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坂本龍一「Before Long」を分析しよう(その0)

今一つ世間さまには知られていない気がします。「戦メリ」と同じかそれ以上のいい曲なのに。


原曲は1987年のアルバム「ネオ・ジオ」の思わせぶりな開幕用として弾かれたものです。上の動画でいうと前半部分。それに後で書き足されたのです。動画の中盤部分に当たりますね。

この演奏の楽譜を送ってくださった方がいるのでぼちぼち分析しています。久石譲や映画のモーツァルトと違ってひとの曲を聴いてピアノでさっと再現演奏するなんて能力は持ち合わせていないので聴き取り楽譜はとてもありがたいです。

もたもた指で旋律を鳴らしているうちに、面白いことに気づきました。



楽譜をじっくり見てみましょう。

Aマイナー調つまり無調号で始まって、だんだん ♯ が増えていく、つまり4度下に転調していくのは、この作曲者の定石なので今更驚かなかったのですが、F♯マイナー調まで転調したところでいきなりE♭マイナー調(緑でマークしたように ♯ が六つに増えてる!)の調号が出てくるのです。

むちゃくちゃ、ところが弾いてみるとそんなにむちゃくちゃではなくて、アンニュイな心地よさがあります。音楽理論と実際が一致しないわけです。

どうしてなんだろう…鍵盤の上に指を転がしながらぼーっとしているうちに、いつものごとくぴきーんと霊感…といってもオカルトのほうの霊感ではなくて inspiration のほうの霊感があって謎は解けたのでした。「真実はひとつ!」だなんて小学生じみたことを口走っているようではいけないねワトソン君。

いきなりE♭マイナー調に跳んでいるわけではなくて、F♯マイナー調から「F♯ハーモニックマイナー調」と思わせて実は「F♯メロディックマイナー調」かもしれないよーな和音を鳴らして、同主調平行調である「F♯メジャー調」へのつり橋を架けて、そこから「E♭マイナー調」へスマートに移動…

巧いわ~モリアーティ…ではなくてサカモト教授。このトリックを成立させるにあたって、彼は「d」と「d#」の二つを慎重に避けていますね。緑で括った小節をよーくご覧ください、ここにもし「d」と「d#」のどちらかの音があったら、トリックは壊れてしまうのです。

「むずかしくってなに言ってるのかわからへん」とか口走るような方々は知らんぷりして、代わりにジェームズ・モリアーティ教授の話をします。1890年代冒頭、ロンドンの犯罪界を取り仕切った数学教授です。アイザック・ニュートンに匹敵するといわれる知性の持ち主でした。一見なんの関連もなさそうないろいろな犯罪の後ろに、誰かいる…それを直観してとうとう一大犯罪シンジケートを根こそぎ暴き、警察に手下たちを根こそぎ逮捕、裁判に追い立てたのがかのシャーロック・ホー…すみません実話ではなくてフィクションです。光と影の関係にあるこの二人がその後どうなったかは、原作小説にあたってください。私が追うほうの教授はすでに故人ですので、ご本人が私の仕事部屋に現れて「身を引く方がよろしかろう」とか最後の警告をするなんてことはないと思います。


「そういうわけでワトソンくん、彼の仕掛けたトリックを、ひとつひとつ堪能していこうじゃないか、弔いのつもりで」(声 : 露口茂)


「金かえせー!」 ナンチャッテ 


つづく

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