見出し画像

最後に何が見えた?|ショートショート

 私は友人の車を急いで降りて、道端で横たわっていた猫のもとに駆け寄った。暗闇の中で、猫はすでに死んでいた。首が折れ曲がり、辺りには血が流れていた。

 夜のドライブ。温泉まで行った帰りだった。私の家の近く、よく知った裏道を走っている時だった。助手席にいた私は運転をしていた友人よりも先に、猫の存在を確認した。

 知らないふりをしようと思ったが、さらに轢かれたりすることを想像すると、夢に出そうで嫌だった。

 友人は面倒なことが嫌いだった。「誰かが何とかしてくれるって」「風呂に入ったあとだし、死体になんか近づきたくないよ」そう言って車を停めようとはしなかった。

 時刻はもう夜の22時を過ぎていた。街灯もまばらで、裏道は真っ暗だった。友人が嫌がるのも無理はないと思ったが、何とか頼み込んで、来た道を引き返してもらった。彼は車の中で待つと言って、猫の方を見ようともしなかった。命に対する考え方は人それぞれなのだから仕方がないと諦めた。

 いざ近くにいくと、猫はアスファルトの上で眠っているように見えた。タイヤなどで潰され、内臓が飛び出しているような箇所もなかった。自動車に勢いよくはねられ、頭部周辺を強打した格好だった。

 猫を触れば友人が嫌がるだろうと思ったので、道路管理者に連絡をした。電話は思ったよりも早く繋がった。周辺の住所などを伝えると、引き取りに来てくれることになった。

 本当は引き取りに来るまで待っていたかったが、友人を待たせている以上そうはいかなかった。だからといって猫をそのまま置いていけば他の車が轢いてしまうと思った。私は友人の車の中に乗っていた段ボールの切れ端で亡骸を囲んでやった。車が通れば簡単に飛んでいくかもしれなかったが、何もしないよりはマシだと思った。

 自分にできることはもうなかった。あとは道路管理者が引き取りに来てくれる。だが、猫はただの廃棄物として燃やされ、誰も知らないところで消えていくのだと思うと虚しくなった。

 首輪をしていないので、おそらく野良猫のはずだった。ただ、この猫が一生涯孤独だったわけではないと思った。心優しい誰かに飼われていたかもしれない。やせ細ってはおらず、きっと食事に困ることもなく幸せだったに違いない。可愛がられてきたのだろう、そう思った。

 最後の瞬間、この子は何を追い求めていたのだろうか?最後に何が見えたのだろうか?

 何かに夢中になっているうちに意識が完全になくなっていればいいと思った。大好きな場所に向かっている途中に轢かれ、痛みを感じることなく、この世を去れたら。人間だって苦しんで死にたいとは思わないのだから猫も同じだろう。

 私が通報をした結果、見知らぬ道路管理者がこの子を引き取りにくる。そうなれば、想い出を共有するものはこの子が死んだことを永遠に知ることはない。やがて時間が経ち、彼らも同じように死んでいく。そうやって地球上では多くの命が知らず知らずのうちに消えていく。

悪く思わないでくれ」私は道端で横たわっていた猫にさよならの挨拶をした。

 最後まで看取ることができず心残りだった。何度も振り返りながら、友人の待つ車に戻った。

 その日は寝床についてからも、少しだけ背中に違和感があったが、翌朝にはすっかりなくなってしまった。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?