おやすみ私_ヘッダー1

おやすみ私、また来世。 #4

┃神@zinjingin・2010/4/17
┃5月26日に2枚目のソロとコラボシングルが同時に出るぽい。

┃あおり@aoriene・2010/4/17
┃もう予約済み。

┃あおり@aoriene・2010/4/18
┃写真を撮るといつもオーブが写るのは、きっとレンズが汚れているせい。

┃神@zinjingin・2010/4/18
┃だいたいそうかもね。オカルトあるあるだw

┃あおり@aoriene・2010/4/20
┃もうすぐGWのBLITZ。

┃神@zinjingin・2010/4/20
┃箱自体は駅の改札上ったすぐのとこだっけ?

┃あおり@aoriene・2010/4/20
┃そうだよ。

 二回目のミーティングは一週間後に開かれた。場所は同じく御茶ノ水のファーストフード。毎日DMだったりツイートだったりと、何かしらのコミュニケーションはとっていたが、もっぱらオカルトに関する話題については、実際に顔を合わせて話していた。それについて彼女は、いつ誰に観測されているかわからないからと応えた。
 オーダーを済ませテーブルに着くと、学校帰りの制服姿の彼女は、いつものように少し周囲を気にしてから一方的に話し始めた。
「──じゃあ今日は、ひとつのテーマを深く掘り下げてみようか──ジン君は幽霊って見たことある?」
 彼女のその突拍子もない質問にも慣れてきた。僕は「ないな。あんまり見たいとも思わないしね」と返す。
「それは怖いから?」
「まぁ、怖いというか気持ち悪いからかな。死んだ人が目の前に現れるなんて普通じゃないし」
「うん。普通じゃない。この世界には存在しないもの。だからみんな拒絶する──そもそも霊って何だと思う?」
「恨みつらみを残して死んだ人の肉体から離れたものが、たまたま人の目に映ったものじゃないの?」
「確かにたまたまってこともあると思うけど、霊感体質の人は頻繁に見たり感じたりするって言うよね」
 そう言って彼女は、猫のように意味ありげに中空の一点を見つめた。僕はあえてそこを見ないようにして、「……あおりちゃん、見えたりするの?」と訊く。
「──ううん。はっきりとは見たことはない。ときどき誰もいないのに視線を感じたり、急に寒気がしたりする程度。生まれついての霊感体質でない限り、見たり感じたりするにはやっぱり、何かしらのきっかけや鍛錬が必要」
「鍛錬? ──それって、何か山篭りみたいな修行的なこと?」
「ううん。日頃から霊的なものと波長を合わせようと意識すること。要は気の持ちよう」
「そんなことで見えるようになるの?」
「たぶん──私が思うに、霊や魂が棲む世界は、この世界よりひとつ、またはそれ以上の階層にあると思ってる」
「上の階層……?」
「うん。いわゆる天国。上位の階層だから、あちらからはこちらを見たり、行き来したりはできるけど、基本的にこちらからあちらにアクセスすることはできない。ときどき何かの拍子でチューニングが合うと、あっちの世界が見えたり、行けたりもするけど、やっぱりそこは人の棲む世界じゃないから」
「それは、この世とあの世ってこと?」
「そう。肉界と霊界。現世と幽世。此岸と彼岸──他にもたくさん言い方がある。あちらの世界は、肉体のない魂や精神体の棲む世界で、幽界とかアストラル界とも呼ばれてる。この世で肉体を失うと魂だけになって、天国に行くっていうのは、どの宗教でもだいたい同じ。その天国こそが真の到達地点で、地上での生活は全て修行と捉える宗教も少なくない。私は人が死んでしまう恐怖を緩和させる理由として、死後、幸福な天国が待っていますよ。っていう一部の宗派のプロパガンダ的なものと思っていた。でも、どの宗教も似たようなことを言っているから、あながち天国という存在は創作とも思えない」
「あぁ、宣伝か……確かにそんな気がするな。宗派が違っても行ける天国は同じなのかな?」
「うん、たぶん同じ。そこは物質が曖昧な世界で、魂だけが存在してる世界。そこには精神だけしかなく、肉体がないから誰も傷つくことがない。食物を摂取する必要もなければ、老化もしない。思考が筒抜けだからコミュニケーションで疲弊することもない。仕事をしなくてもいいし争いもない。誰もがいつまでも好きなことをして暮らしていける。だからみんな理想の世界と位置づける」
「確かにそんな世界なら、死んでも怖くないって思うかもな。じゃ、幽霊っていうのは天国に棲む人たちのことを言うの?」
「ある意味そう。肉体から離れた魂は、みんな天国に行く。死んだ人全てが天国に行くかどうかはわからない。だけど未練があって行けなかったり、あえて行かなかったりする魂が、幽霊になってこの世を彷徨っている」
「なるほどね」
 僕の持っていたぼんやりとした死後の世界が、くっきりとした像になった。
「だから天国──ここからはアストラル界って言うけど、そこに行くためには精神を鍛えることが必要になる。本来は身体を捨てることが必須条件なんだろうけど、そこまでの踏ん切りはまだつかないから」
「まぁ、死んでからいけるなら、今わざわざ死ななくてもね」
「うん。それでもやっぱり私は行ってみたい。精神だけの世界を覗いてみたい──人が精神だけの存在になるには、眠りの状態が一番近いとも言われてる。そこで見る夢の世界こそがアストラル界への入口」
「それじゃ夢を見れば、誰でも、そのアストラル界に行けるってこと?」
「ううん。夢を見ているだけではアストラル界には行くことはできない。そこに行くには見ている夢が夢だって気づく必要があるの。夢を夢と認識しない限り、そこに行くことはできないの」
「それって明晰夢だっけ?」
「そう、明晰夢──アストラル界に行くには夢の中で、そこに行きたいと念じることで可能になる」
「──あおりちゃんはアストラル界に行ったことはあるの?」
「何度かある。でも、ジン君が疑わしく思っているように、それが魂や精神だけが棲むアストラル界かどうかは確認のしようがないんだけどね」
「それでも、明晰夢の中で精神だけの世界に行ったってことだよね?」
「うん。そう。私の場合、夢だって認識したら、思い切り空に向かって飛ぶことをイメージするの。そうすると、ぐんぐん雲を抜けていって、成層圏を越えて宇宙が見えてくる。本来なら宇宙服なしで生きてはいけないんだけれど、そこは夢だから──しばらく飛び続けると、目の前が真っ白くなって自分の身体も見えなくなる。全ての感覚がなくなった感じがして思考だけが残る。でも、そこは眩しかったり温かったり、いわゆる天国で、神様みたいな人や天使たちの存在を感じる。すると、そこにいる全ての生命の意識が一気に入り込んでくるの。私の理解できないことを多く知った人たちの意識が共有化されると、私は理解の許容量を越えて気を失う。すると元の世界に戻されて目が覚める。そのときには、もう共有化された知識は一切覚えてないけどね」
 TVか何かで見て知ったような話だったが、それが夢であるのなら、そこに信憑性は必要なかった。アストラル界も明晰夢も、全てが彼女の見た夢の中のできごとだとしたら、疑うことは何もない。
「それは幽体離脱みたいなもの?」
「うん──最近は体外離脱って言うみたいだけど、私はアストラルトリップって呼んでる」
「アストラルトリップ……意識が共有化されるって、何だかネットワークのクラウド共有みたいだね。許可した同士が画像なんかを共有できるアレみたいな」
「うん。その意識版というか記憶版って感じかな。中には人じゃないものの記憶もあった気がするから、それまで生きた生命の記憶を含めてると思う。それから、その種の歴史や芸術、科学技術なんかも含めて全部」
「……それはすごいね」
「目が覚めるとほとんど忘れちゃうのは、きっと私には、まだ知る権限がないから」
「権限?」
「たぶん、私たちが知ってはいけない知識がある。だからそれを制御している人がいるの。多分それが神様」
「そう思うと神様って意地悪だね」
「あはは。ジン君、罰当たり」
 いつも表情を崩さない彼女は、ときおりこんな風に小さく笑う。そしてその度に僕は胸が締めつけられる。
「その権限はいつになったら手に入れることができるんだろう。やっぱり死んで魂になったらかな?」
「うん。私はそう思ってる。人や宗派によっては言い方が違うと思うけど、死後に意識だけ、魂だけ天国──アストラル界に行くというのは、どれも同じ。そこに棲む神様や霊が、この世に突然姿を現したり消えたりするのは、肉体を持っていないからできること。だから、霊体や幽体といった魂を見たり接触できるようになるには、霊力を高めることが必要になる。それは精神を磨くこと──たぶん私たちに見えていないだけで、いつも何かしらがそこら中にいるんだと思う。そういった存在を日頃から強く意識する──すなわち気の持ちようで、アストラル界に近づくことができる」
「なるほどね……」
 僕はそれを一種の信心深さだと思った。そして何よりも彼女の持論は整合性がとれていた。どんなに否定的に思っていても、納得するきっかけさえあれば、懐疑的な人ほど深く宗教に足を踏み入れてしまう理由がわかったような気がした。
「そう考えると、一気に幽霊っていう存在が怖くなくなるんだけど、世間の幽霊はどうして脅かそうとするんだろうね?」
「それはさっきも言ったけど、本来ならアストラル界に行かなければならない霊体が何らかの理由で地上に留まっている状態だから。何か伝えたいことがあったりするから、人の前に現れるんだと思う。それが恨みや嫉みだったとき、人に伝える手段として強烈な印象を与えるために、怖がらせるんじゃないのかな」
「それはすごい迷惑な話だなー」
「その辺りの本心は、実際に霊と話してみないとわからない──でも、霊も精神だけの存在だから、結局は自我があって、意思疎通するうちに納得すれば最後は消えてくれる」
「それは除霊ってことかな?」
「そう。魂は意識の塊だから、対話することが唯一の接触手段なの。霊媒師も悪霊祓いも基本的には対話だけで解決する。念仏や祈りの言葉、お祓いの呪文といった言葉こそが力を発揮する。悪魔でも悪霊でも、対象が納得さえすれば、それはいとも簡単に浄化される。そこに暴力が介入する必要はない」
「それは何となく思ってた。言葉の力は意外に強いって」
「うん。言葉の力は意思の強さ──だから気の持ちようで、霊を見れたり、除霊できたりできるようになる」
 彼女の持論に共感はできたけれど、やはりできることなら霊には会いたくはないな、と思った。
「それじゃ、気を強く持てば霊を見ることはないんだね?」
「うーん。強く持ったら逆に見そうな気がする。どちらかというと気持ちを霊と合わせないようにする、かな? でも、ジン君の気持ちは関係なくて、霊と波長が合ったりすれば、嫌でも見せられることになるんだろうけど」
「嫌だなぁ……。絶対に避ける方法っていうのはないんだね。昔、母親が二〇歳までに幽霊を見ることがなかったら、それ以降は見ることがないって言ってたけど、迷信なのかな?」
「うん、迷信。でも、何も怖がることなんてない。ジン君が霊感体質とかじゃないのなら、普段目にすることはないと思う。特に何かされたわけじゃないんだし、もし出会ったとしても、敬意を持って接すれば大丈夫。全ては気の持ちよう」
 そう言って彼女は表情無く言った。それから、「そうそう。科学的に霊は脳が見せる幻覚だって言われることもあるけど、画像として残るのなら誰でも信用することができるよね。私、そういうのも集めてるの──」
 そう言った彼女は、猫のシルエットがプリントされたカバーのついた自分のスマホを取り出すと、手慣れた手つきでカメラロールの中の画像を僕に見るように差し出した。あまりいい気持ちはしなかったが、彼女のプライベートの一端を覗けるような気がして、見せられるままに画面を覗いた。
 そこには期待したような写真は一枚もなかったが、不可思議な画像の数々が陳列されていた。写っているのは彼女の通う高校だろうか? 校舎や教室の風景写真に、光の球体──所謂オーブらしきものが大量に写っていた。
「──これ、あおりちゃんが撮ったの?」
「そうだよ」
「ツイートでオーブはレンズの汚れって言ってたけど、これ本当のオーブなんじゃない?」
「うん。これはレンズの汚れじゃない。私が撮ると結構な確率で写る。でも理由はよくわからない」
 それまで理論的な説明をしながらも、彼女はそう言った。僕はしばらくオーブの写った画像を見つめた。やはりどう見ても、それはレンズの汚れなどではないようだ。
 彼女には、彼女自身でも説明できない不可思議な力がある、そう思わずにはいられなかった。目の前に置かれたペーパーカップのコーラは、すっかり氷が溶けて失くなり、ぬるくなってしまっていた。

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