連載小説|寒空の下(2)
近所の喫茶店には大学では数少ない友達の伸弘が来ていた。俺は入口でレインコートを脱いだ。傘も一緒にしてばさばさと雨水を払い、壁に取り付けられたS字型のフックにコートだけ引っかけた。伸弘は窓際のテーブル席にいた。右手にあごをのせて居眠りしていた。俺は伸弘の肩を叩いてから椅子に座った。彼はまだ何が起きているのか分からないといった具合にうっすらと目をあけた。
おしぼりと水を持ってきたウェイトレスをそのまま呼び止め、注文をした。彼女はお気に入りのウェイトレスで同い年くらいの女の子だった。長い髪を三つ編みにしていた。清潔感のある姿はいつ見ても魅力的だった。俺は少しやけになっていた。ブレンドコーヒーはいつものMサイズではなく、Lサイズにして、辛子マヨネーズが入ったエッグサンドも頼んだ。
「どうしたんだ、何で1人で来てんだ?」俺は尋ねた。
「お前こそどうしたんだよ?何かあったから来てんだろ?」伸弘は言った。
「何かってなんだよ?」
「成績出ただろう」
「ああ、それだったらあんまり聞かないほうがいいぞ」
「たぶん俺も同じだ」
「同じって何が同じなんだよ?」
「どうせ単位落したんだろ?」
「ああ、だから何だよ」
ウェイトレスがブレンドコーヒーとエッグサンドを持ってきた。急いでやって来たせいか、少し息が上がっていた。それでも丁寧に商品の紹介をしようとするので俺たちは会話をやめて静かに見守った。「以上でご注文の品はお揃いでしょうか?」という決まり文句を言う瞬間、伸弘は彼女に微笑んでみせた。
「お前、単位が取れなかったこと彼女には言ったの?」俺は言った。
「ああ、それであいつ別れようなんて言い出して」
「おいおい、マジかよ?何も言わなきゃよかったのに」
「だって、俺はお前と違って就職先も決まってたから卒業できないとなれば内定が取り消しになるわけだし、言わなくたってすぐにバレたよ」
「不況で会社が潰れたとか言えばいいじゃん」
「それもそうだけどさ、だからってまさか捨てられるとは思わなかったよ」
「3年も付き合ったのにな。どうして卒業できないくらいで別れなくちゃいけないんだろうな?」
「友達に自慢ができなくなるからじゃないか」
俺はエッグサンドに食らいついた。3切れほどあったものを10分もしないうちに完食した。1つ目は何もつけずに、2つ目はコーヒーを飲みながら、3つ目は大量に塩をふりかけて。その間、伸弘は食事をすることもなく、さっきのウェイトレスをずっと眺めていた。
「それよりもお前、親には電話したのか?」伸弘は言った。
「いや、まだ何も」
「だったらお前、今ここで電話しろよ」
「何でだよ?」
「お前の親すごく心配するだろ?早めに言ったほうがいいんじゃないか?」
「それがどうしたよ」
「だから、早く謝ったほうがこの先のためになるだろうって言いたいんだ」
つづく
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