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連載小説|寒空の下(19)

 最後の数日も相変わらずショッピングモールの「東側平面駐車場出入り口」に立ち、仕事を続けた。あと数日で辞めるということを責任者の佐藤にもに伝えていたし、ショッピングモールで働く他の警備員たちもそのことを知っていた。もうすぐいなくなるのだから、藤本たちは俺のことを放っておいてくれると思っていた。しかし、彼らは嫌がらせのためにわざわざ仕事を増やした。駐車場が満車になったときに一方通行の路上で停車して、駐車場が空くまで待とうとする客が大勢いた。彼らを注意して停車させないようにしろというのが新しい仕事だった。

 以前から、狭い路上に車が連なっているのは邪魔だし迷惑だと思っていた。だが、客たちは歩行者が通れる幅を残して車を脇に寄せたり、大型車両が通れば、その都度動いたりして、上手く工夫していた。店に来るのはほとんど地元の客で道のこともよく分かっていたし、自分たちで暗黙のルールみたいなものを作っていた。俺はネルーダやその仲間たちと話しをしながらも、客たちの様子をしっかりと観察していた。だから今まで口を出すことはなかった。

 今さらになって店側が路上で待機するのをやめさせろというのはろくでもないことだった。行政からの通達も来ていたので仕方なく引き受けるしかなかったが、客からすれば自分たちのルールで上手く回っているんだからそれでいいじゃないかと思っているに違いなかった。

 おそらく藤本たちは、今まで迷惑ばかりかけてきた俺が何事もなく仕事を辞めていくのが許せなかったのだと思った。ただ、そんなことをしなくても、俺の心はすっかり痛めつけられていた。職場の人間みんなから敵対視され、陰口を叩かれ、いじめを受けた。そんな日々の渦中に間違えて卒業式の日に大学に出向き、避けていた現実にも直面して虚しさを覚えた。もう充分だった。

 ショッピングモールが開店して30分も経たないうちに駐車場は満車になり、路上には列ができはじめていた。早速声かけをしなければいけなくなった。俺はためらい、すぐには動こうとしなかったのだが、無線機越しに藤本が騒ぎだした。「早く動かないともっと列が長くなりますよ!」俺は仕方なく先頭で待っていた黒色の小型軽自動車に乗ったおじさんに声をかけにいった。今まで話したことなどなかったが、チンピラみたいなグレーのサングラスをしたこのおじさんが毎日のように来ているのを俺は見ていた。車に近づいていくと、サングラスを外し、いかにも喧嘩腰な目つきをして彼は窓を開けた。

「ちょっといいですか?店側からのお願いで路上で待機できないんすよ。上に立体駐車場があるんでそっちまで移動してもらってもいいですか?」
「・・・」
「できれば協力してもらいたいんすけど、ダメですか?」
「うるせぇな!どうして路上に止まったらダメなんだよ?道交法上問題ねぇだろ?」
「言いたいことはよく分かるんですけど」
「誰がそんなこと決めたんだよ!あっち行け!」

 おじさんは窓を閉めてそれ以上は会話してくれなかった。俺はあきらめてその後も列を作っている車一台一台に声をかけて回った。協力してくれた客もいたし、サングラスのおじさんよりも激昂して、責任者を呼び出さないと気が済まないとかいう人間もいた。

 他にも、路上待機できないという決め事に対してではなく、俺の態度が気にくわないとかいうおばさんもいた。

「路上で待機できないんで、上の立体駐車場に移動してもらってもいいですかね?」
「あなたね、そうやって私に命令するわけ?」
「命令なんかしてないですよ」
「客に口答えするなんてどういう神経してんの?」
「お願いしてるだけだろ」
「あなたのその高圧的な感じが嫌なのよ!」
「どこか高圧的なのか教えてくれよ」
「とにかくあなたには協力しません、さようなら」そう言っておばさんは窓を閉めた。

 最終日になっても、常連客の反感を買うだけの仕事を続けないといけなかった。残念だった。俺が少しでもためらい車が路上待機を始めようものなら、監視カメラで見ている藤本が無線機越しに叫んだ。

「ほら!車が止まりましたよ!何をしてるんですか!急いで対応してください!」

 お昼過ぎまで言われるがまま働いていたのだが、ついに嫌気が差し、路上待機する車を放置し始めた。だが、無線機からは何の指令も飛んでこなくなった。いい機会だと思った俺は持ち場を離れ、ある重要なことについて話をするためにネルーダのもとへ向かった。

「あんた、えらい車が並んじゃってるけど今日は何も言われないのかい?」ネルーダは俺を見つけるなりそう言った。
「こんなことしてたらいつもは『早く対応せよ』みたいな指令が来るんだけどさ、さっきから何も言われなくなったんだよ」俺は耳元のイヤホンをおさえてみせた。

 地べたに座り込み煙草を吸いながらネルーダと話をした。パチンコ屋の目の前では投球おじさんが今日も元気にピッチング練習をしていた。俺は自分が働いてる最中だということを忘れてすっかりリラックスしていた。だが、しばらくしてからようやく無線機に音声が流れ始めた。「すぐに仕事に戻れ!」と言われるのだろうと思い、俺は重い腰を上げかけたが、無線機の音声はショッピングモール内で起こっている事件について実況をしていた。

「少年三人組が七階から八階に通じるエスカレーターを緊急停止させた模様。現在屋上に向かって逃走中、確認お願いします」藤本は声を震わせていた。
「了解しました、すぐに現場に向かいます」木下は言った。

 俺はついさっき、コーンバーを破壊していた以前の少年たちがショッピングモールに入っていくところを見ていた。彼らがまた悪戯をしているらしく、おかげで藤本たちはその対応に追われ、俺を監視していられなかった。最終日に自由と余裕を与えてくれた少年たちに感謝しながら俺は無線機から情報が聞こえてくるのを楽しんだ。

「今、屋上にて少年三人組を確認し、確保しております」木下の息づかいはいつになく荒かった。
「上長に警察を呼んでいいかどうか確認してます、そのまま待っていてください」藤本はいつもよりかなり早口になっていた。

 人を殺したわけでもなれば、モノを壊したり盗んだりしたわけでもない少年たちのために、大人たちが警察を呼ぼうとしていた。しかも責任者からの指示があって初めて実行に移ることができるわけで、最後の音声が聞こえてからもうすでに15分以上が経過していた。監視カメラに映っていることは分かっていたが、俺はネルーダに声をかけて「西側立体駐車場出口」の隣にある駐輪場に向かうことにした。

 「西側立体駐車上出口」には竹岡が立っており、きびきびと働いていた。俺が目の前を通過すると、やけに強気な態度で話しかけてきた。彼は俺のことを給料泥棒だとか詐欺師だとか言って罵倒したり、あとで仕事をしていなかったことを報告してやるなどと脅してきた。だが、仕事に縛られている彼は持ち場を離れることはできず、どれだけわめいたところで駐輪場まで付いてくることはなかった。

「警察を呼ぶ旨を伝え説得もしましたが、少年たちは逃げ出しました」木下は言った。
「現在、ようやく上長と連絡が取れ、警察を呼んでいいという許可がおりました。至急、警察に連絡をします」

 無線機でそんなやり取りを聞いている時に、案の定、少年たちはどこから逃げてきたかは分からなかったが駐輪場にやって来た。俺は物陰に隠れていた。彼らが自転車に乗っていよいよ逃げだそうとしているところを背後から忍び寄り、一人ずつ、自転車ごと蹴り倒した。少年たちは驚いた上に、蹴り倒された衝撃で体を痛め、動けずにいた。

「俺のこと覚えてる?」
「前は味方してくれたじゃないすか!」リーダーらしき少年は自転車を支えにして何とか立ち上がろうとしていた。
「お兄さんは仲間だと思ってたのに!」後ろにいた少し小柄な少年は上体を起こそうとしていたが、上手くいかない様子だった。
「意味分かんないっすよ!」一番後ろにいた少年は寝そべったまま叫んだ。

 少年たちが大人のことを舐め腐っていることが何となく分かった。俺はものすごく冷静だった。怒りに任せて暴れようなどとは思わなかった。だが、彼らがさらに調子に乗り、一生手にすることのない幻影に取り憑かれることになれば、後戻りができなくなるのは目に見えていた。放っておけなかった。こういう時にガツンと叱ってやればそれだけで済むと思った。

 リーダーの少年が何とか立ち上がったところで俺は胸倉を掴み、顔面に平手打ちを叩き込んだ。彼は再び地面に倒れ込んだ。残りの二人は相変わらず立てずにいたが「ふざけんな!」とか「くそやろう!」などと口だけは威勢よく動いていた。俺は彼ら二人のみぞおちにサッカーボールキックを蹴り込んだ。もう声を発することはできなかった。少年たちはみんなその場にうずくまり、涙を流し始めた。それ以上の説教はしなかった。

 しばらくすると警察がやって来て、少年たちを近くの交番まで連れて行った。彼らが反省をし、生き方を見直すかどうかはどうでもよかった。それに、大した人間ではない自分が、少年たちに偉そうにものが言えないことくらいは嫌なくらい分かっていた。だが、俺は警備員とか仕事をしている身分とか、そういうものには関係のない、一人の大人としてやるべきことをやった。

つづく

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