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外れ値の仕事を探そう

これは本当にそう。AIは進化すればするほど、真っ当な仕事を真っ当にこなせるようになる(というか目指してる)技術なので、今や昔のようにちんぷんかんぷんな答えに笑っていられる時間も余裕ももう、そんなにない。
2〜3年もすれば、出来すぎたAIが誰にでも使えるようになっているだろう。というか、ChatGPTはもうすでにその領域に達してるので、今後AIのスタンダードはChatGPTのレベルが基準になってくるはず。


AIができるのは「飽きられる」仕事

最近は画像生成AIや物語生成AI、映像生成AIなんかが話題になり、クリエイティブな仕事もAIに奪われるのでは、なんて話もあるが、これも体感、半分は正解で、半分は不正解な気がしている。
世の中の多くのタスクを占める「こういう絵を描いて欲しい」みたいな仕事は、8割がAIに移っていき、多くのイラストレーターはAI生成したグラフィックを修正したり、権利関係に引っかからない稼働かを確認したりする仕事をさせられることになるだろう。もちろんこのタスクもある程度はAIで担うことができるのだが。

では、残りの2割はどんな仕事かというと「あなたにイラストを描いてほしい」という、その人でなければできない系の仕事である。クライアントは「この人が描いた」というブランドや安心感を求め、業務を人間に委託する。
今でこそ全体の2割程度の仕事だが、AIクリエイティブが普及すれば、その割合は幾分か増えていくことだろう。具体的な根拠はないが、おそらくAIの作品ばかりだと人間が「飽き」てしまうからと個人的に予想している。

AIによるクリエイティブはいわば、フリー素材である。フリー素材の雄、「イラストや」の作品は今やあちこちに見られるが、流石に多額の予算をかけた広告やデザインの現場で彼らを見かけることはない。「イラストや」=稚拙・飽き・低予算というマイナスなイメージを内包しているためである。
AIによる画像生成は、まだまだ発展途上であると同時にその目新しさも相まって、多くの人が期待を寄せると同時に、仕事を奪われるのではと戦々恐々している人もいるだろう。ライターという身分上、自分もまさにAIに恐れを成す側の人間ではあるが、数年もすればAIの作品であることに飽きてしまったり、AI生成=低予算・稚拙というイメージが定着したりする可能性は十分にある。手仕事の勝機、ここにありではないか。

「外れ値」の探し方


そういった未来予測も踏まえ、じゃあこれから人はどんな仕事に従事するべきなのかといえば、上述のツイートにもあった、外れ値を含む仕事だ。外れ値を含む仕事とは一体なんだろうか。「外れ値」という言葉の捉え方はさまざまだが、わかりやすい例として「個性的な」仕事が挙げられる。

人間誰しも、他の人にはない個性的な一面を持っているものである。スポーツが趣味、麻雀が趣味など、単一の趣味や特技にフォーカスすると、そのスキルの優劣で個性が発揮されるため、差別化が難しい。つまり、外れ値をアウトプットしづらいのだ。
それでは、スポーツが趣味で、尚且つ麻雀も嗜む人はどうだろうか。わかりやすいベン図が描けそうだが、イラストを描くのは大変なので用意しない。とはいえ、こうなるとその母数は大きく減ることが、頭の中でなんとなくイメージできるのではないだろうか。
これに、写真撮影や家庭菜園の趣味を加えてみるとどうだろう。条件を増やすことでどんどん母数が小さくなり、体感1万人に1人くらいの個性を自分に見出すことができるのではないだろうか。
ここで言いたいのは、自分の生い立ちや趣味、仕事、そのほか特技など、あるだけ組み合わせて考えることで、とても「個性的な」ペルソナを見出すことができることである。AIにできない、人間らしい「外れ値」の仕事とは、まさにこのペルソナを生かした生き方が反映される、ユニークなアウトプットを指すのではないか。

まずはどんな仕事ができるかではなく、自分はどんな人間か、どんなことが好きなのか、どんなことを知っているのかを見直していくことが大切だ。結果的に人間らしい、自分に合った仕事を見つけることができるのではと、最近はそんなことばかり考えている。

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