見出し画像

鹿野の昔話「わらしべ長者」

昔々、鹿野の山深い里に、信心深い男がひとりで住んでいました。たいそうな働き者の男は、朝から晩まで、顔を真っ黒にして働き続けていましたが、生活はなかなか楽になりませんでした。

「こねぇに毎日、朝から晩まで働いちょっても、なかなか暮らしが楽にならんのう。ここはひとつ、細野の観音様に助けてもらえんか、お願いしてみようかのぅ」

男は細野の観音堂に七日間のおこもりをして、朝から晩まで観音経をあげて一心に祈り続けていました。満願の日になる七日目の夜、眠る男の夢に、観音様が現れてこう言われました。

「信心深くて働き者のお前の願いだ、この私がかなえてあげよう。このお堂を出て、最初に手にした物が、お前に幸運を授ける私からの贈り物だ」

朝、目覚めた男は夢に現れた観音様に「ありがとうございます、ありがとうございます」と何度もお礼を言って、観音堂を後にしました。

うれしさに胸躍らせながら、お堂の外に飛び出した男は、浮かれて石につまづいて、すってんころりん、転がってしまいました。

「あいたたた」と男はうめいて立ち上がりました。ふと気づくと、その手には一本のわらしべが握られていたのです。

「このわらしべが、最初に手にした物じゃのう。こんな物じゃけども、観音様のお告げじゃから、大事にせんといけんのぅ」

ぼやきながら、わらしべを大事に持って家に向かって歩いていると、ふと気の下でうずくまる旅人がいました。

「ああ、その若い人、すまないけれど、そのわらしべをいただけないでしょうか。旅の途中で、わらじの鼻緒が切れてしまって、困っているのです」

観音様のお告げでは、このわらしべが幸運を授けてくれるというものなのですが、うぅんとうなった男は、やがて手のわらしべを旅人に差し出しました。

「ありがとうございます」と頭を下げる旅人は、懐から大きなミカンを取り出して、男に差し出しました。

「これでまた、旅を続けることができます。せめてものお礼に、受け取ってください」

「あのわらしべが、ミカンに換わったでよ。これも観音様のおかげじゃ。ありがたや、ありがたや」

わらしべからミカンに換わった手荷物を大事そうにしまって、また家に向かって歩き始めた男は、とある峠で、お供を連れたお姫様が座り込んでいるのを見かけました。

「もし、その方。お水を一杯、いただけないでしょうか。姫が、喉がからからで、一歩も動けないのです」

お供が、歩いている男に声を掛けました。しかし、辺りに湧き水もなく、男も水は持ち合わせていませんでした。

「それなら、このミカンでよければ、差し上げられますがのぅ」と、懐から旅人にもらった大きなミカンを渡してあげました。

果汁たっぷりのミカンを食べて、お姫様も元気を取り戻しました。お供も大喜びで、そのお礼にと白絹の布を三反もくださいました。

「わらしべがミカンに、ミカンが白絹になったでよ。観音様のおかげじゃ、ありがたや、ありがたや……」

峠を越えて、ようやく我が家が見え始めたところで、向こうから立派な馬に乗ったお爺さんがやってきました。

(立派な馬じゃのぅ。こねぇな馬がありゃぁ、もっともっと仕事もはかどるんじゃが)

そんなことを考えていると、男の方を見たお爺さんが、馬を止めて男の前に下りてきて言いました。

「わしは、今から市場でこの馬を売って、孫娘の嫁入りに白絹を買いに行こうと思っちょったんじゃ。あんたぁ、この馬をやるから、その白絹をわしに譲ってもらえんじゃろうか」

そう相談をされた男は「わしゃあ構いませんがの、こんな立派な馬と引き換えで、ええんでしょうか」と、白絹をお爺さんに差し出しました。

結局、立派な馬を連れて家に帰ってきた男は、その馬と一緒に一生懸命働き、たくさん田畑を買って耕して、家を建ててやさしいお嫁さんをもらい、幸せな生活を送ったのだとか。

「これもみんな、観音様のおかげじゃ」

そう話す男のことを、村の皆は「わらしべ長者」と呼ぶようになったそうです。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?