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天才ディラック(24歳)の1926年論文を解読するのだ・最終節その1

ああやっと最終節に進めます。前節についてはこちら⇩


「[ディラックは]変なことをする天才である.彼の論理は非常に危うくて大胆だが間違っちゃいない,というので,『アクロバティック(曲芸)・ディラック』という異名を取るほどだ」そうです。

Acrobatic Dirac で検索したら一件しかヒットしませんでしたが、彼の論理は非常に危うくて大胆だが間違っちゃいないという表現は私のツボに入ったので紹介しておきます。

ディラック論文(1926年8月)の最終節(第5節)も、第4節に引き続きアインシュタインの研究を強く意識した内容となっています。

1916年1月に受理された、この研究です。

アルくんは一か所、論証不足と分かりつつ、いちおう山頂にまで登り切った研究です。

ポールくんはその論証不足の部分を、補う研究を、今回取り上げる論文の最終節で行ったのであります。

どんな内容かというと、ざっと言うならば…

外部からの摂動(例えば、電磁場)が時間とともに任意に変化する場合の原子系の挙動について、です。


要点は五つに絞れます。

  1.  無摂動系の波動方程式: 無摂動系の波動方程式は $${(H - W)ψ = 0}$$ で、一般解は $${ψ = ∑ c_n ϕ_n}$$ の形である。

  2.  摂動の導入: 時間 $${t_0}$$ から摂動が加わり、摂動された系の波動方程式は $${(H - W + A)ψ = 0}$$ になる。摂動項 𝐴 の影響で、解は $${ψ = ∑ a_n(t) ψ_n}$$ となる。

  3.  摂動の影響: 摂動がある場合の原子数の変化を評価するために、摂動項 $${A}$$ を具体的な形(例えば、電磁場の影響)で展開し、時間に対する $${a_n(t)}$$ の変化を調べる。

  4.   遷移確率の計算: ある状態から別の状態への遷移確率を求めるために、摂動によるエネルギーの変化を考慮し、最終的には遷移確率を表す式を導出す。これにより、遷移によって原子数がどのように変化するかがわかる。

  5.  平均化の影響: 原子の初期位相を平均化することで得られる結果と、初期位相が物理的に重要であることを示す。特に、原子が最初にどの状態にあるかによって、遷移確率に影響を与えることが示される。


「なげーよ!」 そうですか、要は…

摂動が原子系に与える影響を解析し、特に遷移確率が摂動の特性(例えば、電磁場の振幅や周波数)に依存することを示しているのであります。

ここ、アインシュタインが1916年論文で果たせなかった作業でもあります。

以下はポールくんの論文第5節すなわち最終節の冒頭部分です。

何か式がありますね。なんだと思いますか?


$${H}$$ はハミルトニアン(つまりこの系のエネルギー総量)で $${W}$$ はポテンシャルのエネルギー。中学理科で学ぶ位置エネルギーにあたるものと思えばいいです。(厳密にはポテンシャルエネルギーの一例として位置エネルギーがあるわけですが、細かいこたぁいいんだよということでよろしく)

ψ はいうまでもなく波動関数です。シュレディンガー方程式の解であるところの波動関数。

同方程式には「時間に依存するもの」と「しないもの」の二つがあります。ここに出てくる ψ は、文脈からして後者ですね。


この ψ は定常状態の波動関数を表しているわけだから、線型結合が成り立ちます。$${ψ = ∑ₙ cₙ ψₙ}$$ と。 

$${c_n}$$ はいうまでもなく定数です。 $${ψ = ∑ₙ cₙ ψₙ}$$ の右辺にある $${ψ_n}$$ は行列となります。それもエルミート行列でないといけません。

エルミート行列って何かというと…各成分が複素数であっても固有値は必ず実数になる行列です。「なんやねんそれ?」という方は、線形代数(というか行列)が複素数を扱うときの基本かつ重要な事項だと、割り切って話にお付き合いください。

ここまでが、摂動のない状態についての議論でした。ここから摂動の導入にポールくん24歳はかかります。つづく⇩


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