ひときれのケーキ(後)
予想していなかった言葉に私は少し戸惑った。どういうこと? と聞きながら顔を上げると、彼女の口元がすこし緩んでいる。彼女は言葉を続けた。
ー だって不思議じゃない?これだけ不安って言ったとしても明日は絶対に来る。何十億年も回っている地球が急に止まることはないんだからさ。止まない雨はないし、陽はまた昇るでしょ?
地球に雨に太陽に、、、急に話のスケールが大きくなった。彼女らしさ満載なその感覚は良いけど、さすがに現実的な話をしたかった私は、未来を楽観視しているように聞こえた彼女の言葉に反論してみる。
だからこそ不安じゃん。その絶対に来る未来がどうなっていて、私がどう生きているのかが分からない。
語気が少し強くなったことを感じたのは言葉を出し切った後だった。彼女はそんな私を見て小さく笑い、アイスカフェラテを口にする。
ー そりゃ、未来の自分なんて分からないでしょ。ドラえもんじゃないんだし。
コップを置いた彼女からの返答は、意外にも現実的だった。ただ、そこに悲壮感はない。むしろ未来が分からないという現実を前向きに受け入れているようにすら感じた。
未来って不安じゃないの?
ー うーん、むしろ安心かな。
安心…?
ー とりあえず今を生きてたら未来がやってくる、っていう感覚。
なるほど……?
少し無言になった私は彼女の言葉を脳内で繰り返す。そうすると、私の中にあった不安とか焦りがスッと薄れていくことが分かった。「とりあえず今を生きてたら未来がやってくる」。こんな風に未来を捉えるのか。
思わず、やっぱり面白いなぁ…、と言葉にする。彼女はまた小さく笑って、ありがとう、と返す。
私は時々、彼女の世界観に救われる。救われるといったら少し大げさかもしれないが、そんな気持ちになる。そして、私が彼女に感心した時、彼女は決まって調子に乗る。
ー 難問解決プログラムじゃなくて、プレゼントなんだよ、人生って。
いつも通り調子に乗っている。これはきっと彼女自身の言葉ではない。
誰の言葉?
ー え、セカオワ。
やっぱり。
彼女は、さすがだね~、と言う。
私は、いつものことでしょ、と返す。
ー そんなことよりケーキ食べないの?不安すぎて胃が持たれたのなら代わりに食べるけど。
ケーキは別腹だから!と言い、私は一切れのケーキにフォークを入れた。
私は好きなものを最後まで残しておきたいタイプで、彼女は大好きなタルトを真っ先に食べるタイプ。考え方も世界観も全然違う私たち。
ケーキを食べる私を見て、彼女はアイスカフェラテを飲み干す。そして、落ち着いた声で、これからの私たちのことだけど、と話し始める。
ー 未来は大丈夫。だから、私は今を大事にしたいな。悩むことも、楽しむことも、休むことも、全部ひっくるめて、いま、この瞬間を大切にしたい。
私は首を縦に振りつつ、最後の一口を無理やり口に入れ込む。案の定むせてしまい、隣にあったアイスコーヒーを飲み干す。
真剣に話したつもりなんだけど…、と呆れる彼女を見て、私は自信ありげに言葉を返す。
なんか、なんとかなる気がしてきた。
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