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フランク・ランパードの今とこれから

 今季、フランク・ランパードに上層部から与えられたミッションは「残留」であった。エヴァ―トンというクラブ規模に見合わないこの目標の達成は、至上命題でありながら現実的な目標という、「ハードモード」そのものであった。
 なんとか目的は達成されたが、この男をどう評価するべきなのか。本稿では”エル・テロリスト”こと前任者を批判した論点を踏まえながら、今シーズン、およびチェルシー時代の彼を参考にして今後の展望を書き連ねていきたい。最後までお付き合いいただければ幸いだ。

1:戦術

 ピッチ上での前任者との大きな違い、これは目標と手段、結果が一致したという点にあろう。
 これらを基準に今シーズンの彼を評価していきたい。

今シーズンの目標

 

 冬のマーケットが終了した彼の就任時点で勝ち点は19、怪我人も抱えていている中で、大のサポーターが彼にまず期待していたのは残留という目標達成だろう。
 では、彼自身はこのクラブのどこに問題意識を持っていたのか。就任直後のインタビューに、その答えはあった。

短期的な対処に素早く取りかかりたいと思います。そしてもちろん、私たちの心の奥底には、クラブの長期的なビジョンがあります。

就任直後のインタビューにて

 彼は同じインタビューでこうも語っている。

ポゼッションに自信を持ち、ポゼッションでゲームをコントロールし、相手陣内で見ていてとてもエキサイティングなチームを見たいと思っています。

就任直後のインタビューにて

  彼は今シーズン、「チームの残留」だけでなく、「ポゼッションベースのチームの構築」という二つの目標を掲げていたのだ。

ランパードが取った手段

 先述の通り、彼は「残留」と「ポゼッションベースのチーム作り」という2つの目標を立てた。これを鑑みれば、今シーズンの戦い方も個人的には納得がいく。
 振り返れば、ランパードは大別して二つのフットボールをしたと言える。1つは、「美しい」フットボール、そしてもう一つは美しさとはかけ離れた「泥臭い」フットボールだ。

「ボールを楽しめ」戦法

 トレーニングで「ボールを楽しめ」と言っていた彼は、心地よいテンポでボールを前に進め、攻め入る美しいフットボールを展開した。前線から守備が始まり、後ろから攻撃が始まるスタイルをもってして、前任者の素朴な味付けのフットボールに辟易していたすべてのエヴァトニアンに鮮烈な印象を与えながら彼はマージ―サイドの青に身を染めたのだ。

 彼は「二兎を追う」選択をし、2つの目標を同時に達成しようとした。しかしプレミアの過密日程、ハイテンポな相手のプレス、負傷者の離脱などがそれを許さない。
 降格争いの直接のライバルであるバーンリーに3-2で敗れた後、彼は明確にプラン変更を強いられた。

「戦いが先だ」戦法

 マンチェスターユナイテッドをグディソンに迎え、1-0で勝利した後のインタビュー。

「美しいサッカーは後でいい、戦いが先だ」

フランク・ランパード

 こう言い放った彼は、何が何でも勝ち点をもぎ取る方針へと変更した。「残留」という目標のみにフォーカスすることにしたのだ。
 ボールを楽しめと言ったのが嘘であったかのように、チームはポゼッションを明け渡した。実際、シーズン残り9試合の平均ポゼッション率は32%、ブレントフォード相手でもチームのポゼッション率は27%と、あらゆる相手にチームの意図を貫徹した。
 しかしこれが功を奏し、チェルシー、レスターと言った難敵相手からも勝ち点をもぎ取り、残留へと着実に歩を進めていく。
 バーンリー戦後には48%の確率で降格すると叩き出していたFiveThirtyEightも、クリスタルパレス戦前には9%までに降格の確率が下がっていた。

チームにもたらした結果

 運命のクリスタルパレス戦、ハーフタイムで2-0だったチームは後半に3点をもぎ取り、残留に成功する。
 紙一重だったかもしれないが、最重要目標の達成には成功した。

評価 

 私は過程を重視する監督には結果よりもチームの成長を、結果を重視する監督には結果を求める。ラファベニテスがピッチ上で失敗した、と評価したのも彼は結果を重視しながら結果をもたらせなかったからだ。
 ではランパードはどうか。彼は少し特殊で、結果と過程をどちらも求め、最後に結果のみを求めた。
 まず結果という観点からすれば合格点以上である。単純に彼は残留に成功したからだ。
 では過程という観点はどうか。この点においては達成できたとは言えないだろう。私たちは今シーズン序盤、一人の監督が組織を破壊する姿を目の当たりにした。過程を求めるサッカーをする場合、継続性が重要なのである。      
 今シーズン終盤、中途半端に守備的サッカーを挟んでしまったことは必ず来シーズンのチーム作りを妨げるだろう。先に40ポイント取ってから、チーム作りをしても良かったのではないだろうか。

 少なくとも、来シーズン以降からはポゼッションベースの戦術構築がなされるだろう。彼の指揮官としての真価が問われるのはそこからだと言っても過言ではない。

2:人柄

 ではピッチ内だけではなく、ランパードのピッチ外での行動も見てみたい。

サポーターとつながる能力

 振り返ってみれば、就任直後にしたフットボールこそ美しいものだったが、残留劇の終盤は守備をベースにした非常に単調なフットボールを展開した。
 加えて、レスター、ユナイテッド、チェルシーなどプレミア屈指の強豪を打破することに成功したとは言え、ブレントフォードやワトフォードから勝ち点3を取り損ねている。強豪から勝ち点は取れるが中堅以下からは取れない、という点だけでみると実はベニテスだって負けてはいない。
 しかし、彼と前任者との大きな違いの一つとして、エヴァトニアンを完全に味方につけたという点がある。

 スーパーフランクのチャントがお分かりいただけるだろうか。今思えばラファベニテスのチャントなど思い当たらない。「Sacked in the morning(朝には解任されてるぞ)」程度ならあったかもしれないが。

 全力で喜ぶランパード。ピッチ上に流れ込んできたファンと肩を組んで「Spirit of the Blues」を歌っている動画もあった。
 ピッチ内はともかく、ピッチ外では文字通り皆に愛されている指揮官だ。

3:不安要素

ランパードのバナー

 さて、めでたく残留した我がクラブであるが、満身創痍の戦いの中で私たちはフランク・ランパードの言動にいくつかの「ひび」を目にした。このひびが拡大しチームに大きな亀裂をもたらさないように、私たちが注意を向ける必要がある点を列挙する。

行き過ぎた発言

 2010年の南アフリカW杯以降、彼はレフリーと問題を抱えている。今シーズンは疑惑の判定が多かった中で、いくつかの「ランパード語録」が生まれた。 

「控え目に言って無能」
 「家にいる3歳の娘でもPKだと言う」

シティ戦後、VAR担当クリス・ガバナーに対して

「サラーならPK」

マージ―サイドダービー後、ゴードンとマティプの接触について

 感情は理解できるのだが、下手したら数試合のベンチ入り禁止処分になる恐れがある。監督はベンチにいてほしいので、なんとか記者会見以外で不満を発散してほしいものだ。

あまりにも時代遅れな発奮方法

 私が大きく心配しているのはこの点である。それは「公での選手批判」のよるチームへの刺激だ。クリスタルパレスに4-0で大敗したFA杯後の記者会見で、彼はこのような発言をした。

「自信を持たせるため、彼らのご機嫌取りをするのにも限界がある」
「戦術の問題ではない」

FA敗退後の記者会見で

 当然、4-0で敗北した際は選手だけのせいではなく、監督にも責任がある。これは一見選手を発奮させる発言に見えるが、チェルシー時代の結末を考えると、私はこれが効果的な方法であるとは到底思えなかった。
 例えばチェルシー監督時代に逆転負けを喫したウルブス戦においては、相手のカウンターアタックを「選手たちは知っていたはずだ」と批判した。他にもアーセナルに敗北を喫したダービー後のインタビューで、「十分でなかった。選手たちが責任を取らなければならない」という旨の発言をしている。
 これが効果的であったかというと、答えは否である。チェルシー解任直前のロッカールームの雰囲気は良くなかったと聞く。敗戦の責任を選手になすりつけていると感じたものもいて、ロッカールームで求心力を失っていたという報道もある。彼が偉大な功績を残したチェルシーに於いてでさえ求心力を失う可能性があるのならば、それはチェルシー以外のクラブならなおさら危険度は高いであろう。
 私はシティの「All or Nothing」を思い出す。ペップ・グアルディオラはロッカールームで選手を批判する際、「記者会見では君たちを守るが」という枕詞をつけていた。モウリーニョ政権の末期を思い出してもそうであるが、公で批判することは選手を発奮するどころか、モチベーションを下げてしまう恐れがあるのだ。
 そのようなチェルシー時代の経験がありながら、彼はFA戦後にこのような言動を見せた。彼の大きな不安要素はここにある。

4:終わりに

 私たちは今シーズン、苦境にある時こそ団結することの重要性を再確認しました。来シーズン以降、なかなか勝てない時期が来ることもあるでしょう。その時、彼がどのような手段でチームにアプローチするのか、そしてそれを私たちはどのように受け取るべきなのか、今回の投稿で改めて問題提起できれば幸いです。


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