愛しきパリの激安ホテル
パリでは5泊で1人16000円のホテルに泊まった。
パルマンティエ駅という地下鉄の駅からわずか250メートルの立地で、決して不便ではない。
現地に住んでいるフランス人の友達に1泊3000円のホテルに泊まっていると言ったらちょっと引いてから「それ大丈夫なの?」と言われた。
冷蔵庫、ドライヤー、電気ケトルは無いらしいが、安ければそんなもんだろう。最低シャワーとトイレとベッドさえあれば大丈夫。
ただ、安い物には安い理由があるもの。
このホテルももちろん例外ではなかった。
だからって不満などない。ツッコミどころが多過ぎて、ただただ愛しかった。
*1日目*
朝の5時半に着くフライトでパリに着いた私達は、まず荷物を置くためホテルに向かった。フロントにいたのは、スキンヘッドの男だった。
彼は愛想がとてもいいとは言えないものの、親切で謙虚で、適度な距離を保つタイプだった。
部屋は3階でエレベーターが無かった為階段で登らなければいけなかったのだが、彼がスーツケースを持つよ、と言ってくれたので任せた。
部屋に着きチップを渡そうとすると、「そんなものもらえないよ!」という感じでそそくさと出て行ってしまった。
チップ文化が無くなってきているとは聞いていたけど、ただでさえ安いホテル。もらってくれてもいいのに。
私たちの部屋は一見特に問題の無い部屋だった。
部屋を照らす電気は天井に付いている小さめの電球と壁に設置されているライト。
その壁に沿って机があり、ベッドの淵に座ればご飯を食べたり化粧をしたりできる。
机の隣にはクローゼットがあって、ハンガーが3本かかっていた。
テレビがあると書いてあったのに無い…と周囲を見渡すと上からテレビが吊るされていた。普通に見れる。
トイレも問題なく使えるし、シャワールームとトイレの間にはガラスの仕切りがあるし、シャワーはちゃんとお湯が出た。
ケトルとドライヤーは持ってきてるし、何も言うことはない。
観光を終えホテルに戻ってくると、フロントマンはスキンヘッドの男ではなくイタリア人っぽい陽気なロン毛男に変わっていた。
スキンヘッド男に比べてめちゃくちゃ話しかけてくるが、それなりに話して自分たちの部屋に戻った。
iPhoneの充電をしようとした時に気づいたが、この部屋はベッド脇に1個と洗面所に1個しかコンセントがない。
そして洗面所のコンセントは壊れていた。
iPhone、Wi-Fi、ケトル、ドライヤー、ヘアアイロン、これ等を2人分1つのコンセントで賄わなければいけない。
一箇所をフル稼働、地味に大変である。私たちは譲りあいながら使うことになった。
お風呂を上がったNがベッド脇で変圧器とドライヤーを繋げ髪を乾かしはじめた。
30秒くらい経った時、
バチンッッッッ!!
「熱っっっ!!」Nの指が燃えた。
ドライヤーが断線し、変圧器も壊れた。
1日目にして私たちはドライヤーを失った。
指を燃やしたNは最初は痛い痛いと嘆いていたものの、10分後には「帰りの荷物が減った」と喜んでいた。とんでもない情緒である。
また日本から持ち込んだ電気ケトルは電圧の違いで驚く速さでお湯が煮えたぎる。
煮えたぎったお湯はケトルの蓋の隙間から溢れ出し、ホテルのラグをびしょびしょにする上に私たちを何度か危険な目に合わせた。
そんなこんなで寝ようと部屋の電気を消し布団をかけて目を瞑る。窓際のベッドだった私は窓の外側にライトがあることに気づき、カーテンを自分側に引き寄せた。すると反対側から光が差し込む。
カーテンの幅が足りていないのだ。
そしてさらにだ。明日はメーデーで祝日である。私たちのホテルの正面はどうやらクラブかパブなようで、明け方まで人々の歌声やら楽しそうな声が聞こえた。
窓が激薄で外の音が丸聞こえなのである。
眩しい、うるさい。
まさに睡眠妨害セット。壁側のNはグーグー寝ていたが、窓側の私は「カーテン足さんかい…」と思いながらしばらくして寝た。どこでも寝れる体質で本当に良かったと思った。
*2日目*
ドライヤーが使えなくなった私たちの髪は自然乾燥によりパサパサだった。
観光を終えてホテルに戻り、フロントのロン毛男にドライヤーを借りたいと申し出ると、他の部屋のやつに貸してるからそいつらが帰ったら渡すよ、と言われその日は借りられなかった。
部屋に入るとベッドメイキングはされておらず、置いておいたチップももちろん置き去りでタオルも替えてもらえていなかった。
安いホテルだとベッドメイキングも無いんだな…チップを置いておく必要がないと言うことだけ学んだ。
その日、壁に設置された机の上のライトが壊れて付かなくなった。部屋が少し暗くなったが、特に気にしなかった。
そしてラッキーなことに、窓の外にある私の睡眠を妨害していたライトも付かなくなった。
一斉に色んなところの電気が壊れたし、そろそろあそこの電気切れるかな、とか無いんだ、と思った。
次の日が休日じゃないから外は静かだし、ライトも消えた。睡眠妨害セットが無くなったことで、少し安心した。
*3日目*
観光を終えて帰ってくると、まさかのベッドメイキングがされていた。なんで?
チップも置いてないのに…。
2日に1回なんじゃない?と謎の結論を出す私たち。
さらに私のバスタオルだけ新しいものに替えられていた。「私のも変えたい」とNはタオルをもらいに行った。
戻ってきたNはタオルを抱えながら「なんか名前褒められた…」と言った。
ロン毛フロントマンはタオルを貸すついでに「名前なんていうの?」と聞いてきて教えると「良い名前だね!」と言ったそう。陽気で可愛い。
その日からお風呂の排気口が詰まり出し、気を遣ってシャワーを出さないとガラスの仕切りを通り越えて洗面所が水浸しになるようになった。
さらに、ベッドでくつろいでいると、洗面所からガシャン!という音がした。
トイレのタンク上の壁に怪しげな無地の厚紙が貼られているなとは思っていたが、その厚紙が剥がれ落ち、壁に空いた大きな穴が姿を表した。中のパイプみたいなものが丸見えである。
さらに床に落ちた無地の厚紙は、楽器をを吹いているおじさんのモノクロのピクチャー(?)だった。
おじさんを裏にして壁に貼られていたのだ。しかもメンディングテープで乱雑に。
何度貼りなおしても剥がれてきてうるさいので、私たちはおじさんを表にしてアートとしてトイレのタンク上に立てかけることにした。
壁の穴ちゃんと塞ぐとか無いんだ、と思った。
そしてその夜寝ていると、突然眩しくなった。急に窓の外のライトが付いたのだ。いやここで付くんかい。
油断して適当に閉めていたカーテンを自分の方に引き寄せる。やっぱり幅が足りていない。
*4日目*
ようやくドライヤーを借りることが出来た。パサパサの髪とはおさらばだ。
ベッドメイキングはされていた。
2日目はなんだったの??という話である。
このあたりでクローゼットのハンガーが何故か増えてることに気付いたが、それがあまりにも小さなことに思えて特に突っ込まなかった。
*5日目*
この日はモンサンミッシェルのツアーから帰ってきた日でホテルに着いたのは23時近くだった。明日は日曜日で私たちの帰国日。
このツッコミだらけのホテルとも明日でおさらばだ…
シャワーを浴び終わった私にNは窓の方を見ながら「どうやら誕生日らしい」と言った。
明日が日曜日なことと、だれかの誕生日が重なったらしい。
「ハッピーバースデーーーーー!!」
外のクラブだかパブだかでパーティーが行われている。
この騒ぎは夜明けまで続くな、と歌声とクラブミュージックのビートを聴きながら眠った。
*帰国日*
そして迎えた帰国日。
相変わらず控えめなスキンヘッドのフロントマンに鍵を返し、ホテルを出た。
2人のフロントマンがあまりにも対極なのも今更笑えた。
5日間も滞在すると何にでも愛着が湧くものだ。
ただ初めての海外旅行でこんなホテルだったら普通の人は嫌になるだろうなと思うほどヘンテコなホテルだったけど、思い出が尽きない。
パリの3000円のホテルはこんなものだった。
みんなもここに泊まりなよ!!とは言えないが、私たちの愛しいホテルには変わりない。
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