おやすみ私_ヘッダー2

おやすみ私、また来世。 #11

 上野に戻った僕らは、「カハク大好き」という彼女の一言から、上野国立科学博物館・日本館の地下にある『シアター36○』に入ってみることにした。ただのプラネタリウムかと思っていたが、ドームの内側全てが球状の全方向スクリーンになっており、全方位の映像を鑑賞できる世界初のシアターということだった。それは、とても彼女らしいリクエストといえた。

 ドームの中央を通ったブリッジは足元が透けており、確かに三六〇度全方向に映像が映し出された。
──「宇宙138億年の旅」は、竹中直人のナレーションで、宇宙の誕生から、未だ解明されていないダークマターの存在までを解説した。
 その独特な浮遊感に驚いた。人の造った映像だったが、そこに宇宙が広がっていた。吸い込まれそうな暗闇の中、広大な宇宙を感じる。無限にあるあの点のひとつひとつが星で、それは地球からとてつもなく遠い距離にある事実に、全く現実味を感じない。それでも、宇宙にこれだけの数の星があるのなら、やはりどこかに文明を持つ生命がいても、何も不思議なことはない。そう確信した。
「──宇宙っていいね」
 じっとスクリーンを見つめていた彼女が言った。
 今こうして見ている光も、何光年も前の光で、すでに失くなっている星かもしれないなんて、とてつもない話。宇宙の大きさを考えたら、人はちっぽけすぎる存在だった。
「この広い宇宙のどこかに、きっと全ての秘密を知っている者がいる。宇宙のはじまりも、存在する意味も、そして宇宙の果てと、その終わりも」
 彼女の横顔、その瞳の中に煌めく星々が映っていた。今、彼女の中には宇宙があった。
 僕は宇宙の虜になっている彼女の虜になっている。受験も終わり、高校を卒業する彼女に対して、僕はもっと距離を詰めた関係になりたいと思う。
 終演直後から少し興奮気味の彼女は、我慢ができなくなったのか、しきりに僕にダークマターの補足を語った。暗黒物質とも呼ばれるそれは、宇宙に広く存在しているが、未だに観測されていない。それは光学的に直接観測できず、物質に相互作用しないといわれているからだと彼女は言った。しかしそれ以上に、ダークマターの存在を仮定すると、宇宙論的に色々と上手く説明できるから、仮説として採用されているからだとも教えてくれた。「そもそも存在する次元が違うから、こちらからは観測できないんだろうけどね」と、彼女なりの皮肉を言った。
 科学博物館からの帰り道、すっかり暗くなった上野公園を歩きながら、彼女の講義に耳を傾けながら、僕も宇宙の話に触発され、気持ちが大きくなっていた。都心の公園は、ビル明かりが、とても良い雰囲気を作ってくれていた。どちらからともなく、僕たちは噴水の見えるベンチに並んで座った。
 彼女の講義は続いていたが、何を言っていたのか憶えていない。宇宙の力がそうさせたのか、僕はずっと秘めていた想いを伝えた。傍に座り、上機嫌に講義する彼女に向かって、彼女に好きだと言った。つきあってほしいことを告げた。
 一瞬彼女はその瞳を更に大きくして驚いた。そしてすぐに視線を落として黙り込み、考え込んでしまった。僕はじっと彼女の反応を待った。
 どれくらいの時間が経ったのか、ようやく口を開いた彼女は、「──つきあうと、今までと何が違うのかな?」と僕に訊ねた。
「──もっと、頻繁に会うとか?」
 なかなか難しいその質問に、僕は上手く応えることができなかった。
「今よりも?」
「たぶん。でも、そんなには違わないと思う──気の持ちようかな?」
 僕が彼女の得意な言葉を使って様子を見る。すると彼女は、どこか肝念したように言葉を絞り出した。
「そう……気の持ちよう──あのね、ジン君。私にそれが理解できるまで、返事は待ってくれないかな?」
 そういった彼女の顔は、これまでに見たことのない真剣な面持ちだった。
「うん……そっか──うん」
 彼女の雰囲気に押された僕は、断られなかっただけマシと捉えるのがいいのか、いっそ断られた方が良かったのかと考えを巡らせてみたが、結論はすぐにはでなかった。
「あ、でもね、一緒にいて、これだけ話せる人はいないし……私もジン君のことは──好き、ではあるんだよ。だから、つきあうっていうのを私が理解できるまで、今まで通りにしてくれたらなって思う。勝手な話かもしれないけど──」
 余程、僕が残念そうな顔をしていたのか、彼女は彼女なりに僕を慰めるように、そんなことを言ってくれた。
「──うん。それでいい」
 そう返事をしてみたが、僕は彼女の気持ちの整理は永遠につかないかもしれないと思った。ただ、今は彼女の気持ちが知れたこと──少なからず、僕に好意を持っていてくれたことが救いになった。

 そこからの帰り道はよく憶えていない。一人になった頭の中で、ずっと『LOVEずっきゅん』が繰り返し流れていた。

https://www.youtube.com/watch?v=nFG4oQE1Et8


 彼女の応えは一生出ないのかもしれない。でも、いつか良い結果が出るという気の持ちようで、僕はこの先を過ごしていくしかなかった。そう決めた。
 そして、その翌週の二月一四日に、彼女は僕に素っ気なくチョコレートをくれた。でも、それが本命なのか義理だったのかは、最後までわからなかった。

あおり@aoriene・2011/2/20
現世で徳を積まなければ、解脱できないっていうルールが嫌い。
いいね1

┃あおり@aoriene・2011/2/28
┃最近、夢の中でしきりに誰かに
┃何かを言われてるような気がする……
┃起きると全部忘れてるけど。

┃神@zinjingin・2011/2/28
┃それは警告的なもの? 神託?

┃あおり@aoriene・2011/2/28
┃どちらともとれる。

あおり@aoriene・2011/3/1
神と呼ばれている存在は、高位異次元の生命体。
たぶん。

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