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乃木坂46新曲「Route 246」の歌詞が小室っぽくなくて気持ち悪い

「Route 246」めちゃくちゃTKサウンドなんですよね。

だから脳内の「小室哲哉を聞くスイッチ」が無意識にONになっちゃう。今から小室哲哉くるよーって。
すると「小室哲哉っぽい歌詞」を無意識に期待しちゃう。もうすぐ小室哲哉くるよーって。
そこに「小室哲哉じゃない感じ」が入ってくると違和感が生まれてしまう。なんか思ってたんとちがーう!って

たーいへん困っている。ただただ乃木坂を愛でたいのに。
これは小室サウンドを通ってきた世代の宿命かもしれない。

では、「小室哲哉じゃない感じ」とはどういうことか。脳内の小室哲哉はこう叫んでいます。

脳内小室
「社会人の葛藤が足りない。個人が見えない」


脳内小室哲哉の悲痛の叫びを歌詞とともに見ていきます。


夜を走り抜けてく ヘッドライトの残像

脳内小室「zzz...」

ここは違和感がありません。むしろヘッドライトとか夜とか小室っぽい。逆に「寄せてきたのかな?」と思うぐらい。
安心してソロを歌う飛鳥ちゃんに集中できる。


目に映ったすべては どうせ一瞬の幻なんだ

脳内小室「ふああぁ…」

脳内小室がすこーし目を覚ます。

脳内小室
「語尾が「幻なんだ」じゃなくて「幻なのよ」の方がTK感あるけどまあいいやムニャムニャ…」

小室哲哉の歌詞は性別がはっきりとわかる主人公が登場することが多い。その主人公の心を歌詞で綴っているというわけだ。
「幻なんだ」は、主人公の気持ちなのか秋元康の言葉なのか微妙なところ。どうやらその違いが違和感らしい。
「幻なのよ」だと、女性の主人公の気持ちっぽく聞こえる。だいぶ小室風味になり違和感はなくなりそうだ。

まあ、気にするほどの事ではないんですが、一度気にしてしまうとなんだかモヤモヤしてくる。

やがて夢も覚めるなら 今のためにもがこう

脳内小室
「葛藤が…足りない……もっと具体的な葛藤を…ああ…」

「もがく」
どうもこのワードが脳内小室を呼び覚ますようだ。
小室哲哉の歌詞は、もがき葛藤する気持ちが具体的に描写されがち。歌詞の主人公がしょっちゅう葛藤しているのです。

・少しくらい役にはたっても時々自分の生きがいが消える
・泣いたり吠えたり噛みついたりしてもそんなんばかりが女じゃない
・優しさに触れるより振りまいてずっとずっとやってきてる
・探して見つけて失ってまた探したり
・がっかりさせない期待に応える素敵なおいらを捨てる

そうやって毎日をやり過ごしていくのが小室スタイル。
葛藤描写を「もがく」一言でまとめてしまったため、脳内小室が反応するわけですね。
葛藤ワードをもっと使ってくれ!葛藤ワードが並ばないなんてTKサウンドじゃない!と脳内小室が「もがく」のです。

違和感は続く。

カッコつけて生きてても 
いつかきっと悔いが残る
他人(ひと)の目 気にして
生きていたってしょうがないよ

脳内小室
「どうやってこの真理にたどり着いた?これは誰の言葉だ?誰が喋っている?」

ここでは人間の真理みたいなもんを歌詞に乗っけることで、乃木坂に歌わせて聞く人へ向けてメッセージを送りつけてきている。誰とかそういう次元の話ではない。
これはこれで成立しているので歌詞としては問題ないはず。なのに、違和感が消えない。

脳内小室
「どこの誰の言葉なのかが歌詞の中に存在していない。「あなた」「誰か」「大人」とか。
それを受けて、教えてくれた君に恋する「私」や、目には見えない誰かの言葉を噛みしめる「わたし」、大人に飲み込まれていくことに悩む「おいら」と、主人公の輪郭がはっきりしてくるのがTKサウンドのはずなのだが。
このままでは個人が見えてこなくてなんだか気持ちが悪い」

Route 246は、歌詞の中の主人公が自分に言い聞かせているとも、ただ秋元康にメッセージをあてがわれているとも、どっちとも取れる。
もちろんこれはこれでアリ。そういう歌詞。秋元康の作詞テクでしょう。
ただ、どうしてもスーッと聞き流せない。
先にも少し述べたが、主人公がはっきりしないことがどうも気持ち悪いのだ。私やおいらではない「神様」の言葉が並ぶことが違和感の正体だ。
これでもかと言わんばかりのTKサウンドにここまでずっと個人が見えてこないと、気持ち悪くなってくるらしい。誰の歌なんだ?と。

では、個人が見えてくると違和感も消えるだろうか?
やってみよう。

・生きていたってしょうがないよ『ね』
うん、語尾をつけて私自身の言葉にするだけでもかなり小室だ。

あなたがそう教えてくれたの
誰かが言ってた気がする
信じてずっとここまで生きている

とか付け加えるのも小室かもしれない。私やらあなたやら個人が見えて小室に近づく気がする。

さて、ここまでくると脳内小室に邪魔されまくって乃木坂に全然集中できないわけだ。
そして訪れるサビ。

いつかの場所から WOW WOW WOW WOW
歩き出せばいい WOW WOW WOW WOW
誰も変われるんだ WOW WOW WOW WOW
人は進化する WOW WOW WOW WOW
やがて過去を忘れ WOW WOW WOW WOW
そして明日(あす)を生きる WOW WOW WOW WOW

脳内小室
「ぶるあああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」

はい終わり。もうだめ。無理。ぴえん。
Wow Wowとか中途半端にTKらしさを演出するせいで、脳内小室に引っ張られる。せっかくのサビ、盛り上がれずに違和感とにらめっこ。

特にここ。

「誰も変われるんだ 人は進化する」


この違和感はもはや論理的に伝えることができないレベル。小室哲哉もいつかの場所から歩き出すし、過去を忘れて明日へ向かうことはある。でもこの部分だけは小室哲哉の歌詞からは絶対出てこない

もうね、「Route246」を聞いてTKサウンドを懐かしむ人は全員ここでつまずくんじゃないかな?ってぐらい。小室を感じるWow Wowが近くにあるせいで余計に気持ち悪い。小室のWow Wowに挟まれる言葉として圧倒的に場違いなのだ。

困ったものだ。どうする?

遠かったし怖かったけど時に素晴らしい笑顔もあったし夜もあってどうしようもない風に吹かれて生きてる今この真理に気づいたと表現するか?
変わらなきゃいけないよねと言い聞かせ玄関のドアを一人で開けるか?
この想いが伝わらなくても全部あなたに知ってもらおうとするか?
たまにはこうして肩を並べて呑みながらの話にするか?

どうしても無理だわ、ここ。

どうすることもできない。モヤモヤがイガイガとなって牙を剝く。ここまでなんとか聞いてこれてもここでいつも挫折する。いつも脳内小室哲哉に完全に敗北してしまうのだ。


(初解禁時から違和感に悩まされている様子がうかがえるツイート…)


〜〜〜〜〜〜〜〜

最後に。

歌詞を批判したいわけでも文句言いたいわけでも優劣をつけたいわけでもない(まあ唸るような表現や面白い言葉遊びは感じられんけど…)。どうしても違和感が拭えなくてその疑問を紐解きたかったんです。
おそらく多くの乃木坂ファンは、この曲への感想はそれぞれとして、違和感は抱かないと思う。TKサウンドっぽい!とテンションが上がる人も多いでしょう。なぜならTKサウンド絶頂期をリアルタイムで聞いてきてない世代だから。きっと新鮮に聞けるんだと思います。
TKに浸った世代の自分は、悲しいことに、ここまでTKサウンド全開の楽曲にwow wowまで言われてしまうと自然と脳内が反応してしまうんですね。globeやTRFや華原朋美や安室ちゃんやブサイク浜田の歌詞と無意識に比べてしまう。結果、気持ち悪い違和感が発生してしまうのだ。

こちらは乃木坂を愛でたいだけなのに、脳内の小室哲哉が邪魔してくる。

これからずっとRoute 246のイントロが流れるたびに気持ち悪さが待ち構えてると思うとなかなか憂鬱なので、時には仲間と肩を並べて飲んでムーブメントを起こしたいと思います。


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