サムネ

【第71回】ゲストハウスでの攻防戦(タイ王国旅行記Vol.1)

「なんか臭いな」

僕がその地に降り立ったときに最初に出てきたのは、そんな感想だった。

いや、「臭い」と書くとなにか語弊があるかもしれない。日本ではあまり嗅いだことがないような甘い匂い。嗅ぎ慣れない香りだからこそ、瞬間的に「臭い」と思ってしまったのかもしれない。先程、両替した紙幣からさえも、プンプンと漂ってくるのだ。

外国人が日本に来たとき「醤油臭い」と思うらしい。その国には、その国の香りがあるということなのだろう。

そう、上記の描写からも分かる通り、前回の上海から2年ぶりの海外旅行にやってきたのである。

2019年9月8日。僕は日本から約4000km離れタイ王国にやってきた。

すべての始まり

遡ること2ヶ月前の7月。就職活動を終えた僕は重い腰を上げてアルバイトを始めた。残りの大学生活を有意義に過ごすためには、どうしてもお金が必要なのだ。

しかし、翌年の卒業を控えた大学4回生を雇ってくれるようなバイト先は少ない。以前していたバイト先には戻るつもりはないので、なかなか働き口が見つからなかったので、単発バイトで食いつなぐことにした。単発ならシフトが自由というメリットもある。

けれども、この単発バイトが、ものすごくつまらない。肉体労働で疲れる割に単純作業。単発という特性もあっていつでもやめられることから、開始2回目にして早くも気が折れかかっていた。

大学生といえばアルバイトをするというイメージの人も多いと思うが、僕はこのアルバイトが非常に苦手である。どうしてもバイトがする仕事は単純な仕事が多く飽きてしまうのだ。かといってマルチタスクが要求されるような飲食や接客業は苦手極まりないので無理。最長で続いたのがスーパーのアルバイトで1年である。

そんなときSNSで見かけたのがLCC(格安航空会社)のセール情報だった。各LCCは割と頻繁にセールを行っており、タイミングが合えばびっくりするくらい安く海外へ行くことができる。

ソウルや香港・マカオ行きのチケットと、かなり迷ったが同価格帯で一番遠くに行けるバンコク行きのチケットを気がついたら予約してしまっていた。

要はこれを楽しみにバイトをがんばろうというわけなのである。クレジット決済をしたので支払日までにお金を用意する必要があるし、それに加えて現地で楽しむためには、お金が必要ということもある。背水の陣というやつだ。

それからというもの大学の定期テストなどを乗り越えながら、夏休みは大いにバイトに勤しんだ。こんなにバイトできるとは思っていなかったので自分でも衝撃的である。

目的意識というのは非常に大事なのだ。

ちなみに名古屋発バンコク行きのチケットは往復で18160円(燃料費チャージ代含む)だった。安すぎる。

旅の概要

今回の旅は2019年9月8日〜13日という5泊6日間の日程だった。

5泊6日といってもLCCの都合上、現地の空港に到着するのが現地時間で21時10分、出国するのが7時25分なので自由に使えるのは実質4日間である。

前回の旅行では中国国内のうち上海にしか行かなかったけれども今回の旅行ではある程度時間があるので、タイ国内で首都である「バンコク」、第2の都市「チェンマイ」、世界遺産のある古都「アユタヤ」の3つを訪れる計画を立てた。

イメージがつかない人は日本で言うところの首都である「東京」、第2の都市「大阪」、世界遺産のある古都「京都」を訪れたと思ってくれればいいと思う。

タイ王国とは、一般的に日本ではタイという通称で呼ばれる国だ。英語ではThailand(タイランド)と呼称される。

タイと日本との交流は深く戦国時代〜江戸時代にかけてはアユタヤに日本人町があった。第二次世界大戦では同じ枢軸国として連合国と戦ったこともある。現在では多くの日系企業がタイへと進出を果たしているなど結びつきは現在でも深い。

過去のつながりもあってかタイは親日国としても有名だ。

ドンムアン空港〜ゲストハウス

僕がタイの地に降り立ったのはバンコクのドンムアン空港と呼ばれる空港である。

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ドンムアン空港。
夜ということもあって人は少ない。

同じバンコクにあるスワンナプーム国際空港よりもバンコク市内へのアクセスは悪いのだけれど、そのこともあってか多くのLCCが乗り入れする。

安く市街地へ出る方法はいくらでもあるため、よっぽど時間がないと言った限りは困らないだろう。

1日目は21時過ぎに到着ということもあって、空港から歩いていける距離の場所に宿を取った。いくらタイがほかの東南アジア諸国に比べて治安がいいとは言え、流石にこの時間帯に出歩くのはよろしくないと思ったからだ。

以前の上海旅行では現地でモバイルWi-Fiをレンタルしたのだけれども、今回は現地で使えるSimを持っていったこともあり、特に問題なく用事を済ませ空港を出ることができた。

空港を出るとすぐ目の前に道路、そしてその上を走る高速道路が見える。

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日本の空港は防音対策などで人工島や郊外に建設されることが多いのに対して、ドンムアン空港は、本当に街のど真ん中に位置していた。

街の作りだけでも日本とは違うということも思わせてくれる。

陸橋を抜け道路に降り立つ。道はガタガタで、21時をとっくに過ぎているのにも関わらず絶え間なく車は走っていく。あまり歩行者が歩くことは想定されていないような作りだ。横断歩道を渡ることさえも苦労してしまう。

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いかがわしい店に見えるがただの銀行。
色彩感覚も日本とは違う。
この横断歩道を渡るのに苦労した。

タイ人はあまり歩かないという情報をネットで目にした。確かにここまで車社会なのであれば、それもそうかもしれない。

車に少しヒヤヒヤしながらも、歩いて10分程度で目的地であるゲストハウスに到着した。

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僕が泊まったゲストハウス。
ナマケモノがモチーフでかわいい。

ゲストハウスでの攻防戦

ゲストハウスを知らない人もいると思うので簡単に解説しておこう。

低料金の宿泊施設の形態の1つをゲストハウスと呼ぶ。日本の法律では簡易宿所と呼ばれるようだ。

多くの場合はドミトリー(男女相部屋)でシャワーやトイレなどはすべて共有である。合宿施設などをイメージしてもらえるとわかりやすいだろうか。

プライベート空間が確保されにくく盗難の危険もないわけではないという反面、料金はホテルに泊まるよりも安価である。現に僕は予約サイトのセールも活用しつつ、1泊686円で宿泊できた。

バックパッカー(低予算で旅行する人のこと)が宿代を抑えるために宿泊することで有名な施設だ。

前回の上海旅行では、初めての海外旅行で怖かったので泊まらなかったけれども今回はチャレンジしてみることにしたのだ。

基本的に宿は寝られればいいと考えており、日本ではカプセルホテルばかり泊まっていたので、あの頃と比べても抵抗はほとんどない。なんなら1回だけだけれども日本でもゲストハウスに泊まったことがある。なんならその時も快適そのものであった。

日本から飛行機でバンコクまで6時間のかかかるので体はクタクタなのだ。早く体を休ませたいと思いチェックインするために扉を開けた。


すると中で宿泊客であろう白人の女性と受付の女性が何やら揉めていた。

しまった、最悪のタイミングで入ってしまった。

とりあえずチェックインに必要なパスポートと予約表を持ってカウンターに近寄ると「少し待ってて」と言われたのでおとなしく待つ。

店内を見回すとあちらこちらにナマケモノの絵が書かれていて可愛らしい。カフェのようなカウンターもあるが、もう営業を終了しているようだ。

そんなことを考えながらなんとなく写真を撮っていると聞き慣れた音が聞こえた。LINE電話の発信音である。

タイはメッセンジャーアプリにLINEを使う。LINEを使う国は他には日本と台湾くらいしかないので世界的に見ても稀だ。

異国の地で聞き慣れた音を聞いて、ついほっこりしたが会話の内容を聞いている限り当人同士の雰囲気は最悪だ。

とにかく「オーナーにつなげ」と白人女性が怒っていた。フロントの女性も「いや聞いてないし…」といった感じで、しぶしぶ電話したように見える。

おそらく白人女性が宿泊以前にオーナーに直接伝えてあったやっておいてほしい何かがされていなかったのだろう。ものすごいしかめっ面だ。

電話の向こうのオーナーにつながるとフロントの女性がタイ語で何か会話をした後に奥に引っ込んでしまった。

僕と白人女性が、その場に残される。

流石に「何があったの?」とは聞けなかったので、しばらくなんとなく気まずい時間が流れた。もちろんこの気まずさは僕が感じているだけなのだろうけれども。それを誤魔化すように、この間も写真を撮ったり壁にかけられた貼り紙を見たりして時間を潰す。

へぇ、この近くにセブンイレブンがあるんだなあ、といった事を貼り紙から読み取っているとフロントの女性が帰ってきた。

白人女性に南京錠が手渡される。海外のゲストハウスでは基本的にはロッカーには自前で何かしらの鍵を用意しなければ鍵をかけられないようになっている事が多い。

そうか、それを貸してくれと頼んでいたのに用意されていなかったから怒ったのか。1人納得していると、

「Thank you!!!!!!(ありがとう!!!!!!)」

白人女性のしかめっ面が、一気に笑顔に変わった。先程の怒りようが嘘みたいだ。

ここで日本人だったら、ぶつくさと文句やら嫌味の1つでも言ったりしそうなものだけれども全身で感謝を表している。

問題が解決されたら、それまでの事は水に流してしまう。とても素晴らしいことだなと、この光景を見て僕は感動してしまった。

素直に見習いたいと思う。


初めてのゲストハウス

特に問題もなくチェックインを終えた僕は階段を登りドミトリーへと向かった。

部屋にはカードロックがかかっているのでセキュリティは万全である。カードキーをかざし中に入るとひやりと冷気が押し寄せてきた。

涼しい…。いや、少し肌寒いくらいだ。

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12人相部屋ではあるものの、狭い感じは全くしない。備え付けられた二段ベットにはカーテンがしっかりと掛かっておりプライバシーは守られている。

カーテンのほとんどが閉まっており、多くの人が寝ているようだったので音を立てないように慎重に2段ベットの上に登った。

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シーツも枕も清潔そのものであり快適に寝られそうだ。ただ仕切りの高さがやや低く上半身を起こすと隣のベットが見えてしまうが、意図して見ようとしなければ大丈夫なので特に問題はない。

コンセントも枕元にあるのでWiFiと電源が無いと死んでしまう現代人にも優しい作りになっている。

一通りゲストハウスの中の探索を終えた僕は遅めの夕飯を食べに外に出ることにした。空港からゲストハウスまで歩いてきた限りでは特に問題はなさそうだったことに加えて、近くにセブンイレブンがあるのがわかったからだい。

本当はチェックインを済ませたあと、空港に戻って食事を取ろうと思っていたのだけれども、現地の人々が普段使っているであろうコンビニ飯のほうが気になる。

日本と違って特にフロントに鍵を預けたりする必要もないので、そのまま外に出た。


邂逅

貴重品は身につけているとは言え、身軽になったのでズンズンとコンビニに向けて歩みを進める。

地図を見なくてもゲストハウスから一直線に歩いていけば特に迷うこともないくらい近い場所にセブンイレブンはあったが根が方向音痴なので、しっかりとGoogle Mapを片手に歩みを進める。世界のどこにいてもインターネットを通じて地図が見られるのは、本当に便利だ。

ところで、出会いは突然やってくるという言葉がある。

道を間違えてないかな〜と思いつつ注視していたスマホの画面から顔を上げると『ヤツ』はいた。

さも、そこにいるのが当たり前のように。大きな体を道路に横たわらせていた。

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野犬である。

飼い主がいない犬のことを野犬という。野良犬という呼称のほうが一般的だろうか。

日本では狂犬病予防法によって積極的に野犬は保護され処分されてしまうことが多いため、ほとんど見ることはないが、海外ではそうではないことのほうが多い。

タイもまた野犬の多い国だとは聞いていたが、実際にいるのを見てびっくりした。本当にいるんだ…。

写真に映っている野犬はおとなしかったのだが、後に僕はこの野犬に大いに悩まされることになる。

そのことをまだ知らない僕は野犬の横をそそくさと通り抜けセブンイレブンに到着した。


屋台飯

セブンイレブンで夕飯を買おうとしていた僕は何故か屋台でカオマンガイを食べていた。

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答えは明白で、セブンイレブンの近くに屋台街があったからである。

僕はタイに行く前は屋台は特別な場所にしかないものだと思いこんでいたのだけれども、人が集まるような駅前、バス停付近、コンビニ前には必ずと言っていいほど屋台が存在する。それだけ庶民の生活に一般的なようだ。

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意気揚々と屋台街に乗り込んだものの、どうもローカルな屋台街らしく書かれているのはタイ語ばかり。どうしたらいいのかよくわからず、しばらくウロウロしてしまう。

それでも意を決して、数ある屋台の中の1つの前に立った。

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ぶら下げられた文字だけメニューから適当に指を挿そうとしてみる。食べられればそれでいいと思ったからだ。

「Chicken rice?(チキンライス?)」

屋台の前で「あ〜〜」と唸っている僕を見かねたのだろう。店員が声をかけてきてくれた。

「Ah, Yes!(あー、それそれ!)」

ジェスチャーで皿か袋かを選ぶように示される。どうやらテイクアウトもやっているようだ。

皿を選ぶと席に座るように案内された。屋台だから先払いのイメージがあったが、屋台前の席で食べるのであれば普通の飲食店と同様に後払いらしい。

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出てきたのがカオマンガイだった。カオマンガイとは茹で鶏と、その茹で汁で調理した米を共に食べる米料理だ。東南アジアでは庶民の味らしい。

日本人の口に合う料理としても有名だ。タイに来たら一度食べようと思っていたけれども、こんなに早く食べられるとは思わなかった。

味は文句なしに美味い。鶏肉はプリプリしているし、付け合せのパクチーのスープは最高だ。これで40バーツ(当時のレートで150円程度)。安い。


こうして初日は終わった

この日はコンビニでビールとつまみに味付けヒマワリの種を買ってゲストハウスに戻り、簡単な晩酌を楽しんで、すぐに眠りについた。

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シンハビールはタイを代表するビールだ。
ちなみに奥にトイレットペーパーが見えるが
便所飯をしているのではなく
お手拭きとして置いてあるだけである。

海外での初めてのゲストハウスだったが、結構快適に過ごせたと思う。

ただシャワーは水しかでなかった。海外ではよくあるらしいが、ちょっと残念。ただ海外に来たという感覚は強いので、いい意味で旅の洗礼を浴びれたと思う。

ちょっと、それが誇らしかった。

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ゲストハウスのシャワー。
清潔ではあるけど水しか出ない。
あと脱衣所もない。


最後に

というわけで前回の上海旅行記から引き続いて、タイ王国旅行記が始まりました!

これからもお付き合いしていただければと思います。

>>次の話はこちら:【第72回】逃げるが勝ち(タイ王国旅行記Vol.2)


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