principio.
むかしむかしあるところに、ちいさな村がありました。
その村では、皆がしあわせに暮らしていました。
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その村は、努力ができる者たちが集って、つくった村でした。
周りは山に囲まれ、清い水がありました。
ひとびとは、動物をつかまえたり、野菜やくだものを作ったりして生活していました。
村にはひとりの、ふしぎな力をもった少女がいました。
その少女はふしぎな力を使って《精霊(トーリエ)》と話ができたので、村人たちから《精霊の使い(スリータ)》として、あがめられていました。
しかし少女自身は、じぶんは特別な存在だとか、そういったことはまったく考えたこともありません。
なので、彼女は、どこにでもいる少女と同じような服を着、同じようなものを食べ、同じように働いて生活していました。
その村にある日、村の外からひとがやってきました。
彼らはその村に住む人々の質素な暮らしに、たいへん驚きました。
「今時、まだこんな村があったのか。外はもう、“便利なもの”があふれているのに」
村人たちも、村の外からきたひとたちを見て、驚きました。
「なんだ、あの人たちが持っているものは。あんなものは見たことがない」
外から来た彼らは、村人たちの知らない“便利なもの”を持っていました。
物珍しさに集まった村人たちは、一体この村に何をしに来たのか、彼らに尋ねました。
すると彼らは、道に迷ったのだと言いました。
そして、一晩この村に泊めてくれるようにと頼みました。
《精霊の使い》とあがめられる少女が彼らを受け入れたので、村人たちは彼らを快く受け入れました。
その夜、彼らと村人たちは、お互いに自分たちがどういった生活をしているのか、話して聞かせました。
そして村人たちは、村の外には“便利なもの”がたくさんあって、
それによって生活がとても楽だという、まるで夢のような話を聞きました。
村人たちがあまりに喜んだので、彼らは、自分たちが今、持っている“便利なもの”を彼らに与えました。
翌朝、彼らは村人たちに道を聞き、礼を言って、村を去って行きました。
外から来た彼らがもたらしたものは、村人たちの生活をずいぶんと楽に、豊かにしました。
村人皆はしばらくの間、以前よりももっとしあわせに暮らしました。
そうして季節が一めぐりする頃、以前やってきた、村の外のひとが
また新たな“便利なもの”を手に、村へやってきました。
もちろん、彼らは迷ったのではありません。
また、この村人たちに“便利なもの”をもたらしに来たのです。
しかし村人たちは、“便利なもの”の恩恵に与ろうとしすぎたあまり
《精霊の使い》にうかがいを立てるのを忘れてしまいました。
少女には、嫌な予感がしていました。
そして、その予感は当たってしまったのです。
村の外の彼らがもたらしたのは、“便利なもの”ではあるけれども、同時にとても悪いものだったのです。
それによって、村ではとてもよくないことが起きました。
その日一晩のうちに、様々な災いが降りかかりました。
以前は、素直で疑うことを知らなかった村人たちでしたが、今では疑い深くなり、平気で悪事をはたらくようになりました。
少女はとても悲しみました。
すると、少女のもとに《精霊》がやってきて、悲しむ少女を見て、言いました。
《わたしは、この世界をやり直すことにする》
少女はとても驚きました。
何故ですか、と少女は尋ねました。
《お前が見ているこの村の光景すら、村の外に比べればまだ、やさしいものだ》
それを聞いて、少女は全てを受け入れようとしました。
しかし、それを見た《精霊》は言いました。
《なにもあきらめることはない。我々は一度滅びを迎えるが、その度に
以前の記憶を受け継いだまま、代わりの世界へとまた戻り、
全く同じ瞬間にまた滅びが訪れる。
その前に、我々一人一人が犯した過ちを少しずつ直していけば
いつか『滅びのない世界』がやって来るかも知れぬ。
それは、これから全て起こる。お前はそれを、村の者たちに伝えておいで》
少女は、何もかもを言われたとおりにしました。
そして世界は一度滅び、一瞬なにも分からなくなったかと思うと
次の瞬間には、世界が終わるすこし前へと戻っていました。
村人たちは前の記憶を受け継いでいるので、これからどうなっていくのか、手に取るように分かっていました。
中には、この先のことを悲しんで、すでにあきらめてしまっている村人もいました。
そんな村人を見た少女は、村人たちをはげましました。
「《精霊》さまは、わたしたちに何度でもやり直せる機会を与えてくださるのだもの。いつかきっと、滅びてしまう未来を乗りこえることができるわ」
少女によってはげまされた村人たちは、以前のように“便利なもの”に頼りすぎず、
一日一日をたいせつにしながら生活していました。
しかし、少女のはげましが、心に届かぬ村人もいたのです。
その村人たちは、すべてをあきらめきってしまっていました。
そして、二度目の滅びの瞬間がとうとう訪れ、誰もがおそれおののいていました。
その瞬間、滅びは訪れませんでした。
村人たちがどんなに喜んだことか、おわかり頂けるでしょう。
しかし、それは不意に訪れました。
その瞬間に滅びが訪れることはありませんでしたが、
少しの間、滅びをまぬかれただけだったのでした。
気づくと、だれもがまた、世界が滅ぶすこし前に戻っていました。
少女はまた皆をはげましましたが、少女のことばが心に届いたものは、前の世界より少なくなっていました。
少女自身はまだ未来を信じていましたが
だれもが未来をあきらめ、かえって悪事をはたらくようになりました。
少女が悲しんでいると、また《精霊》がやってきました。少女は《精霊》に尋ねました。
「《精霊》さま、なぜ、このようなむごいことを繰り返されるのですか」
《精霊》は、少女の問いに答えました。
《わたしとて、好きでこのようなことをしているわけではない。
おまえたちは滅びをおそれているだろう。ならば、滅びが訪れぬようになるまで、この世界を終わらせてしまいたくはない》
「確かに滅びはおそろしいでしょう。けれど、どうせ訪れてしまうのなら一度で終わる方が、慈悲であるとは思いませんか」
《しかし、おまえたちは今、生きたいとつよく願っているだろう。ならばなぜ、その願いをかなえようとせぬのだ?》
「与えられた日があまりに短いからでございます。それなら新たな世で、新しい心を持ち、正しき道を歩む方が望ましいのではないか、と私は思います」
《それはならぬのだ。悪事をなさぬ者しか連れてゆくことはできぬ。それゆえわたしは、この世を正そうとしたのだ》
「それならば、与えてくださる日を増やしてくだされば、より多くの過ちを正すことができるかと存じます」
《それも、ならぬ。最初に与えた日が、一番長いものだったのだ》
「それならば、もうだれも《精霊》さまの仰るような新しい世に生まれることは、できないのですね」
《いや、それはちがう。まだおまえは悪に染まってはいない。おまえだけならば、連れてゆくことができる》
「ならばわたしだけでも、連れていってください。それをあなたがお望みならば」
《もちろん。ほんとうは皆を連れて、行きたかったのだがな》
《精霊》はほんとうに、残念そうに言いました。
少女には、《精霊》が無慈悲なだけの存在ではないとわかりました。
そこで少女は、《精霊》に尋ねました。
「《精霊》さま。ひとつお願いがございます」
《村人たちの代わりに、おまえの望むものはかなえてやろう》
「では、わたしに翼をください。今度は地に堕ちることのないように、空へ高く飛べるように」
《よろしい、おまえには翼をやろう。お前の願ったとおりに、自由に空をめざせるように…》
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