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一度仕事が出来ないレッテルを貼られると、挽回不可なのか。

私だけだろうか。学生時代のバイトから現在に至るまで何人か出会ったことがある。自分が入った頃には既に居て、「あの人は仕事ができない」と周りから諦められていてお荷物だと思われている先輩。

決していじめや仲間外れ、パワハラ等の悪質なものではなく、なんとなく全員が共通の認識で仕事が出来ないと思われている人。

そう呼ばれる人には色んなパターンがあると思う。ただ単純に失敗ばかりな人。作業が遅い人。物覚えが悪い人。物事の捉え方が変わっている人。足を引っ張っている人。みんなの輪を乱す人。迷惑をかけまくっている人。

このような人たちを私は仕事ができないレッテルを貼られている人と、呼んでいる。

私自身、色んな仕事を転々としてきたのでこのように呼ばれている人がいる職場を幾度となくみてきた。その中で特に印象に残った人と現場を見てきて思ったことをここに書いてみようと思う。

(今の就業先にはそう言ったことがないのが幸いだ。)

仕事ができないレッテルを貼られていてもそれでもいいと思っている人。

過去の職場で出会った50代くらいのおじさん。
私が入った頃のおじさんの仕事は主にチラシや封筒をただ折るだけの仕事だった。

もちろんそれも誰かがやらなければならない立派な仕事だけれど、おじさんと同じ歳くらいの人はみんな様々な役職に就いていて組織運営に欠かせない存在になっている。

一方、おじさんは派遣社員や自分の子どもくらいの新入社員よりも簡単な仕事をさせられていた。会社の歯車にもなっていなかった。ずっと会社からぞんざいに扱われる存在であった。

たまに私たちと同じ仕事をしては、失敗ばかりで周りを困らせていた。でも、同じミスを違う人がやったとしても周りのフォローがあるが、おじさんの場合は上司に烈火の如く怒られていた。

私がその会社に入った当初からそういう姿をみてきた。周りもそうだろう。

休み明けに出社すると昼休みに同僚が「あのおじさん昨日ね・・・ほんとにもう・・・」と、起こった話をとても疲れた口調で報告してくれた事もあった。

でも、おじさん自身はとても早くに出社していて遅刻もない。受け答えも真面目。変わってる所もあったが、常識はあるし面白い話もする。過去は競合の会社で敏腕を奮っていたと思い出話をする事もあった。

だからこそおじさん自身の自分の置かれている立場について、私はどう思っているのかとても不思議で微量ながら興味があった。

おじさん自身も同じミスを何回もしたり教えてもらったことをちゃんと覚えたりしないし悪いところは多々あるが、上司からは理不尽な扱いを受けていたことは確かであった。それでも今からでも挽回しよう思わないのか。

私はそのおじさんに聞いたことがある。「今、そんな扱いをされていて悔しくないのか。」と。
私なら罵られながら仕事はしたくない。

そしたらおじさんは「別に悔しくないね。」とヘラヘラしていた。

劣等感に苛まれているのではないかと思っていたが、完全に開き直っていた。今ある状況を自分なりに受け止めてはいるものの、状況を打開しようとは一切しないと言う。

「やったってダメだもん。」と、言い、今のこのままで良いと言う。

私はわかった。このおじさんはただ卑屈になっているだけではないんだと。自分が頑張らなくたって会社は回るんだ、と思っていると。

なぜなら、おじさんが私の働くグループに異動してきて一緒に働く仲間の一人だったからだ。

おじさんは会社から挽回できるチャンスをいくつも与えてもらっていた。

でもおじさんの仕事振りは、期待以下だった。
チャンスを貰ったその度に失敗していて周囲の期待を裏切り、迷惑をかけ落胆させていた。

そして、それでもヘラヘラしているおじさんを見て、おじさん自身から失敗しにいってるのだと思った。

挽回できないのではなく、わざと挽回しないのだ。やろうとしないのだ。
やらない方が楽だから。やったら大変だから。

自分自身がやらなくても会社は潰れない。誰かが頑張ってくれたら、自分の給料がもらえる。

ただ、皆が必死に歯車となり回している会社をぼーっと見ているだけで、退社時間まで時が過ぎるのを待てばいいだけ。そんな考えだったのだろう。

自分自身が同僚にどう思われていったっていいのだ。おじさんのこの考えは、おじさん自身がこの世を生き抜く為に考えた最良の答えなのだろう。

そしてその企業はおじさんをクビにはできないなんらかの理由があると噂があったが、それも真意がわからないまま私は転職をしてしまった。

後に、このことは世の中には色んな考えを持った人がいると言うことがよく解ったのと、自分自身がなぜ仕事を頑張るのかを考えるきっかけになってしまった。

仕事ができないレッテルを貼られているのに気づかない人、気づいていないフリをする人。

これは、当事者ではないが周りを側から観察していた事柄である。

おじさんは自分が置かれている立場を十分に理解していたが、中には周りから仕事ができないレッテルを貼られているのに気づいていない人と気づいていないフリをする人もいることがわかった。

例えば過去の例で言うと、組織の中でみんなが足並みを揃えて同じ方向に向かっていく流れの時に一人だけ話が遅れていたり、いきなり突拍子もない発言をしてしまったりする人。足を引っ張るような。

そして仕事ができないレッテルを貼られているのに気づいていない人も、気づかないフリをする人も、自分が他人に仕事ができないと思われてないような振る舞いや発言をしてしまうので、会議の場では仕事ができる人たちからは「何様なんだよ」と更に反感を買ってしまい、お互いの感情の差異の悪循環になってしまうのであった。

どちらかと言うと悪目立ちをしてしまうタイプの自尊人が強い人が多い気がする。自分が他人からどう思われているかあまり関心がないので、仕事ができないレッテルを貼られていようが、貼られていることに気づいていも気にしなければ関係ないのである。

仕事ができないレッテルを貼られているのに気づかない人は厄介だった。仕事への意欲はあるのだがどうしても活躍してもらえない。

けれど、仕事で結果が出なくても仕事帰りの飲み会で自身が中心になって面白くして盛り上げたり他のことで挽回ができれば自尊心が満たされ、それでよくなってしまう。

仕事ができないと言うよりかは、自分自身がどうであれ仕事にももっと関心を持って挑むべき人と言った方が良いのかもしれない。

こう言う人には仕方ないが、嫌だけれど上司や周りがストレートに「仕事ができないのよ、あなたは。みんながそう思っている。」と言うしかなかった。できれば誰もやりたくないだろう。そうこうしているうちにいつの間にかその人はどこかへ異動してしまったと思う。

一方、仕事ができないレッテルを貼られているのに気づかないフリをしてる人は本当にタチが悪かった。

おじさんは自身が置かれている立場を弁えていたのだが、気づかないフリをしている人は自身の置かれている状況を見ようとしない。
なので普段の振る舞いは仕事ができる周りの人と同じだ。言動もいっちょ前だった。

現実から目を背けることで自身と向き合わず、仕事ができない自分という姿から逃げ、自分の中で消し去ろうとして、出来る人のフリをしている。
そうすることで仕事ができる人たちの足を引っ張っていった。

この方は、おじさんのように開き直った潔い考えはないし、できると思われたい部分と自分で消し去ったできない(消し去ったのでもう自分でどうすることも出来ない)部分があり全てが中途半端だった。挽回のためのチャンスであっただろう任された仕事も途中でほったらかして突然辞めてしまった。

この二人も仕事ができないレッテルを周りから貼られているのだが、挽回したいという思いからは遠かった。

本当に一度仕事ができないレッテルを貼られてしまうと挽回は不可なのか。

いや、仕事ができないレッテルを1度貼られてしまった人は挽回をしようとしないようだ。

終わりに。

仕事ができないレッテルは自分から貼るものでは無く、他人が貼り付けているもの。

昔の上司が、1度仕事ができないと言うレッテルを貼られてしまうとそれを剥がすのはとても難しいと言っていた。

周りも挽回のチャンスを与えるものの、レッテルを剥がすまでには至らない、難しいとも思っているのだ。

おじさんは「(チャレンジを)やったってどうせ怒られるんだから、やらないほうがいい」と言っていた。
やってもやらなくても怒られるのであればやらなくてもいいと言う選択だ。

どうやら、抜け出すのはとても大変な事のようだ。

私なりにもし仕事ができないレッテルを貼られてしまった場合にどう挽回をしたら良いか考えてみた。

過去見てきた人達から学んだ事は、派手な挽回のチャンスを待つよりも、毎日与えられた仕事を楽しんで意欲的にこなす事。大変なことから決して逃げない事だと思う。

仕事なんてはなから出来ること、興味のある事だらけではない。
でも、そこに自分なりに面白さを見つけられるかが大事ではないだろうか。
できない時はどうやったらできるか考えて、明日はこうやってみようとか仕事の取り組み方の考え方を変えてみたりとか工夫をこらす。
もし怒られた時、ただはいはいと聞いてるだけでなく自分の意見を言い返せるし、どんな風に進めていったか説明出来れば、誤ったところが見つかり上司からのアドバイスもきっと貰える。

そして素直に上司のアドバイスの通りのやり方をしていけば、上司からのできないレッテルは剥がれるはず。自分のやり方をそっくりやってる人の事は悪く言わないだろう。そして周囲もそれに賛同していく。

仕事ができないレッテルを貼られてしまった人がレッテルを自ら剥がす1番は手っ取り早い方法は、その会社を辞めることだけど、それではまた違う会社で同じようになった時、また辞めなければならない。

おじさんのように剥がそうとしないで会社の寄生虫になりたいのてあれば、会社は自分なんていなくても回るのは確かではあるが、周りに迷惑をかけないようにして欲しい。仕事が出来ないと思われていてもいいやと思っている人は、せめてそれだけは守って欲しい。

今回は仕事ができないレッテルを貼られてしまった人というテーマで書いてきたが、書いてるうちに自分は仕事を頑張っているのだろうか疑問が生じてきてしまった。
別に自分は派遣社員だ。入りたかった企業には入れたけど、やりたい仕事をやってる訳では無い。

次回はその事について整理していきたいと思う。




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