人生が【劇場】である意味


ずっと楽しみにしてた【劇場】


何度観ても、分からない。
だけど、とても満足している。
不思議な映画だ。

永田はプライドの高い人間なんだろうなあ、と
すぐに分かる
2人は共依存の関係にあるんだなあ、と
何となく分かる
なのに、分からない
永田があっさり青山から仕事を受けたことも、
沙希の部屋を出て行ったことも、
分からない
何故?と思うことばかり
「ここが一番安全な場所だよ」という言葉の意味も、
何度考えても分からない
『私が何でも受け止めるよ』
という、沙希の優しさから来るもの?
それとも
『外に出たら敵ばかりだよ』
という、永田を自分の側に縛り付けるためのもの?
分からない


沙希を含め、永田の周りにいる人は皆、
彼が何を考えているのか分からないと言っていた。
だが、観客である私たちからしたら、
永田という人間は、
単純で、普通で、
他人と違うことをしたいというだけの、
悪く言えば安っぽい感性を引っ提げている
本当に、分かりやすい人間だ
それは作品の性質として永田による語りの部分が多かったことも関係あるだろうが、
それがなくとも、彼は何ともみっともなく、
貧しい人間だということが容易に理解できた


問題は沙希だ
彼女のことを、何も理解できなかった
沙希と永田の関係性は、
暴力による洗脳とか、
愛を拗らせただとか、
そんな有りがちなものではない


一体いつから彼女の歯車は狂い始めたんだろう、と考える
永田と出会った時…
『おろか』の公演が成功した時…
永田が原付を壊した時…
永田が仕事を始めた時…
うん、これ以降はもうボロボロ


永田と出会ったことで、と
言ってしまえば簡単だけど、
出会ったこと自体は特段理由にならないと思うんです
永田は確かに、よく分からない人間に見えるかもしれないけど、
でも知ろうと思えば、彼がどんなにしょうもない人間か知れたと思う
もしかしたら沙希も、
永田の表面部分しか見ていなかったのかもしれない
というより、
“見ようとしていなかった”かもしれない
『凄い永くん』を誰よりも信じていたのは沙希だったんじゃないだろうか


だからだんだん現れてくる、
永田の人間臭い嫌らしさだったりとか、
そういうものが、
沙希の中の『永くん』と少しずつズレていって、
結果的にそのズレが、
彼女の歯車を狂わせていったのかもしれない


でもこれは全て憶測に過ぎないし
やっぱり本当の彼、彼女のことは分からない
又吉さんや行定さんの描きたかったものとは
もしかしたら違うように受け取っているかもしれない
でもそれも小説とか映画とかの醍醐味だよね
と信じて、
これからも自己満でたっぷり楽しみます


お気に入りのシーンは?と聞かれたら
おそらく9割の人が挙げるであろう、自転車のシーン。
あれは良いですね〜本当に良き良きです
永田のダサい感じとか、
沙希の抑えてた感情とかが、
あの数分間に全部詰まってる
役者さんってすごいよね、ほんとに


それと…ラストシーン、
割とああいう演出は好きなんですが、
今回はなくても良かったのかな、なんて思っちゃいました
『どんな状況でも芝居は作れる』
みたいなセリフがあったから尚更、
うーーーん?となってしまった
あの部屋で、あの2人で、
という方向性を大事にして欲しかった


なんか散々永田の悪口書いてしまったけど、
永田はものすごく普通の人間だと思う
彼にとっては侮辱になるだろうけど、
本当に、普通の人
夢を追いかけて成功できる人がほんの1人だとして、
永田は残りの99人の中の1人
必死になることが怖くて恥ずかしくて、
何でもないフリして生きてる一般人の1人


だから自分にも当てはまるし、
投げた悪口の半分くらいは、今から私の元に特大ブーメランになって帰ってくる
大事なのは、
それを受け止めれるようになること
そうすれば、永田ほどクズにはならない…はず

※タグの山﨑賢人さんの漢字が間違ってるんですが、どうしても﨑の字が反映されないので崎でタグ付けしております。





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