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坂本龍一「Before Long」を分析しよう(その2)
これはある楽曲分析本にあった「Before Long」の分析図です。
![](https://assets.st-note.com/img/1688760155170-AP1rGRUXq0.png?width=1200)
今見ると「ぜんぜんちがーう!」な分析です。
おかしな数学答案を読まされている気になります。
私の手でドレミを書き入れたものがこれ。
![](https://assets.st-note.com/img/1688760209570-QvL3K1dS2R.png?width=1200)
前回の分析ですでに最初の小節については語ったので、今回は二つ目の小節からいきます。
そうそう前回説明しておくべきだったことがらについて触れておきます。この楽曲パート、四声の和声っぽいですね。こういうの見たことありませんか。合唱曲の基本。
![](https://assets.st-note.com/img/1688760620390-VF7ERyrbls.png)
器楽曲でもこういうのあります。弦楽四重奏曲(カルテット)。こんな感じ。
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「Before Long」はピアノ曲なのだけど、クラシック音楽の基礎であるところの四声っぽいのです。
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芸大作曲科の入試に向けて、高3のときこういうおけいこを延々やらされたと自叙伝で振り返っていましたこの作曲者。入試数学の問題を解くために、普段から解法をいっぱい頭に仕込んでおくという、あの感じ。
長い前振りはこのあたりで切り上げて、分析にかかりましょう。おさらい用に、自動演奏動画を再度見ていただいて…
今回は以下の部分からスタート。
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四声としてじーっと眺めていると、何かが見えてきます。
すべて黒鍵の音だなーって。
この曲は、譜面上はAマイナー調(かCメジャー調)なので白鍵がマジョリティつまり白い世界が広がる。そこに黒鍵がぽつんぽつんと数を増やしていくという、白人の国に肌の濃いひとたちがだんだん増えていくような感じの作りです。
緑でマークした上の部分に至っては、四声すべてが黒鍵です。鍵盤図でいうと、以下の4つ。
![](https://assets.st-note.com/img/1688761951858-vu5FBnyeJp.png?width=1200)
多少音楽理論の心得がある方なら、これを見て、何の調だろうと考えたくなるでしょう。私も最初そういう風に思いました。しかしながら作曲者はおそらくそんな風にはいっさい考えていなくて、違う計算をしています。
以下のように、緑マーク①では四声すべてが黒鍵、それが緑マーク②では黒鍵がひとつ減って三つに、③では二つに減る… この工夫にこそ、作曲者の真意があったとみます。
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続く④で、黒鍵は一つになってしまいます。「ファ♯」。どうしてこの音が最後に残るのか、わかるでしょうか?
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この「ファ♯」は旋律側の音階の音だからですよ。Gメジャー音階における⑦の音! この曲が譜面上はCメジャー調なんだけど旋律はGメジャー調な作りであることを、ここでちらっと種明かししているのです。ロングスカートがひるがえるとき生足がちらっと見えるようなエロス。
時を少しばかり戻してみましょう。下の楽譜の、緑マーク箇所③では「ファ♯」のほかにもうひとつ黒鍵音「ソ♯」が確認できます。つまり③で「ファ♯」「ソ♯」の二黒鍵が鳴って、④で「ファ♯」のみ生き残るよう設計されています。どうして③で「ソ♯」が「ファ♯」の相棒として選ばれているのか、わかるかな?
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Aのメロディック・マイナー音階における⑥と⑦の音だとこじつけるためですよ。Cメジャー調の平行調ということで違和なく耳に入ってきます。
それが続く緑の括り④で「ソ♯」が消えて「ファ♯」のみが残りますね。全体としてはCメジャー調なんだけど旋律はGメジャー調という、この曲の真の構造に着地しているのです。ロングスカートから生足ちらりの技とともに。
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いいですか頭から再度見ていきますよ。緑の括り①で四声すべてが黒鍵音、それが②では二つに減っています。②で鳴る「ミ♭」と「ラ♭」は①でも鳴った音です。黒鍵音です。念押ししておきます。
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面白いのは、②で「ラ♭」と表記されている黒鍵音が、③では「ソ♯」表記になってしまうことです。同じ音なのだから「ラ♭」のままでもいいのに「ソ♯」表記です。こうしないといけない理由があります。「ファ♯」「ソ♯」として③の黒鍵音を表記しないと、この二つの音がAのメロディックマイナー音階の⑥と⑦の音であると理屈付けができないからです。この理屈付けのおかげで緑の括り④においても黒鍵音「ソ♭」を「ファ♯」と表記できる、つまりGメジャー音階における⑦の音だと(さりげなく)アピールできるのです。
そうそう、緑の括り①における四声で「レ♭」の音が選ばれなかったのは、特に理由はないと考えます。五種類の黒鍵から四声を選ぶにあたっては、ひとつどうしても黒鍵が余ってしまうのです。続く緑の括り②で旋律「ソ ↗ レ」とニアミスしないよう「レ♭」が避けられたのでしょう。
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緑の括り①で四種類の黒鍵が選ばれ、括り②でそれが二種類に絞られ、括り③で「♭」から「♯」へ表記を切り替えるために「ラ♭」が「ソ♯」として続投しつつ「ミ♭」は退場し、入れ替わりに「ミ♭」が「ファ♯」として再登板… こうやってことばで説明するとわけがわからなくなるけれど、実際に鍵盤に指を置いてみて考えれば「なあんだ」とすぐ呑みこめる、そういう技がこの①→②→③→④の進行を支えているのです。
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