もこ

ライター。もの書き。リアルでもネットでも。noteはペンネームで、働き方や恋愛、生活の…

もこ

ライター。もの書き。リアルでもネットでも。noteはペンネームで、働き方や恋愛、生活の中での心の置きどころ、もてあまし方について綴ります。「年老いていく親と暮らす」で高齢の親との日々を連載。

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  • 年老いていく親と暮らす

    お父さんとお母さんが、気づかぬうちに、確実に歳をとっていた。それを切なく思うこともあるけど、悪いばかりじゃない。5年ぶりに実家にもどりました。両親と暮らし、両親を見つめ、自分を生きる。日々の何気ないことをつづっていきます。

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50歳くらいで「私の仕事」が見つけられたらいいと思う。

苦しいこともあったけど、比較的恵まれた20代だったと思う。 希望する仕事、夢だった「書くこと」に打ち込んで、昼夜もなく働いた。 寝る間がなくても、職場で嫌がらせを受けても気にならなかった。 自分の原稿のために深夜も休日も働くのは苦痛じゃなかったし、なんでも器用にこなしてくいくタイプじゃない私にとって、自分の目で物事を確かめて、伝えていくことは唯一、情熱を持てるいとなみだったと思う。 30代。その仕事をばさっと捨ててしまった。 理由は、上司との折り合いの悪さや負担の大きさで、

    • もうどこにもいないと思っていた自分とまた会えた

      実に13年ぶりに、アメリカの土地を踏んだ。 南米への出張へのトランジットの、ほんの数時間のことである。 サンフランシスコの街をこの足で歩いた。 私が多感な10代のころを過ごしたのは東海岸のNYで、今頃は凍えるほど寒いはずだ。夜でもジャケットを着ていると汗ばむサンフランシスコとは、気候も町並みも違う。 それでも。 それでも確かに、そこは私の人生の大切な一部分を作ったアメリカだった。もう一度アメリカを歩くことができて、ただただ幸せだった。 そもそも今回の出張には不安があった。

      • 「どうしたいか」が何よりも大切な時代になる

        今、話題になっているAI技術。 新たな技術に驚きワクワクするのと同じくらい、多くの人が抱えているのが恐怖や不安だ。 AIに仕事を奪われるのではないか? 私の仕事は機会で代替可能になるのではないか? 生活のための賃金を失う恐怖に留まらず、多くの場合、仕事は「私は何者か」というアイデンティティに結びついていて、その自己認識を奪われるのではないかという恐れ、すごくよく分かります。 特に、AIが脅かす可能性が高いのが(現在のところ)、これまでの「知的労働」とか「創造的活動」と言われ

        • 越境をして分かったことはいくつかあるが。

          「越境する人」に惹かれる。 具体的な人物で思い描くのは、ジブリの映画の登場人物たちだ。 引っ越してきたばかりの町の不思議なトンネルをくぐり、神々への世界へ「越境」し、記憶を置いて戻ってきた千尋。 北海道の蝦夷から大和の社会へ、そして森で暮らす神々の世界へ「越境」し、その橋渡しとなり何度も境界を行き来するアシタカ。 ジブリ映画の主人公たちは、異なる世界への境界線をまたぎ、それぞれの世界での「異なる者」としての宿命を背負う。 そして成長したり、他者に影響を与えたりする。 私た

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        50歳くらいで「私の仕事」が見つけられたらいいと思う。

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          4本
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        記事

          考えの整理②

          こんばんは。 今日は、いわゆる「留学エージェント」、留学準備予備校のセミナーに参加してみました。 タイトルは「30代からのMBA/大学院留学」。来週33歳になる私にはブッ刺さるテーマです。 テーマは、30代からの留学における、専攻の選び方、学校選び、そもそも30代からの留学に価値はあるのか?どう成功に導けばいいのか、など。 結論から言うと、道は長そうだな、、、とげっそりしてしまった気持ちがある。 特に刺さったのが、「留学を通して何を得たいのかを明確にして臨むこと」というアド

          考えの整理②

          考えの整理

          今日は、今後の将来を考える上で、自分が望んでいることをあぶり出して、明確にするために書きたいと思う。 数年前から持ち続けていた希望として、「海外に出たい」という思いがある。 ずっとその気持ちを持ち続けていたものだから、行きたいのかどうか、わからなくすらなってくる笑 前の職種を続けていたら、海外社費留学、海外支社に赴任という選択はあったのだけど、残念ながら今の職種では望みは薄そうだ。 すっかりドメスティックな働き方になってしまっている。 今の仕事は充実しているし、何よりも、

          考えの整理

          文章で自分を肯定してあげることができれば、大丈夫である、という話。

          大人になると「正解」がない。 結婚すべきかしないべきか、転職すべきか留まるべきか、 移住すべきかしないべきか。昇進すべきか、そのオファーを断るべきか。 分岐点の多い30代は特に難しい。 別に子供の頃から、「正解」に捕らわれる生活をしていたわけではない。 むしろ、進学や就職、何かの決断を迫られる度に、「自分のアタマで考えて、自分で決めてきた」と思っていた。 そうすることができる自分であると思っていた。そうありたいと思っていたし、そうできていることを、誇りにすら思っていた。

          文章で自分を肯定してあげることができれば、大丈夫である、という話。

          分かってきた自分のこと。

          文章に強みあり。必ずしもクリエイティビティとは一致しない。 慣れれば事務作業もそれなりにいける。 数字はめっぽう弱く、あんなに鍛えたはずなのに四則計算さえおぼつかない。 営業トークなんて絶対にできないと思っていたけど、慣れと場数でやれている気がする。 だけど決して器用な方ではなく、何をするにも時間はかかる。頭の回転は早くなく、じっくり取り組むことが好き。 ジョブチェンジをして1年。 分かってきたことは「ああ、そうだよね」ということも多いが、意外なこともある。 いずれにしろ

          分かってきた自分のこと。

          無意識の「こうじゃないといけない」を脱ぎ捨てたい

          もうすぐ33歳。 子供の時に思い描いていた理想の大人に全然なり切れていないことに気づく。 堂々として、自信をもった人になりたかった。 回りから頼られ、必要とする人になりたかった。おおらかで、細かいことを気にしない人になりたかった。 自分の現在地と、これまでと、これからへの予感に、心から満足した人でありたかった。 だけど、どれも、今の私ではない。 いつも迷いの中にいて、選んできたことに確信が持てず、「ここではないどこか」に心が移って仕方が無い。 過去にした選択、進学や就職、

          無意識の「こうじゃないといけない」を脱ぎ捨てたい

          それが「ビジネス」であることで救われること

          転職を経て、専門職(ジャーナリズム)から「ウェブ広告のプランナー」に転向した私が考える、「ビジネス」という分野の特徴について書いてみたいと思います。 言うまでもなく私個人の所感と言うことになりますが、利益や売上に無頓着なジャーナリズムの世界から、利益を第一に考える営業やプランナーの世界に移った人は比較的珍しいので、一意見として書き残してみたいと思ってパソコンに向かっています。 ニュースの現場を自分の足で取材し、広く社会に伝えるジャーナリズムと、 顧客(企業や団体)が広めたい

          それが「ビジネス」であることで救われること

          大好きだった仕事を辞めて、そしたら何が起こったか

          大好きだった仕事を辞めて、あっという間に1年が過ぎた。 当時の気持ち、わだかまりと、未来への期待を書き残してから1年が過ぎたのだ。 アイデンティティと一体化していた仕事を辞めることには勇気と怖さが伴い、誰もが躊躇するものだ。 それを押して、苦しみを置き去り、新しい世界に飛び込んでみることを決めて、1年後の自分が何を考えて何をしているか正直想像もつかなかった。 予想通りだったことと、予定外だったことがいくつかある。 今回はそれを書き残し、未来の自分に向けて刻んでおきたいと思

          大好きだった仕事を辞めて、そしたら何が起こったか

          大好きだった仕事を辞めた

          大好きだった仕事を2カ月前に辞めた。 未練はないと思っていた。 長時間労働と厳しすぎる上司、個人主義で助け合わない同僚のもとで、もう続けていくことはできないと思った。 もうたくさんだと思って飛び出したのに、いまごろ心がぐらぐら揺れている。 未練なんてない。 たぶん、アイデンティティが揺らいでいるのだ。 あこがれて、やりたくて就いた仕事だった。 門を叩いて受け入れられた時、うれしかった。一生この仕事にかけるんだと思ったこともあった。激務の中で、学生の頃から付き合っていた彼氏

          大好きだった仕事を辞めた

          父が苦しい

          突然ですが、父が苦しい。 父と共に過ごす時間がしんどいのである。父がいる空間が、父と交わす会話が、父という存在が、重く苦しく疎ましい。父が今日も今日とてリビングのソファに座ってテレビを見ているんだと思うと、電車で一時間の実家から足が遠のくほどだ。要するに、できることなら会いたくないのである。 私は思春期をとうに過ぎた30歳。 都内で一人暮らしするいい大人だ。今更「お父さんくさい!」「一緒にパンツ洗わないで!」などと毛虫のように嫌っているわけではない(人生のほとんどの時間を

          父が苦しい

          気づき。

          何かをあきらめる、手放す、捨てるというのは案外むずかしい。でも自分で決めたんじゃないことを抱え込んで重い荷物のまま歩き続けるより、自分で選んで捨てていった方が幸福度が高い。気がする。 捨てた分の穴にこそ、また新しいものが入ってくる。そうすると、捨てる前にあんなにこだわっていたものへの執着が消えている。手放しがたい大事なものは、既に持っていることも多い。

          気づき。

          できれば色んな自分を生きたい。平野啓一郎さんの「分人主義」について。

          感銘を受けた本があるので、今の気持ちを刻んでおきたいから、書きます。 「私とは何か」は、近代以降の人間を悩ませ、励まし、苦しめてきた永遠のテーマのように思う。 そこに全く新しい光を当てて、それを柔らかく設計された言葉で描き出してくれている。 最近、移動や転職、環境を変えることについて頻繁に考えている自分の心を注意深く見つめると、この本に書かれている内容に深くリンクしているのが分かった。 今が嫌なわけじゃない。恵まれた環境に不満があるわけではない。 それでも「ここではない

          できれば色んな自分を生きたい。平野啓一郎さんの「分人主義」について。

          「食は最高のコンテンツ」。そう言い切った大将がくれたのは、第二の故郷の味だった。

          ガラっと扉を開けてみると、 カウンターの奥に立つ中年の男が、目をまん丸にしてこちらを振り向いた。 「いらっしゃいませ」を期待していたこちらも一瞬、固まるほど、それは見事な「お前だれ?」感。 目は口ほどに物を言うともいうけど、あの、ここ、お店ですよね? 「空いてますか…?」 引き戸に手をかけたまま、私は一応、声をかけた。 外にメニューの立て看板が出ていたのは見間違いじゃないはずだ。 「牡蠣のオイル漬け」「和牛のタタキ」、そんな言葉の下にあった「日本酒各種500円から」の文字に

          「食は最高のコンテンツ」。そう言い切った大将がくれたのは、第二の故郷の味だった。