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ダカールの朝|ショートショート

 外はまだ薄暗かったが、辺りには無数の音が響き渡っていた。どこからか風のように流れてきて、僕の睡眠を妨げた。神のために定められた時間ではあったが、気持ちよく目覚めるためには少し早すぎた。

 統一感のない、異なる種類の音が重なり、独特なハーモニーだった。主旋律を奏でていたのは、誰かがスピーカーを通して歌う、イスラムの歌だった。歌い手は神妙な声色で、波打つように歌っていた。そのメロディーだけが聞こえていれば、まだ我慢して眠っていられたかもしれない。だが、ダカールの朝は容赦なかった。主旋律に付随するものが睡眠を完全に断ち切った。

 狂ったようなニワトリの鳴き声。「コケコッコー」なんてそんな軽いものではなかった。濁音の混じった、きついがなり声で鳴いていた。加えて、山羊も大きな声で鳴いた。その鳴き声はニワトリのものよりさらに強烈だった。助けを求めているようだった。彼らは最終的に食料として利用されることを理解しているように思えた。

  我慢が出来なくなり、二日酔いで重くなった頭を起こし、ベッドから逃げ出した。僕は二段ベッドの下で寝ていた。二段ベッドには蚊帳が取り付けられていた。ベッドの上では、昨夜遅くまで一緒にお酒を飲んだ男が眠っていた。記憶が曖昧だったが、どうやら酔いつぶれた僕のことをここまで連れてきてくれたらしかった。彼は未だ騒音に負けず、眠っていた。蚊帳の隙間からその姿を覗いてから、静かに部屋の外へ出た。そして、朝の散歩に出かけることにした。

  宿の外に出ると、巨大な銅像が遠くに見えた。丘の上にある立派な銅像は何かを象徴しているようだった。そのうち誰かが意味を教えてくれるだろうと思ったので、わざわざ自分で調べようとは思わなかった。銅像までは宿から程よい距離があり、その下にある長い階段を登ればいい運動になると思った。

 しばらく歩いていると、近所に住んでいる数人の子どもたちと出会った。物珍しそうな表情を浮かべてこちらを見つめていた。彼らがたむろしている広場の壁には様々な動物の絵が描かれていた。

 少し遠くから壁画を眺めていると、「シノワ!シノワ!」と彼らが叫び、僕のことを囃し立てた。自分は日本人であることを伝えようとも思ったが、彼らからすれば、中国人も日本人も変わらないかもしれないと思った。遠いアフリカ大陸までやってくると、アジア内の人種の違いが、不思議と些細なものに思えた。軽く会釈をして、何も言い返すことなく、その場を立ち去った。

 足場はあまりよくなかった。砂漠から飛んでくる砂にひどく足を取られた。砂浜を歩いているようだった。慣れない僕からすれば、ただ歩くだけでも一苦労だった。

 ちょうど汗ばんできた頃に、銅像がある広場に辿り着いた。そこから長い階段を登り、銅像の足下まで来ると、かなり息が上がった。高台になっている丘の上から辺りを見回した。彼方では海と空が混ざり、一体化していた。どちらが海で、どちらが空なのか、分からなくなるような錯覚をもたらした。


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