見出し画像

世の中のピアノの鍵盤は、だいたい深い

「本番で弾くピアノはいつものピアノよりも鍵盤が浅く感じる」
「お店で指弾したピアノも同じく浅く感じたけど気のせい?」

こんな投稿をXで見かけました。

これ、そのとおりなんです。

フリーランスになってからいままで、調律するピアノはすべて同じ内容で点検をしているので1700台ほど見てきたことになります。そして感じたこと。

「世の中の多くのピアノは鍵盤が深いな」

体感ではふつうの深さのピアノが2.5割くらい。7割は深めだったり深過ぎ。鍵盤が浅いピアノは1割未満と言った感じです。

鍵盤の沈む深さの基準は約10mm

ピアノの鍵盤の深さは基本この付近で、深いといっても11mm以上ということはあまりないし、9mmより浅いことも稀です。でもこのわずか1mm以内の違いが大事なんです。

ピアノは弾き込んでいくほどに鍵盤下のクッションが潰れたり木が減ったり、基本的には深くなっていきます。なのでそもそも鍵盤が深くなっていくのは自然なことですし、深くなった鍵盤は敷いてある紙の厚さや量を入れ替えたり、その下のクッションを交換することで調整できるようになっています。

ホールで弾くピアノは定期的に大掛かりな調整がされているので、あまり深くなりすぎる前に基準に戻されます。新品や店頭で販売されているピアノも基準の深さに調整されて並べられています。

でも、大多数を占める家庭やピアノ教室のピアノは深くなってそのまま、ということがほとんどなんです。いつも弾いているピアノに比べると、ホールで弾いたピアノが浅く感じるのはこのあたりが理由だと思います。

なので、どちらかと言うと浅く感じるピアノの方が本来の調整に近いことが多いです。

家庭のピアノの深さは放置されがち

投稿の方も気にされていた通り、鍵盤の深さは弾き心地にけっこう影響します。それでも放置されがちになってしまうのは、深いぶんには目立った不具合にはなりづらいという面があります。深いと感じながらも、「ピアノの普通のタッチ」を逸脱することはあまりありません。

逆に浅いほうではちょっと違って、弾き心地が浅く感じるだけではなく、ハンマーがバウンドしたり、ふつうに弾くのに支障がある不具合がはっきりと出やすいです。そうなると気になる•ならないに関わらず、浅すぎるものは優先的に直さざるを得ない状況になりがちです。

なんだったら、調律師が限られた時間の中で選択する場合、浅めで不具合がでる危険性を残すよりも、深めのほうが安全で良い、という事情すらあります。

これが「鍵盤が深すぎる」ピアノは多くても、「浅すぎる鍵盤」は少ない理由のひとつです。

では、なぜ放置されてしまうのか?

鍵盤の深さを変えること自体は簡単です。大げさでなく、未就学児でもできるくらいに。

鍵盤の深さをいじると他にも影響する

でも、鍵盤の深さをきっちりと調整しようとするとその前にまずは鍵盤の高さをピシッと揃える必要があります。そして深さを変えた後には自動的に、やらないといけない他の調整が発生します。

鍵盤の深さを調整するためには前後の作業が欠かせないので、「調律のついでに深さだけササッととやってOK」とはならないんです。

ピアノの作業には「それだけで完結する作業」 と「それをやると他の調整に影響する作業」があります。

他に影響する作業はそうでない作業に比べて、費用的に、時間的に、どうしても手を入れられづらくなってしまいます。これは僕自身の課題でもあるのですが、お客さまに調律以外のこういった作業を提案するタイミングはなかなか難しいです。

ピアノはいくらでもやることがある

もちろんお客様自身が「ここが気になって」というところがあればしめたものですが、一見ご本人は満足しているピアノでも、実は手を入れると良くなる内容は、ほぼどのピアノにも存在しています。

何年も伺っているお宅で「久しぶりに外でグランドピアノを弾いたら全然うまく弾けなくて...うちのアップライトもなんとかグランドピアノに近くできませんか?」というご相談。

そのピアノは85%くらいのコンディションにはなっていたのでこちらからそれ以上をご提案はしていませんでしたが、「ついでにはできないけど実はできること」はたくさん残っていました。それでは、と言うことでさらに手を入れることに。

今回は主に「上質感と解像度」が足りていないと感じたので、そこを取り戻すようなメンテナンスをしたところ、お客さまにも喜んで頂けました。

「もっと早くやってもらえばよかったです!」と言う言葉は嬉しいと同時に、「そうだよな...もっと早く提案してあげられたかもな...」と言う反省にも繋がります。

こういった「やらなくても弾けるけど、やるともっと良くなる作業」は、弾き手の「こうなって欲しい」と、調律師の「こうできます」がちょうどマッチングした時におこなうのがベストだと考えています。今回のように弾き手が困ってしまってからではちょっと遅いよなと言うのが正直なところ。かと言ってフライング過ぎるタイミングで「こういう調整どうですか?」も良いタイミングとは言えない。

その機会をうまく作るのが調律師の仕事でもあるんですよね。

タッチにとって大事なのに、別にやらなくても普通に弾けて、かと言って調整は気軽にはできない

こんな矛盾した性質を持つ作業項目をお客さまにどう提案していくか。考えていきたいです。


もし記事が参考になりましたらスキを押して頂けると励みになります!