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熱き血潮の映画館

当時私はワーカホリックだった。夢であった絵を描く仕事になかなか就けなくて足掻いたのちに、ようやく店舗設計デザインの世界に潜り込めて嬉々として仕事をしていた。とはいえまだまだ修行の身、なのにお給料をいただきながら勉強できる状況に自分はなんて幸せ者なんだろうと日々感謝しながら仕事をしていた。

帰宅はいつも日付が変わってから。仕方がない、昼間は現場に出て監理や打ち合わせ、帰社してから図面の修正をしたり、次のプランのデザインを起こし図面を書いたりする。時間は全く足りなかった。でも、本当に楽しかったのだ。時間なんて忘れちまうほどに。

収入もみるみるうちに上がっていった。儲かることよりも自分の評価が上がるみたいで嬉しかった。でも、残念なことに毎日仕事に明け暮れているからお金を使うところがない。お洒落したって現場には着て行けないし。結局、お金の使い道はたまの休みに通う整体院。毎月万単位でお金を注ぎ込むことができた。エステじゃなくて整体ってところがミソだ。ポキポキされて明日への英気を取り戻す。

そんな生活を続けていれば、知らず知らずのうちに疲れは溜まってくる。カラダにも心にも溜まる、整体に行ったって取りきれない疲れ。本当はデザインなんて仕事をしているのなら、オフの時間こそ充実させて感性を磨いておかなくてはいけないはずなのに、そんなこともできなくなっていた。できないでいることに気づいてさえいなかった。なんか心身ともに滞っていて、しかも乾き切っている感じだった。

そんなある日、ふと思い立って映画館へ行った。もともと小さな映画館が大好きで、その仕事につく前はよく通っていたのだが、久しぶりの映画館だった。見たくて行ったはずだけど、今となってはタイトルは忘れちゃったしストーリーもうろ覚え。確かヨーロッパのどこかの国のレジスタンスの女性とその仲間でもある恋人との話で、最後はハッピーではなかったように思う。でもここでは映画の内容はどうでもいい。

ひとりで映画館に入り、席に着く。パンフレットなんぞ見ながら、だんだん開始の時間が近づいてくるのをワクワクしながら待つ。そして、ジーーーっという音とともに場内が暗くなる。

その瞬間、私は全身に血が巡るのを感じたのだ。指の先まで熱くなって、自分の血潮が身体中を巡る。そしてふわっと、カラダが楽になった。あ、疲れてたんだなって、ようやくそこで気がついた。そのとき私は救われたんだと思う。

私は映画が大好きだし「映画館」も大好きだ。あの「さあ今から特別な世界への旅が始まりますよ」っていう、ワクワクとドキドキが詰まった独特な空間と時間。家でまったり観る映画ももちろんいいけど、やっぱりあの空間は素晴らしい。

全く別の仕事をしている今も、正直ヘトヘトに疲れている。当時よりさらに年齢を重ねてもっとガタが来ているし。もともと上手に休めない性分なのかなあ。また映画館へ行かなくちゃ。


#映画館の思い出

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