなかなか難しい。

 仕方なく次の日曜日に、友達と床屋へ行った。ジャンケンをして、始めに負けた友達が切ることになった。
「いらっしゃい。女の子は珍しいね。今日はどうするの?顔剃り?」
「あの、刈り上げたショートカットにして下さい。」
「刈り上げだとバリカンを使うけどいいの?」
「…はい…いいです…。」
「じゃあバッサリやっちゃうよ。」
 バリカンという言葉にドキッとした。やっぱり使うんだ…。
 
 そう思っていると、床屋さんは友達のおかっぱをザクザクと切り始めた。かなり乱暴に切っている気がする。泣くのを堪えているのが分かる。

 すっかりショートになり、床屋さんはバリカンを持ちだした。「下を向いてね」と言い頭を抑えると、襟足にバリカンが入っていった。

 バリバリと嫌な音を立てて髪が刈られると、地肌がむき出しになっていた。これが刈り上げ…なんてことだろう…その後もどんどん刈られていき、後頭部は無残に刈り上げられた。

 それで終わらず、今度は耳周りもバリカンで刈り始めた。もみあげは全てなくなり青白い地肌が丸見えになった。彼女は顔を真っ赤にしている。私もすぐにああなるんだ…もう逃げ出したかった。

 友達は目に涙を溜めながら戻ってきた。そして私が椅子に座った。
「お嬢さんはどうするの?」
「あの子と同じようにして下さい…。」言いたくなかったが、どうしようもなかった。

 友達と同じようにザクザク切られていき、私にもバリカンが入れられた。ウィーンという耳障りな機械音がして、髪をバリバリと刈っていく。バリカンなんて男の子に使う物なのに…。

 だが、不思議と嫌な気持ちよりも心地良さを感じた。なんだろう、この感覚…刈り上げにされているのに、どうしてこんな気持ちになるんだろう…私おかしいのかな…。
 
 自分でもよく分からない心地良さに包まれているうちに、バリカンの音が止んだ。ハッとして我に返ると、鏡で刈り上げられた後頭部を見せられていた。こんなになっちゃったんだ…やっぱり恥ずかしい。でも…バリカンって…悪くないかも……。

 その後は大会で大敗する度に断髪令が出た。もう面倒くさいから、私は刈り上げショートを維持することにした。

 お洒落とは程遠い刈り上げショートだが、いつしかバリカンで刈られるのが快感になっていた。美容室にも行ってみたが、床屋のバリカンみたいに大きい物ではなく、なんだか物足りなかった。
 
 床屋で注文がうまく伝わらず、思っていた以上に広範囲に刈り上げられたこともあった。いつもより地肌にバリカンを感じる。どうしよう!と思ったけれど、今更やめてとも言えない。そして気づいたらスポーツ刈りのようになっていた。だがショックよりも快感の方が勝っていた。

 高校生になってからは髪を伸ばし始めた。あまり短いと男の子に間違えられる。女子トイレに入ろうとした驚かれたこともあった。それにお洒落をしたかった。一度だけモヤモヤしてバッサリショートボブにしたが、その後はまた伸ばした。

 そんな私も大学生になると、セミロングになっていた。もう大学生なんだし、大人の女性みたいに髪を綺麗に伸ばしたい。

 大学1年生の終わりに、念願の彼氏が出来た。その頃には背中まで髪が伸びていた。初体験も済ませ、幸せの絶頂にいた。

 だが、伸ばした髪がどこか鬱陶しい。大人の女性に憧れてロングヘアにしたが、何だか髪の長い私は私じゃないみたいだ。やっぱり私は短い方がいい。そこで彼氏に相談した。
「ねぇ、私髪を切りたいんだけど…。」
「どれぐらい?」
「バッサリとショートカットに。」
「嫌だ!絶対に切ってはだめだ!」
「どうして?私長いのはあまり好きじゃないし、中学時代は刈り上げにもしていたんだよ!」
「刈り上げ!?嘘だろ?そんなの女じゃないみたいだよ。やっぱり女は髪が長いのがいい。」
「そんな…ショートで可愛い女性だっているでしょ?」
「俺の好みはロングの女。切らないでほしい。」

 絶句した。刈り上げが女じゃないみたいだって?女だからって伸ばさないといけないの?好きにして何が悪いの?彼は私の髪を愛しているの?

 その日を境に急速に彼への気持ちが覚めていった。

 数日後、私は美容室へ直行した。あんな彼はもういいや。好きなようにしよう。

「こんにちは。今日はどうするの?」
「はい、ショートにして下さい。後ろはバリカンで短く刈り上げちゃって下さい。」
「そんなに切ってもいいの?刈り上げなんてしたことあるの?」
「はい。実は…」

 私はこれまでのいきさつを話した。中学生の時は刈り上げだったこと、頑張って伸ばしてきたが、髪を切ってはいけないと言う彼氏に愛想が尽きたこと、これからは自分の好きなようにしたいことなどを。思いの丈を誰かに聞いてもらいたかった。

「なるほどね。彼氏の好みよりも自分を貫く。素晴らしいことね。じゃあご注文通りにバッサリやっちゃうけど覚悟はいい?」
「はい、お願いします!」

 ブロッキングをされ、久しぶりにバッサリと切られた。せっかく伸ばした髪がもったいないという気持ちも正直あった。でも自分で決めたことだし、変わっていく自分を見つめていた。

 バリカンを出された時は、いろんな意味でドキドキした。あの刈り上げに戻る怖さとバリカンの感触がまた味わえる嬉しさ。

 下を向き、バリカンを待つ。この時間が好きだ。バリカンの音が近づき、首筋に入る。バリバリと懐かしい感触。あの頃のように大好きなバリカンを味わう。

 アソコが濡れたのを感じた。恥ずかしさで顔が真っ赤になる。私って変なのかな。バリカンなんかで濡れるなんて…。でも好きなものはしょうがない。これを理解してくれる男性なんていないのかもしれない。今はそれでいいや。刈られていく中でそんなことを考えていた。

 久しぶりに刈り上げショートになった。次の日、友達には驚かれいろいろ聞かれたが、適当にはぐらかしておいた。

 一週間後。クラスの男子に食事に誘われた。こんな私を誘うなんて物好きもいるものだ。
「小菅さんって、どうしてそんなに髪を短くしているの?」
「えっ?ま、まあ短いのが好きだし…。」
「それに女の子で刈り上げなんて珍しいよね。」
「別にいいでしょ。私中学時代は刈り上げだったんだし。」
「悪いなんて言っていないよ。逆に素敵だなって。」
「素敵…こんなのが?」
「うん。みんな大体長い中、自分を貫く姿がいいなって。」
「そんな…なんか照れるよ…。笠間君はどうしてそんなこと言うの?髪の短い子が好きなの?」
「うん…そうだね。昔からショートの子が好みで……」
そう言った後、沈黙が続いた。

「何か言いたいことあるの?」
「これ言ったら絶対に変態って言われるよね…。」
「ううん、何を言ってもいいよ。私も変わっているし。」
「誰にも言わないって約束出来る?」
「うん。私口は堅いんだ。何なの?」
「僕はね…女の子が髪を切るのが好きなんだ。」
「?」
「世の中にはいろんなフェチがいるよね?足とかお尻とか。そんな中で僕は髪フェチなんだ。それも小菅さんみたいバッサリ切ったりバリカンで刈り上げたり、そんな動画を観て興奮するんだ…。」
 
 彼の顔は真っ赤だった。可愛いと思うのと同時に、そんなフェチが世の中にあることに衝撃を受けた。

「…つまり、私が刈り上げにしたから惹かれたの?。」
「それもあるけど、もちろんそれだけじゃない。さっきも言ったように、周りに流されず、自分の意思を持って行動しているのが素敵で…顔も可愛くて好みだし…その…つ、付き合ってもらえませんか?」

 今度は私の顔が赤くなるのが分かった。こんな私を好きだと言ってくれる人がいるなんて…。
「こんな私で良ければ…よろしくお願いします…。」恥ずかしくて彼の顔を見られなかった。
「ありがとう…」そっと手を握られた。
「…じゃあ私も告白するね。私も実はね、バリカンが好きなの。あの感触が大好きで、大学生だし頑張って伸ばしていたけど、また刈り上げにしちやった。えへへ。」
「そうなんだ…嬉しいな。そんな子と付き合えるなんて。」

 家に帰ってもボーッとしていた。思いもよらぬ形で彼氏が出来た。しかも自分を貫く姿が好きだと言う。私は私のままでいてもいいんだ。今までにない嬉しさに包まれた。

 何度目かのデートで彼の家に行き、彼がいつも観ている動画を観させてもらった。女の子がバッサリ髪を切ったり、チャリティーで丸坊主にされるものもあった。凄い…これがフェチの世界…いつの間にか私も食い入るように観ていた。

 中には泣きながら髪を切られている子もいた。いつかの自分を思い出した。可哀そうな気持ちもあったが、バリカンであっという間に丸坊主にされていく凄さにゾクゾクした。

「美沙ちゃん、今度髪を切りに行かない?」
「ええ、いいわよ。そろそろ切ろうと思っていたんだ。」
「床屋でもいい?」
「床屋?いいけど…刈り上げにしてほしいの?」
「そう。床屋のバリカンで美沙ちゃんが刈られるのを見てみたいんだ。床屋には行ったことある?」
「中学生の時は床屋さんが多かったよ。久しぶりで緊張するけど、あっくんが見たいのならいいわ。あっ、でも…個室のある所がいいな。他の人に見られるのは恥ずかしいもん…。」
「いいよ。個室の床屋を予約しておくから。」

 床屋か…懐かしい。あの大きなバリカンで刈られるのは楽しい。しかも今度は彼が見てくれる。楽しみでしょうがない。

 2週間後の日曜日。私はウキウキして出かけた。駅前で待ち合わせ、まずはカフェに入った。
「今日は張り切っているね。」
「分かる?久しぶりの床屋さんでしょ。何だかドキドキしちゃって。」
「僕も楽しみだよ。美沙ちゃんがバリカンで刈り上げにされるのを見られるんだから。」
「あっくんは短いのがいい?」
「そうだね。でも美沙ちゃんのしたい長さでいいよ。」
「ありがとう。今日は短いところは2ミリにしようかなって思うの。」
「いいね。少し青くなると思うけど。」
「もっと短くしたこともあったしね。」
「そろそろ時間だから行こうか。」

 そして彼が予約してくれた床屋に入った。中学生の時によく入った大衆店ではなく、どこか高級でお洒落だ。

 すぐに個室へ通された。担当してくれるのは女性の理容師さんだった。
「こんにちは。今日は彼女さんの髪を切るんだってね。どうするの?」
「後ろと横を刈り上げて、あとは揃えて下さい。」
「刈り上げちゃってもいいのね?長さはどうするの?」
「一番短いところは2ミリでお願いします。」
「分かったわ。じゃあ早速やるわね。彼氏さんもそこで見ているのね?」
「は、はい。」
 美人に話しかけられて少し嬉しそう。あとでとっちめてやろう。

 お姉さんは軽快に切り始めた。サクサクと小気味良い音とともに、髪が切られていく。ある程度切られたところでいよいよバリカンを持ち出した。

 見慣れた光景だが、今日は一つだけ違う。恋人に見られるのだ。髪を刈られるのを見られるのは、裸を見られるのとは違った恥ずかしさがある。でもそんな迷いを打ち消すように、バリカンの音が鳴り出した。

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