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始まりと終わりが交差する夏

別れは 真夏の暑すぎる夜。


終わりは 蒸し暑さと共に 訪れた。


「これが お互いの為。」


「やっぱり そうだよね…」


切なさが 波音を立てる。


私は 儚く消えそうな あなたを 遺したいと願った。


「俺なんかで良かった?笑」


「あなたじゃなきゃ 意味無いでしょ。」


スケッチブックを走る鉛筆が 終わりの始まりを 刻々と 明示していた。





出会った あの夏の日。


聴こえていたのは 激しい波飛沫。


「楽しかった!」


パラソルの下で 夕涼みをしていた私は その声で 微睡みから 覚醒した。


瞼を擦りながら 見上げると そこには 知らない顔 あなたの顔が 覗き込んでた。


「なにっ!?」


慌てて サングラスを落としてしまった。


「綺麗だなと思いまして…驚かせて ごめんね。」


小さく 掌を合わせて お辞儀している あなたを尻目に 急いで サングラスを拾った。


動揺して 上手く 拾えない。


「はい。」


あなたは 何事も無かったのように サングラスを手渡すと パラソルの陰に 腰下ろした。


「…」


話し掛ける言葉が 心臓が探していた。


「どうしたの?」


また 覗き込まれる。


やられっぱなし。


「シレッと 隣に居ますけど なんなんですか?」


別に 怒っていないけど 少しだけ 語尾を強めた。


「遊び人。」


ご機嫌な笑顔で またまた シレッと そんなことを言ってくる。


諦めた。


「…勝手にして…」


それから 陽が沈むまで しばらく 無言の時間は 続いた。


「お腹空いたなぁ〜。」


あなたは 立ち上がると 海の家に 向かおうとした。


「一緒に どう?」


「…確かに お腹 空いたかも。」


手招きされるがまま 一緒に 海の家に 到着した。


そこで 初めて あなたの名前が 南音(なおと)だと知ったよね。


「ダメじゃなかったら 名前 聞いていい?」


生ジョッキを 片手に 聞いてくる。


「鳴海(なみ)だよ。」


こんな始まり。


でも それが 今 終わろうとしている。


季節が巡る中で お互いを 少しずつ 知って。


色んな表情を見せる。


私が 惹かれたように。


南音にも 惹かれていてほしくて。


重ねる時間を 噛み締めて。


通り過ぎる時間が 遅延されることを願った。


でも 知っていた。


「俺さ…来年の今頃には 会えなくなると思う。」


海の家で お腹いっぱいになった 2人は また パラソルに集った。


浜辺には 殆ど 人が居なくなっていた。


静かな波音だけが 鼓膜を震わせていた。


「ねぇ…なんで 来年の今頃には 会えなくなるの?」


鳴海は 意を決して 告げた。


少し 寂しそうな笑顔をしたまま 南音が 潮騒を吸い込んだ。


「病気なんだ…もう 長くない。」


もっと 早く出会えていたなら。


もっと 鳴海を知れたのに。


後悔を滲ませないように 出来るだけ 優しく 事実を伝えるのが 南音の限界だった。


「だからさ…今日は 最後に 海に来るつもりだったんだ…でも 鳴海が居た。」


会ったばかりの女性に こんな顔をさせるのは どうなのかとも思ったけど これが 現実。


嘘は付きたくない。


仕方なかった。


「…なによ それ…意味 分かんない!」


そう言いながら 鳴海は 南音の胸板をノックした。


何度も。


そう 何度も。


「知り合ったばっかりなのに そんなに 泣いてくれんだ?」


そう 2人は 恋に堕ちていた。


真っ逆さまに。


真夏の温度など 全てを 貫通する程に。


いとも容易く。


「良かったら 俺が居なくなるまで 隣に居てくれない?」


タイムリミットが迫っていることを 感じさせない南音の寂しい笑顔に 色が宿った。


それが 南音との出会い。


そして 奇跡的に 季節は もう1度 巡った。


「もう 外出も出来ないと思う…先生にも これが 最後だって 言われた。」


「そっか…ここで 会ったんだもんね…もう 1年か…早かったね。」


「でもさ…俺にしたら 最高で 長い時間を こうして 過ごせて 最後まで 鳴海が 隣にいる…後悔しようがないよ。」


「泣きそう…でも 最後は 笑顔で見送るって 決めたから 泣かない!」


「鳴海の笑顔は 無敵だからなぁ~笑」


あっかけらかんとしたまま 南音は 息を引き取った。


穏やかな寝顔のまま 苦しむこともなく 幸せだったんだと 信じられるほどに。





それから 1ヶ月が経った頃。


知らない宛先から 鳴海の自宅に 手紙が届いた。


封筒の裏には 南音の名前が記載されていた。


急いで 封を解く。





鳴海へ


この手紙を 鳴海が読んでる時には 俺は もう 居ない。


先生にお願いしていたんだ。


俺が 居なくなって しばらくしたら 鳴海に この手紙を 渡してほしいって。


ありがとう。


未来が分からなくて。


最後にしたいことを していこうって 行動していただけなのに 俺に 出会ってくれて。


そして 支えてくれて。


出会ってからの1年間 その全てが 集大成で。


これまで 過ごしてきた時間の中で 最高の日々だった。


それは 鳴海が 居てくれたから。


間違いない。


だから 心から感謝しかしてない。


くだらないことで 笑ったり 泣いたり 喧嘩もしたけど そのどれもが 愛おしかった。


伝えたい言葉なんて 腐るほどあるけど これだけは 伝えたいんだ。


出会ってくれて ありがとう。


恋させてくれて ありがとう。


愛させてくれて ありがとう。


必ず 幸せにしたかったけど 俺は 御役御免みたいだ。

鳴海だけ パラソルに居残りさせちゃって ゴメンな。


でも 鳴海のおかげで 夢が叶ったんだ。


愛する誰かに出会うことが。





「南音…会いたいよ…」


降り止まない雨が 無いように。


巡らない夏が 無いように。


溢れ続ける涙も きっと いつか 止むだろう。


2人が 過ごした砂浜では 今日も 海が鳴り 南風が自由気ままに 波音を 囁いている。


鳴海が 最後の姿を捉えた 南音の横顔が いつもより 笑顔に見えたのは 思い出補正ではないことを 空に居る南音だけが 知っていた。


この夏を 2人は 必ず 忘れない。



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