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死都調布賛歌

死都調布という漫画を知っているだろうか。リイド社が運営する「トーチ」というweb漫画サイトで連載され、同じリイド社から単行本も発売されている。作者は斎藤潤一郎。斎藤氏のバックグラウンドはよく知らない。とにかくこれを見つけて読んでやられてしまったのだ。
舞台は調布、死都調布。しかし、かつて親しい友人が住んでいて何度か訪れたことのある、僕の知っている「調布」とは少し様子が違うようだ。
野良犬にアウトロー、なにかおかしな空気の流れる空き地、奇妙でバランスの悪い形をした建物に、影が長く伸びる路地。転がる死体、傷だらけの女、タコス。shit 調布、ここはどこだとあたりを見回した時にはもう遅かった。とにかくやられてしまったのだ。
たしかトーチの連載の2回目くらいから読み始めた。最初はガロ的な文脈の漫画かなと考えた。そのうち、これはどちらかというと映画の影響だろうかと思い直し読み進める。アメリカンニューシネマかイタリアンホラーか、それでもはっきりと掴めない。ストーリーは計画性のないパッチワークのように散文的なのに、クライマックスにはとんでもないうねりが胸を突く。そもそもこれは漫画なのだろうか。

アウトローたちが吐き捨てる台詞

死都調布を形作っているもののひとつが台詞であり、言葉だ。
何しろ最初の口上だ。もうめちゃくちゃだ。「俺の地元の飲み会では乾杯する前にまず全員の小便を鍋に入れ回し飲みする。自慢じゃねえが俺は生まれてこの方ずっと夢見心地でいる…これがC-TOWNスタイルだ覚えとけ…!!」
この世界の台詞たちは意外なほどに丁寧で、とんでもなく下品だ。饒舌なヤツは必ず死に、無口なヤツも生き残らない。ひどい言葉を吐く男も、なんの問題もない言動の女もこの世界ではたいした違いはない。
「ちょいと奥さん、心霊スポット行かない?」、「行くわけないでしょ」。このあと女は理不尽に殴られる。「人を物乞い扱いしないでいただきたい、私は大学教授だぞ」、「来るな乞食!」、「なめるなババア! 犯すぞ!」。このあと男の腕が簡単に取れる。
公序良俗にまったく適わないこれらの台詞と話の運び方は読者の一切の感情移入を拒絶する。作者はわかっている。台詞とはストリートのポエムだ。この気取りを一切排したどうしようもなく「低い」台詞。これこそが死都調布を死都調布たらしめている。

首をひねりたくなる画風

死都調布の絵柄が好きだ。
「下手」だと言う人もいるだろう。たしかにデッサンの崩れた人物や縮尺のおかしな建物が所狭しと描かれている。この世界を「下手」だというのは簡単で安直だ。漫画大国ともよばれる日本ではたくさんの絵の上手い漫画家がしのぎを削りあっている。それらをまるで嘲笑うかのように死都調布は縮尺を無視しながらペンを進める。

皆、勘違いをしている。漫画における絵柄とは、たとえるなら匂いだ。物語の輪郭を視覚的に表現する匂いだ。死都調布を見てほしい。ザラついた乾いた空気。路地裏の鼻をつく酸味と、むせかえるほどの体臭。こんなに匂い立つ絵柄があるだろうか、線の一本一本がこの世界の臭みだ。だからこそ読者の中の死都調布が構築され脳裏に刻まれるのだ。

ヘッズたちの乾いた賛辞

現在はトーチwebで死都調布南米紀行が連載中だ。新しい回がアップされるとツイッター上にはヘッズたちのたくさんの乾いた賛辞が投稿される。いくつかを勝手にここに挙げさせていただく。

「このような漫画が存在することは奇跡に近い。漫画ではないのかもしれないけれど存在している」、「…ユーモアをはらみつつ研ぎ澄まされた絵。プラスチック製のマチェーテ。切れ味はヤバい」、「…理由はよく分からんが猛烈に面白い。その猛烈な面白さを分析したいという気分にまったくならない。画面上で炸裂するにおいの強烈なことよ…」、「乾いているのに真ん中だけがじっとり濡れている…」、「俺のケツが浮いたのはこれを読んでから数分後、タイムラグは棒の数だけ」、「…イメージは鮮烈で、脳髄を直撃する。全ての意味を求めるのは、無作法…」、「斎藤先生のリリックにただ抱かれる至福の漫画体験。何も読み取ろうとしなくていい、それでもただ心に去来するもの。それがあなたの、わたしの、死都調布なのだ…」

死都調布とは、世界中の路地裏でおきている出来事と、誰かのエゴイズムと、世界で最も有名な遊園地そのものを、土器でグツグツと煮込んでできたガンボスープだ。一口目はひどい味がするだろう。あなたがもし勇気を持って二口目を口にしたとしたら、もう普通の生活には戻れないのだ。

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http://to-ti.in/product/shit_gangsta

死都調布は単行本化され発売中だ。これは必ず購入したほうが良い。さらに縄文ZINE、9号、10号には死都調布の斎藤潤一郎の書き下ろし縄文漫画「武蔵野」が掲載されている。こちらもすごい。ぜひ探して読んでみてほしい。

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