第22節 閉園まであと…01日!
「ねえ、ジェロニモ。一緒に遊園地、行かない?」
――“としまえん”。
東京都練馬区向山にあるその遊園地は、西武池袋線の豊島園駅から徒歩一分という駅前に位置し、周囲を戸建ての家々やマンションに囲まれた住宅街の真っただ中にある。
その立地から、周辺住民や西武池袋線沿線の住人らに親しまれる地域密着型の遊園地であることは想像に難くないだろう。しかし、としまえんの魅力はその距離感だけにとどまらない。
二十二ヘクタールという広大な面積の中に、世界最古級とも名高い回転木馬“カルーセルエルドラド”をはじめ、いくつものアトラクションを誇り、夏にはウォータスライダー“ハイドロポリス”を擁する大型プールが人気を博す。
さらに、春には桜、初夏にはアジサイなどのささやかな自然が楽しめ、練馬区の成人式やコスプレイベントなど数多くの催しも行われる、非常に魅力のつまった場所なのである。
そんな魅力いっぱいの、一九二六年に開園した歴史ある遊園地としまえんはしかし、九十五周年を目前に控えた二〇二〇年の八月をもって閉園する。
どれほどの人々に惜しまれようとも、その歴史は決して変わらない――。
「――それはわかったんだが、真衣? なぜ、私なのだろうか?」
マスターである平川真衣から、今後の作戦、ではなく“としまえん”について説明を受けたサーヴァントのジェロニモは、相変わらず夏草のような色の浴衣と困惑を身に纏ってそう言った。
「それはもちろん、せっかく最後のとしまえんだし。大好きなジェロニモと、二人でデートなんか出来たらいい思い出になるかなぁ……なんて」
「……なら余計に、私ではなく、家族や友人と一緒に行った方がいいのでは?」
「でも、今さら家族ととしまえんに行く、っていうのもなんかねぇ……。そもそもチケット二人分しかないし」
――この時期は夏休みやお盆休みと重なる上にプールが開くため、元々繁忙期であると思われるとしまえんではあったが、今年は八月いっぱいで閉園するためさらなる混雑が予想される。
そこに新型コロナウイルス感染症の流行が重なってしまったので、混雑を少しでも抑えるため、今年の夏は入場制限がかけられている。定員を設けた事前予約制で、既にチケットは完売。もう手に入らない。
そんななか真衣は、特に行く相手もおらず、思い入れはあるもののしばらく行っていなかった自分が枠を奪うのも躊躇われたため、としまえんに行くつもりはなかった。
しかし先日、突然メールで二人分のチケットが届いたのだ。当選と書かれているものの応募なんかした覚えはなく、最初はスパム か何かかと思ったが、いくら見ても詐欺やいたずらではなさそうだったので、思い切って行ってみることにしたのである。
「――友達も、遊園地に行くような友達はいないんだよねぇ。まあ、私、元々友達少ないけどさ。みんな仕事とか家庭とかでそれぞれ忙しいし。こんな状況だし、余計に誘いづらいしさぁ……」
「それで、私というわけか……」
「あっ、なんか今の感じだと仕方なくみたいになってるけど、私ジェロニモと行きたいんだからね? だって、推しとデートできるとか最っ高じゃん! 今年はこんな状況だから、出歩くのもなぁと思ってたけど。だから、こんな機会絶対逃せないもん! とにかく、絶ーっ対、ジェロニモと行きたい! それに、ちょっと憧れだったんだ。としまえんに……」
「――?」
「ううん、なんでもない。とにかく、一緒に行ってくれない? ジェロニモ」
「……」
真衣の上目遣いに、戦士は困り顔をした。
*
としまえんのシンボル、百年以上も夢を乗せ運ぶ回転木馬“カルーセルエルドラド”。
地上四十五メートルを振り子のように航海する絶叫マシーン“フライングパイレーツ”。
エスエルに乗って高さ三メートルの空中散歩を楽しめる“スカイトレイン”。
そして、小銭を入れると動く『きかんしゃトーマス』 の小さい子ども向けののりもの。
――閉園が明日に迫るとしまえんは今日も、たくさんの人々で賑わっていた。
はりきって藍色の浴衣で身を包んだ真衣と、いつもの夏草色の浴衣を身に纏ったジェロニモは、園内に設置された休憩用のテーブルとベンチで一休みしていた。
「はー、美味しかった」
くまさんのカステラが乗ったかき氷を食べ終えた真衣が言う。
目の前を不意に小さな子供がかけていった。父親がその後を追う。
「……私の遊園地デビュー、としまえんらしいんだ」
「らしい、というのは?」
「いや、流石にちっちゃかったからほとんど覚えてなくてさ。
実家、もう引っ越しちゃったけど、その前はこの辺でね。そろそろ公園じゃなくて、遊園地にでも行ってみようかって、としまえんに来てみたんだって。
でも、小さいからさ。ああいう絶叫マシーンはもちろん乗れないし、並ぶのとかもぐずって大変だったみたいで……。
それで、百円入れて動く、玩具みたいな乗り物があるでしょ? それに乗って、もうちょっと大きくなったらあれに乗ろうねーなんて話してたらしいの。
高い入場料払って、ちょっと馬鹿みたいだけど。でも、私が楽しんでたからいっかって。こういう楽しみ方もありかもなぁ、なんて思ったんだって。
それが、私の遊園地デビュー」
「……」
照りつける太陽の下、表情豊かに真衣がする話に、ジェロニモが静かに耳をかたむける。
「だから私、ちょっと憧れてたんだー……。好きな人ができて、結婚して、子供ができたら、としまえんに行きたいなぁって。もうちょっと大きくなったらあれに乗ろうねー、なんてさ。素敵じゃない? もう、無理になっちゃったんだけどね」
「……」
「まあ、そんなこと言って、最近は全然来てなかった私が何言ってんのって感じだよね? 小学生の頃はプールとか毎年行ってたけど、中学生くらいになってから遊園地自体全然行かなくなっちゃったし。ディズニー とかは何回か行ったけど、としまえんなんかたぶん、成人式以来だもん。
いや、ずっと追ってきたファンでもないくせにラストライブだけ行く奴が許せないみたいな話? そういう人の気持ちもわかるなーって感じだったけどさ。いざ、自分がそっち側になってみたら、なんか……、なんか……」
「真衣……」
「ああ、ごめんね。なんか、遊園地とか全然よくわかんないよね? こんな話されても、って感じだよね? もー、ジェロニモになに話してんだろうね私。まあ、だから……。なんて言うか、今日は付き合ってくれてありがとう。最後に、好きな人と……、大好きなジェロニモと一緒にとしまえんに来れてよかった」
「……確かに遊園地については、座からも詳しく知識を得ていないから、私にはよくわからない」
「だ、だよねー。ごめんね」
「だが、故郷を奪われる気持ちならわかる。故郷を思う気持ち、という意味でなら、私にも真衣の気持ちはよくわかるよ」
「ジェロニモ……」
不意に涙が込み上げてきて、真衣は勢いよく立ち上がった。
「てか、感傷に浸ってる場合じゃないね。けっこう並ぶしさ、さっさと乗り物乗りに行こう! サイクロンすごい並んでたしなぁ……。あれ乗っちゃったらほかほとんど乗れないかなぁ……。あー、めっちゃ悩むー! ジェロニモは? なんか乗りたいのない?」
「……フフ。私はなんでもいいよ。今日は、真衣にとことん付き合おう」
そう言ってジェロニモは、座を離れた。
*
「なんか変なとこ来ちゃった。こっちは何もなさそうだし、戻ろっか?」
としまえんの一角、人気のない辺りに迷い込んだ真衣が振り返ると、ジェロニモが緊迫した顔で言った。
「真衣! サーヴァントの気配だ。いや、なんだろうか……。霧の中で見る姿のような、ひどくはっきりしない気配だが、この魔力。恐らくサーヴァントだろう……」
「そんな。なんで、こんなところに……」
突然の悲報に心がぐらつく真衣の鼓膜を、それは突然盛大に揺すった。
「はじめましてお嬢さ~ん!」
「やっ! ピエロ!?」
それはピエロのような化粧と衣装に身を包んだ、西洋人風の男性だった。顔つきは外国人のそれだが、その日本語はとても流暢だ。
「てかイケボ。……子安さん?」
「真衣! その男だ! ――不思議な気配をしているが、君はサーヴァントかな? すまないが、今マスターは大事な休日を楽しんでいる最中でね。私は戦士として喚ばれた身だ。君との戦い自体は歓迎だが、今日は間が悪い。出直して貰いたいのだが……」
真衣をかばうように間に入ったジェロニモに、ピエロ姿の男が満面の笑みで答える。
「サーヴァント!? 戦士!? 私と戦う!? 何を仰っているのか、私さっぱりなのですが! ああ、いけない。テンション、テンション。抑えて抑えて」
白々しい喋り方をする男から目を逸らさず、ジェロニモが真衣に問う。
「真衣。子安さんとは?」
「えっ、ごめんジェロニモ。なんでもない。……あれ? でもサーヴァントなら関係なくないかも。確かFGOで子安さん の声なのは、アンデルセンと、オジマンディアスと……」
「お嬢さん!」
「――後、誰かいたっけ」
「……。……えー、気を取り直して! そこの素敵なお嬢さんに、私、耳寄りな情報を持って参りました。じゃじゃん!」
そう言って男が懐から取り出したのは、ジェロニモの非公式グッズ。
「どうです? どうです? ジェロニモ×としまえんの非公式コラボグッズ! 非公式ではありますが、デキは公式にも引けを取りませんよ? ほら、ほら」
「……」
真衣は返事をしない。なぜなら見惚れていたから。それほどまでにそのグッズは仕上がりがよく、デザインもよかったのだ。
しかし、今日の思い出にぜひとも欲しいという思いを振り払い、真衣は言う。
「そんな非公式グッズ、絶対なんか裏があるに決まってます……。私はそんなところにお金は落としません」
「お待ちください、お嬢さん! 何か勘違いされているようですが、私、これで一銭も儲ける気持ちはございませんよ? なんせ、一円も頂かないのですから」
「……一円も……頂かない?」
「ええ、ええ、もちろんですとも。非公式グッズで儲けようだなんてあくどい商売、私は決していたしません。そもそも私、お金には興味ありませんので。それに、もしも私がサーヴァントだとすれば――」
そう言いながら男はジェロニモを見る。怪しい笑顔を浮かべて。
「――Fateの登場人物。つまり、公式の人が作成したグッズですから、それってもう公式グッズじゃありません?」
「……確かに?」
悪魔のような巧みな弁舌に一瞬納得しかけた真衣に、男が畳みかける。
「ですからどうです? チャレンジしてみませんか?」
「チャレンジ?」
「ええ。先ほども申し上げた通り、私お金儲けをする気はございませんが、かといってせっかく作ったこのデキのいいグッズたちをそう易々とお譲りする気もございません。というわけで、あちらにあります特設屋台で射的! にチャレンジして頂きまして、見事景品を撃ち落とす! ことが出来ましたら、全てのジェロニモ×としまえんグッズを差し上げようと思うのですが。いかがですか、お嬢さん?」
「全ての……グッズを……」
ごくりと真衣が唾を飲む。
「……」
その隣では、ジェロニモ当人が困惑している。
「……ジェロニモ。私」
「真衣。これは罠だ。それも、確実に君を狙ったものだ」
「わかってる。それでも私……、行きたいの」
真衣の決意は固かった。
「……はぁ。今日は君にとことん付き合うと言ってしまったからな。ただし、私が危険だと判断すればすぐに逃げるぞ」
「うん! ありがとう、ジェロニモ!」
二人のやり取りを静かに見守っていた男が、そこでようやく声を上げる。
「決まりですね。それでは、お二方! ご案内!」
――というやり取りがあったのはつい先刻。
「……」
真衣は、今にも熱々のアスファルトに手をついてしまいそうなほど、絶望していた。
「チャンスはお一人様一回! 一発! 一度切り! と申し上げましたからね。残念でした」
「そんな……。せめて、もう一回。いや、あと二回」
「駄目です。お一人様、一回限りですので」
「なんで? 令呪だって三画あるのに……。あの、ブラックバレルだって三発撃てるのに……。そんな……、そんなのって……」
その時、彼が動いた。
「チャンスは一人一回、だったな?」
ジェロニモの問いに真衣が顔を上げ、男が返事をする。
「ええ、お一人様一回でございます」
「ということは、私もやっても構わないのだろ?」
「……ええ、もちろんですとも」
「ジェロニモ……」
「真衣。安心してくれ。必ず略奪してくる」
「ジェロニモ……!」
ジェロニモは優しく微笑むと、屋台へと向かっていった。
「こちらが銃でございます」
「……うん。悪くないな。小細工はないと言っていたが、この屋台、魔力を感じるぞ? あの景品、ちゃんと撃ち落とせるようになっているんだろうな、君?」
「はて、魔力? 何を仰っているのかわかりませんが、あくまでも景品は撃ち落とさなくてはなりませんので、その点はご容赦ください」
「……景品が撃ち落とす過程で壊れたらどうなる? 撃ち落とさなくてはいけないルール上、それで壊れてしまった場合はそちら側の落ち度だと思うのだが」
「慎重な方ですねぇ、ジェロニモ様は。流石は私が魅入った方です。予想以上の方で何よりだ。ええ、こちらから説明させていただく手間が省けましたとも。仰る通り、撃ち落とす過程での破損はこちらの落ち度。そもそも、あちらの景品はあくまでも的用のお品です。お渡しする用の景品は別にご用意してありますから、ご安心ください」
「それを聞いて安心したよ」
ジェロニモはそう言うと、銃を構えた。
「ジェロニモ! 頑張って……!」
「……」
チャンスは一発限り。ジェロニモは銃に魔力を込める。
最初からそう出来るようにデキていたかのように、その銃にはジェロニモの魔力がよく馴染んだ。
「……!」
ジェロニモが引き金を引く。
此度の現界、初めての戦場、そこは遊園地としまえん。狙うはサーヴァント、ではなく魔術師でも怪物でもなく射的の景品。戦士ジェロニモ、しかし本気! 本気である!
神秘を帯びた弾が刹那、宙を駆け景品に命中、魔術的な防護を突き破り撃ち落とす。
「――!」
真衣が声にならない歓声を上げる。
「!」
ちょうどその時、屋台が、装置が、ジェロニモの魔力を帯びた攻撃に反応し起動する。
それは普通の人間であれば何も感じないような情報の発信だったが、魔力に敏感なもの、例えばサーヴァントであればその発生源をある程度察知できるような、そんな位置情報を特定の方角に向けてのみ発信するという絡繰りだった。
「……」
男がニヤリと笑う。
「いやぁ、お見事お見事。まさか景品を取られてしまうとは」
パチパチパチと乾いた拍手を響かせながら男が言う。
ジェロニモが銃を返し、男はそれと引き換えに景品の詰まった透明の袋を渡す。
「おめでとうございます、ジェロニモ様」
「……本物のようだな。非公式グッズ、とやらに本物も偽物もないかもしれないが。特に魔術的な仕掛けもなさそうだ」
ジェロニモはそう言うと、真衣の元へ戻った。
「ジェロニモー! ありがとう! ありがとう!」
「例には及ばないさ。それより、真衣に渡す前に私が開けてもいいかな? 魔術的な仕掛けがないか、念入りに確認しておきたい」
「あっ、うん。そっか。そういう可能性もあるのか。流石ジェロニモ! ありがとう。お願いするね」
ジェロニモは真衣の返事を待ってから、慎重に袋を開けて中のグッズを確認する。
何とも言い難い気持ちを抱きながら、自分の非公式グッズをくまなく確認し、最後にちょっとした呪いをかける。
「――うん、大丈夫そうだ。一応、簡易の呪いをかけておいた。この霊基では大したことはできないが、保険くらいにはなるだろう」
「ありがとう、ジェロニモ! ジェロニモがおまじないかけてくれたってだけでもう、十分だよ! ジェロニモが取ってくれて、ジェロニモがおまじないかけてくれて、ジェロニモが渡してくれた、ジェロニモととしまえんに言った思い出の、ジェロニモグッズ……。ああーん、もう! ジェロニモがいっぱいだよ~!」
「私は一人だが……」
ジェロニモが困惑する。
「一応、あの人にもお礼しなきゃ。――怪しいグッズだけど、ありがとうございます」
「いえいえ、礼には及びませんよ。こちらも目的のものはしっかりと頂けましたので」
「? 目的のもの?」
「ええ。亡き主のための娯楽、ですかね? それでは……」
そう言うと、男は屋台の解体に取り掛かった。
「ジェロニモ、行こっか。けっこう時間かかっちゃったし。早く戻らないと! 夜までにもっと色々楽しまなきゃ!」
「ああ……」
忙しなく方向転換する真衣に少し圧倒されながらも、ジェロニモは男の様子をうかがう。
「……」
鼻歌まじりに屋台を解体する男の姿は、とてもサーヴァントのようには見えなかった。