すれ違う2人
ある夏の日の話です。夏の日差しに肌を焼かれ、意識が遠のくような感覚と戦いながら、コンビニへと歩いていきました。
店内に足を踏み入れると、冷蔵庫を開けた時のような、効きすぎた冷房の風が全身に染み渡ってきました。
「いらっしゃいませ!」と、気持ちの良いおばあちゃん店員の挨拶が耳を包み込みます。天真爛漫な笑顔が、明るい店内をより明るくします。
僕は店員さんに軽く会釈を返すと、プリンターでレポートを印刷するため、USBメモリーを接続し、「印刷」のボタンを押しました。
しかし、レポートは印刷されず、「用紙を入れてください」
というアナウンスが流れました。
ちょうどレジには人が並んでおらず、おばあちゃん店員も暇そうにしていたので、愛想良く感じさせるための笑顔を浮かべつつ、声をかけました。
「すみません。紙ないんで、とってきてもらっていいですか」
するとどういうわけか、おばあちゃん店員の表情が一変しました。さっきの無垢な笑顔はどこへやら、顔全体の筋肉が強張り、顔色はインクで塗ったように青ざめてしまいました。
「大変失礼致しました!すぐにお持ちいたします!本当にすみません!」
おばあちゃんはバックヤードへと駆け抜けていきました。到底おばあちゃんとは思えない、力強い走りです。
自分としては精一杯、愛想の良い笑顔を作ったはずが、威圧してしまったようで、少し申し訳ない気持ちが芽生えてしまいました。
ブーン。携帯電話が振動し、そちらに目を移すとすぐに、ドタドタドタ。
物凄く大きな気配を感じました。おばあちゃんが息を切らしながら、
用紙をとってきてくれたようです。
「お客様!本当に失礼致しました!」
お年寄りをこんなに走らせて申し訳ない。こちらからも謝ろうと、おばあちゃんに視線をやると、とんでもなく滑稽な光景が待っていました。
おばあちゃんが両手に抱えていたのは、2ロールのトイレットペーパーでした。
ちゃうやん。紙とは言ったけども、そっちやないやん。わかるやん。
そもそも、仮にそっちの紙やとして、なんで俺平然とズボン履いてんねん。
大変気まずいですが、勘違いを指摘して、早くおばあちゃんをこの滑稽な姿から救ってあげなければなりません。
「すみません、コピー用紙って意味やったんですけど」
指摘されたおばあちゃんは、今度は顔を真っ赤にして、トイレットペーパーを握りしめ、バックヤードへと全力疾走していきました。
それと同時に入ってきた若い男女のカップルが、訝しげな表情を浮かべたのは、効きすぎた冷房のせいではないということは、言うまでもない話です。
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