おやすみ私_ヘッダー2

おやすみ私、また来世。 #17

 彼女は来月に受験を控えているはずだったが、焦る様子は微塵も感じさせなかった。夏の終わり頃から、あまり勉強をしなくなったのは、傍目で見ていてもわかった。僕が心配をしても、彼女はただ「大丈夫」と言うだけ。それは自信から来る余裕ではなく、単に現実逃避をしているように見えた。勉強するつもりで集まってみても、結局はみらい観測クラブの集会になる。息抜きも兼ね、確かにそれも必要なことではあったが、勉強する時間とその他の時間の割合は、次第に逆転していった。このところ、あまり体調が思わしくない彼女を前にすると、僕にはそれを咎めることができなかった。なんとなく、彼女の中から、大学入学という情熱は失われているようにも思えた。そして彼女がときおりつぶやく、意味深なツイートも気がかりだった。
 今日はいつにも増して饒舌に話すのは、火星探査車キュリオシティの打ち上げが成功したからだ。だから話題は、自然に火星の話になった。
「──火星を語る上で、オカルト者にはもはや古典ともいえる人面岩は、ヴァイキング一号が初めて撮影した一九七六年にから、不定期ながらもずっと撮影され続けている愛すべき宇宙のオーパーツ。二〇〇六年にヨーロッパの宇宙機関マーズ・エクスプレスが、人面岩は人工物ではなく、自然の地形と結論を出しているけど、私はそうは思わない」
「人面岩──あったね」
「地表にある巨大な岩石が、人の目と鼻と口に見えるというのは、そのシンプルな構成故。だから、それはシミュラクラ現象ともいえなくはない」
「両目と口の三点があるだけで人の顔に見えてしまう現象のこと?」
「──そう。でも火星の人面岩は、縦横の長さが二キロ以上あって、高さも四五〇メートルもある。そんな巨大なものが自然物であるとは到底思えない。確かにこの三〇年の間に、だんだんと人の顔に見えなくなってきているのは、探査機の画像処理能力が上がるにつれ、はっきりと地形がわかるようになったせいもあるけど、ひょっとすると、何者かが地形を変化させているからかもしれない」
「隠蔽か!」
「うん。きっと人に知られると困る何かがある。もしかしたら、今でも地形自体には変化はなくて、公開された画像の方に手が入っているのかもしれない。だけど直接それを見ることができない私たちは、与えられた情報から判断するしかない」
「だとするとお手上げだね──人面岩って一体何なんだろうね。シンボルにしては大きすぎるだろうし、基地とか?」
「わからない。でも、誰かが確実な目的を持って建造したのは確か」
「誰か──火星人とは限らないってこと?」
「そう。太古の火星は、生命が住める環境だった。現在の荒廃した環境になったのは、のちに核によってもたらされたものともいわれている」
「核って、あの核ミサイルのこと?」
「もちろん。それはネイティヴの火星人同士の戦争で使われたものかもしれないし、より高度な文明を持った異星人──すなわちエイリアンが、火星侵略の際に使ったものかもしれない」
「侵略……」
「──か、どうかはわからないけど、とにかく火星には文明を持った生命体が暮らしていた。火星の表面にある建造物はその名残。その証拠に、人面岩の他にも火星には巨大なモノリスやピラミッド状の建造物がいくつも見つかっている。火星探査機スピリットが撮影した画像には、火星のマーメイドと呼ばれるヒトガタの何かが写り込んでいたり、水を供給していたであろうパイプ状の人工物の痕跡が多数見つかっていたりもする。地下には都市のような構造物の反応もあって、何らかの生命体が火星で活動をしていたことは濃厚──スピリットが二〇一〇年のミッション終了間際に、火星の表面に建つ基地のような人工建造物の画像を送ってきた際、地球との通信が一時的に途絶えたの。それは火星の建造物の存在を知られたくない何者かが、その通信を妨害した、なんて話もあったりする」
「何者か……」
「うん──それは火星人かもしれないし、他の異星人かもしれない。でも、ひょっとすると地球人かもしれない」
「どういうこと?」
「一九七〇年代に、アメリカはペガサス計画と呼ばれる瞬間移動の実験を極秘に行っていた。しかもそれはすでに実用化されていて、月や火星には秘密基地が建造されていた──」
「ちょっと待って、すでに一九七〇年代に、そんな技術があったってこと?」
「そう。たぶんそのテクノロジーは、誰かに授けられたもの。きっと地球産の技術じゃない」
「なるほど──火星に文明があったっていうのなら、そこからの流出というのも考えられるな」
「うん。火星には地球から何らかの目的を与えられた人間が派遣されていて、異星人と共同で何かをしているっていう話もある」
「何かねぇ……」
「とにかく火星は未知な部分が多すぎて、これらの事象も信憑性という点ではとても低い。でも謎がある分、何が起こっても不思議じゃない。だからこそ、そんな事実があるという可能性が逆にとても高くなる。探査機の性能が向上した今は、送られてくる画像が昔よりも鮮明で、色々なことがわかるようになってきてる。だから先日打ち上げに成功したキュリオシティが、いったい何を撮ってくるのか、今からすごく楽しみ」
「火星に到着するのは来年の八月だっけ?」
「うん──キュリオシティ、すごくかっこいい。フィギュアとかないのかな?」
「はは。どうだろうね……まず国内では出てないだろうね」
「そっか。残念──」
 そう言って彼女は、ストローを口に咥え、残ったアイスティーをずずずと飲み干した。僕は機会があったら、ミニチュアのキュリオシティを探してみようと思った。

 今日もひと仕切り語った彼女は、満足そうに店を出ると、おもむろに東の空を指差した。そこには東京のビル郡が聳え立ち、鉛色の空が広がっていた。
「ほら、あれ!」
 彼女がふいに指差した方向を見たが、僕は何も見つけることができなかった。
「どこ? 何も見えないけど……」
「え……そう──」
「何があるの?」
「ううん──気のせい」
 そう言って彼女は背を向けてしまった。僕はしばらくの間、彼女の指差した空を見つめてみたが、そこには来年開業するという、施工中の東京スカイツリーが薄っすらと見えるだけだった。
 彼女が僕に気を遣ったのは明白だった。きっと彼女の目には、僕の見えない何かが見えていたような気がしてならなかった。

神@zinjingin・2011/12/14
「サウンド&ウィザード! ずっと君のターン!」
やくしまるえつことDVD.『Gurugle Earth』購入。

神@zinjingin・2011/12/15
PCにアプリをインストールしたので、『Gurugle Earth』をようやく起動。
おー、未知の感覚!
『YAKUSHIMARU BODY HACK』といい、最先端技術とアートの融合が新感覚。
いいね1

┃あおり@aoriene・2011/12/20
┃時間の概念がなければ、
┃いくらでも勉強する時間が作れるのに。

┃神@zinjingin・2011/12/20
┃ほらそこ、現実逃避しない!

あおり@aoriene・2011/12/21
神と呼ばれている存在は、
時間の概念を超越しているか、
不老不死の身体を持っている。

┃あおり@aoriene・2011/12/22
┃誰か神になる方法を教えてほしい。

┃神@zinjingin・2011/12/23
┃神様になれば勉強しなくていいもんな。

┃あおり@aoriene・2011/12/23
┃むぅ……。

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