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今日、君たちが大人になっても、ぎゅっと抱きしめようって決めたんだ。

 福岡市の動物園で、2020年2月5日にキリンの赤ちゃん(♂)が生まれたそうだ。名前を募集しているというので、応募しに行くことにした。

 我が家には3人の息子がいて、高1、中2、小5と大分大きくなった。皆、食が細かったが、いつの間にかモリモリ食べるようになり、長男には身長も追い越されてしまった。そしてまた、どうやら3人とも反抗期に突入したようで、そっけない対応をされることもしばしば。

どうぞ、いってらっしゃい。

 さて、話を戻そう。

 4月から福岡へ転入すると同時に、ずっと自粛生活を活を送ってきた。そのため、家族で出かけることは全くなかった。6月19日から県を跨いでの外出ができるようになったこともあり、少し気分転換をしたいと考えた。そこでネット検索をし、見つけたのが「キリンの名前の応募」だった。ネットでも応募できたのだが、そこはあえて伝えず、出かけようと誘った。

 3人から返ってきた言葉は、「どうぞ、いってらっしゃい。」「あ、結構です。」「オレは、いいや。」だった。

 気分転換しようとか、日光に当たると健康に良いとか、たまには皆で出かけようとか、色々な誘い文句を並べたが、全く聞く耳を持ってもらえず。まぁ、そんなお年頃だよね・・・と思い、夫と実母(同居)と3人で出かけた。


見て見て!てんとう虫~!!

 自粛生活が終わったからか、道路はかなり混んでいた。動物園の駐車場は満車で、「近隣のコインパーキングをご利用ください」というプラカードを掲げたご年配の方が、何人も立たれていた。

 初めて来た私達はコインパーキングの場所も分からず、とりあえずUターンをして来た道を戻ろうとした。ちょうどその時、動物園の西門付近の駐車場が1台空いて、停めることができた。

 駐車場から動物園まで歩いていく途中、前方に2歳くらいの娘さんを抱っこしたパパさんと、荷物を乗せたベビーカーを押すママさん、そして5歳くらいの男の子の家族が歩いていた。男の子の手には、ハルジオンの花束が握られていた。歩く度に立ち止まり、道端の草に目をやっては千切って持つ。

 すると、男の子は千切る手を止めて叫んだ。

「見て見て!てんとう虫~!!」

目をキラキラと輝かせ、身をかがめてのぞき込む姿に、私は長男の幼き日を重ね合わせた。とても懐かしい感覚。

「おぉ、てんとう虫か。このスピードだと、動物園に到着するまでに何時間もかかりそうだなぁ。」

そう呟きながら、パパさんはその男の子の元へ歩み寄り、娘さんをその場に下ろすと、一緒にしゃがんでのぞき込んだ。


抱きしめたい。

 夫と私は、その光景をとても微笑ましく眺めながら通り過ぎた。その後ろを実母が歩いて付いてくる。

 私は、長男が5歳だったころを思い出していた。その頃は岩手に住んでおり、お天気の良い日は家族そろって動物園へ出かけたものだった。動物園の芝生の広場にはたくさんのトンボが飛んでおり、虫取り網を持った長男と次男が駆け回って遊んだ。そして、夕方になるまで、虫かご一杯にトンボを捕まえて遊んだものだった。虫嫌いな夫が必死になってトンボを触る姿や、ベビーカーから眺める三男のおでこにトンボを留まらせて笑う姿など、次から次へと記憶がよみがえってくる。

 あの頃は、子育てが本当に大変だった。転勤族のため、頼れる身内は傍におらず、何もかも一人でやらなくてはならなかった毎日。夫は、休日には助けてくれたものの、夫に頼り切れない自分もいたため、本当に辛かった。早く大きくなってほしい・・・と、ただただ願っていた日々。

 今、こうして振り返ると、辛くて大変だと感じていたあの日々が、とても愛おしい。もっと、余裕を持って育児を楽しめていたら・・・。あの追い詰められていた日々の中に、こんなに素敵な瞬間があったなんて。今になって、取り戻せない日々の大切さに気付かされ、目頭が熱くなった。

 もしもあの日々に戻れるとしたら、戻りたいか?と、自分に聞いてみた。今ならきっと、もっと余裕を持って子ども達に接することができて、もっともっと育児を楽しめるのかもしれない。けれど、私の答えはNOだった。

 時間は、取り戻せない。だから、尊く美しいのだと思う。そしてまた、思い出は、今の自分の生き方で、いかようにも輝かせることができると分かっている。だから、あの頃に戻ってやり直したいとは思わない。

 でも、もしも戻れるのならば、幼い3人をぎゅっと抱きしめたい。これでもかってほどに、抱きしめたい。そして、頑張っている自分を抱きしめてやりたい。純粋に、そう思った。


ファイト君

 結局、動物園に併設している植物園を堪能した後、ちょっとだけ動物園に寄り、お目当てのキリンの赤ちゃんを見学して帰宅した。

 歩く姿を見て、直感で「ファイト君」が良いと思った。コロナ禍に生まれ、これからたくましく生きていく命を、心から応援したいと思ったのだ。なかなかかっこいい名前ではないか?と、我ながら思う。


大人になっても・・・

 帰宅してみれば、食べ散らかしたままのテーブル、散らかり放題の部屋・・・一体私の躾けはどこへどう消えていったのか、と悲しくなるような光景を目の当たりにしたのだが、それでも、3人が愛おしいと思えた。

 親が留守にしても、しっかり(?)留守番をしてくれて。帰宅がお昼を過ぎてしまっても、自分たちでラーメンを作って食べていてくれて。本当に大きくなったなぁ、と感慨深いものを感じた。あの家族に感謝だ。


 夜、トイレに向かう長男の前に立ちはだかり、ちょっとだけ抱きしめてみた。

「あ?」

と、つれない反応だったけれど、それでもぎゅっとしてみると、軽く手を背中に回してくれた。

「はい、これでいいでしょ。離して。」

と、これまたあっさりした反応だったけれど、母はそれだけで満足なのでした。

 よし、今夜は次男を、明日は三男をぎゅっとしよう。

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