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坂本龍一「Before Long」を分析しよう(その1)

映画「ラストエンペラー」のメインテーマを分析した際には、冒頭小節よりラストまで順に分析していきましたが、今回は趣を変えて、気になった小節部分を気の向くままに取り上げて分析しています。

これまでの分析ぶんを、以下紹介しておきます。


今回取り上げるのは、ここ。



ドレミを楽譜に書き込んでみましょう。

わけのわからない音の選び方に思えるでしょうが、あわてず順に見ていきましょう。

龍一楽曲の法則その1を思い出してください。「旋律と和声進行が常に違う調性」という、例のあれです。この法則で、とりわけ多いのが「旋律が和声進行より5度上の調」のパターン。この「Before Long」もそうです。和声進行はCメジャー調(かAマイナー調)で、旋律はGメジャー調(Eマイナー調)の関係にあると考えられます。

この仮定に基づいて旋律のドレミを見ていくと、この「ソ♭」(緑でマークした音)はむしろ⑦の音です。Gメジャー調における「シ」ですね。法則その1が発動しています。

ただこの法則は、露骨にはわからないように使われるのが常です。「ソ♭」などという音(緑でマーク)を旋律で使ったりしたら、法則が露骨になってしまって不自然です。


そこでどうするかというと、和声のほうでもわけわかんない音を繰り出すのです。「ミ♭ーラ♭」のハーモニー。緑でマークしてあります。

この曲はCメジャー調(かAマイナー調)に、旋律がGメジャー調(かEマイナー調)でさりげなく重なる作りですので、つまり白鍵で奏でられるのが基本となります。そこに「ソ♭」が旋律の音として現れると、目立ちますよね。黒鍵の音だから。そこでほかの黒鍵の音を和声のほうで繰り出して、「ソ♭」がひとりで目立ちすぎないようにしています。

どうして「ミ♭」「ラ♭」が選ばれているのかというと、特にこれでないといけないわけではないとみます。黒鍵の音で、ほかの白鍵の音とニアミス関係にならないものならなんでもよくて、しかし四度音程の和音になるものを選ぶと内省的な響きになってこの曲に似合うだろうということで「ミ♭ーラ♭」が選ばれたのだと想像します。「レ♭ーソ♭」でも良さそうですが「ソ♭」の音がフライングで登場してしまうので避けられたのでしょう。


上段で「」が鳴っているのは、旋律が「ソ♭」に進むとき増四度音程になるようにするためです。不安の響き。


その後は増4度音程はみられない。つまり不安感が解消されています。

ここは「ファ・ラ・ド」和音ですね。メジャー和音なのだけどどこか浮遊感があって、それほど男っぽくないの。この作曲者はいかにも男な和音は避けるのが終生お好きだったようですね。ちなみに「ドーファ」もやはり四度音程です。内省的な響き。


続く拍でも四度音程が見られます。「レーソ」と「シーミ」

全体としては「ミ・ソ・シ・レ」和音です。この楽譜、この部分についてコードネームを「G6/D」としていますが間違いです。「Em7」の転回形とみるべきです。


ああそれから旋律の基本シェイプはこれです。半音下降。半音下降のライン。

この曲は1987年7月発売のアルバム「ネオジオ」の開幕曲でした。同じ年のもう数か月前に彼は、映画「ラストエンペラー」のサウンドトラックを一週間で書き上げて翌週にはロンドンで収録なんて離れ業を(数人のオーケストレイターの手助けにも手助けられて)成し遂げていますが、あの映画で溥儀(3歳足らず)の屋敷に騎馬武者たちがどかどかと馬にまたがって乗り込んでくるシーンの音楽が、やはりこういう風に半音下降のラインを秘めた旋律でした。「Open the door」の題で聴けるので興味のある方は聴いてみてください。長いイントロ部分がそういう作りになっております陛下。



つづくよ

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