ちょっと待って。熟慮。

6000文字の文章になった。すんません。長いですね。


それって今、他人の手を止めてまでさせること?


やれって言われたから。あーだからこーだから。理由と正義はあっても世の中はピタゴラスイッチ。一度スイッチを入れてしまえば、あとはドミノ倒しが基本。運でそうならない時がたまーにあるだけ。だからよく考えないと。


まずは熟慮。先がどうなるかを考えずに行動を起こすと、それは良くないと判断したオレみたいな人に止められて、自分の気分を害する。制止されたことを『あ、そうですか。なら任せます』とサッと引ける性格ならいいけど、『あとは知らん』と無責任になったり、今じゃなきゃダメなんだ!後悔するがいい!とチームや家族、メンバーの『失敗』をのぞむようようになったり、またそんな自分を自己嫌悪してしまうようなら『よく考える』をした方がいい。


この熟慮ができない虫に限って『熟慮してない虫』をバカにして虫の『今行動しなかったがゆえの失敗』に嫌気がさしたりそのミスに巻き込まれてため息ついてる。


オレからしたら『どっちもどっち』なんよね。『その時にかしこかった方』がかしこくなかった虫を笑い、バカにして、かしこくなかった方は理由と正義でたてつく。そんな無意味な争いばかり。


ご存知のとおり、かしこい時とかしこくない時は入れ替わる。自分でもイケてる時とイケてない時はあるでしょ?熟慮してない虫たちは『運ゲー』をしている。たまたま勝てる時に相手にダメージ、負荷を与えて勝って、負けてる時に負けてない部分もあると、その行動をした理由と正義で言い訳する。


熟慮してる人は皆勝った時は『運』が良かった、負けた時は何も言わずに『反省』。そして勝っても負けても次の『熟慮』に入ってます。『運』の存在を認めながら、でも『運に振り回されない』人生を送ろうとしてます。


今日も1人に対して指摘しました。大したことではないことで皆の手を最悪のタイミングで止めてしまったことで良くないことが起こったのです。指摘されてすぐさま『あ、しまった考えてなかった』と反省して次に活かすルートと『それでも仕方なかった。確かに良くないことが起きたけど怒られるほどの良くないことが起きたとはいえない。あのタイミングで言った、言わざるを得なかった正義はちゃんとある』と反省をなかばで切り上げ、自分の理由と正義を繰り返し思って、それでも起きたことに対して説明がつくには足りない部分を『あいつがもっとこうしてくれたら良かった』『あの人がもっと…』と『周りの悪』を意識するルートに入るか…。


1つの指摘、1つの出来事でAとBのルートの違い、差、わかりますか。たったの一年でも経てば、雲泥の差になります。状況を感情なしで見据えた人と感情込み込みで正義と理由にとらわれる差です。


世の中なんでも正しいし、正義はいくらでも見つかるし、賢者なんて存在しないから相手に悪も必ず見つかります。正義と悪は無限に存在します。その無限に存在し、左前方にある正義に誘導され右に現れた悪を意識してしまう。そんなだから目標に向かって『真っ直ぐ』歩くことができない。そんな熟慮してない状態で『こうなるとは思っていなかった』というのはもう『あれ?コントか何かしてるのかな?』です。


あれ?今『真っ直ぐ歩かなくても良い』『真っ直ぐ歩けない時もあるだろう』という『正義』を見つけちゃいました?そして『さんぼんか何か知らないけど、じゃあアンタは真っ直ぐ歩けてるのかよ!』って『悪』を見つけちゃいました?熟慮ができてる人は同じようなこと思っても思ったことをそのまま言うということをしません。熟慮ができない虫はすぐに自分の正義と自分の悪を見つけ出しすぐ言っちゃいます。思考するとすぐに、そして常に、『正義』か『悪』が出てきてそれ以上のことが考えられなくなります。それ以上のことを考えてもすぐにまた『正義』と『悪』が出てきます。この『すぐに正義と悪が出てくる話』も正義が悪かで考えてしまってずっと正義と悪に振り回されます。振り回されるのがイライラするから『さんぼんは悪』と見なします。


こういう今ぼくが書いてる『個人の感想』の文章、熟慮してる人はどう読むかというと『抽出』『取捨選択』です。


丸っと真に受けない。いるところいらないところを分けて読んでます。同意できるところ、同意できないこと、この人はどういう人でなぜこんなことをつぶやいてるんだろう。読みづらい、読みやすい。なぜ自分は読みやすいと感じたんだろう。段落?話の順序?似たような経験をちょうどこの前したから?読みにくいのはなぜ?なにも感じないのはなぜ?文章が長いな。自分ならどんな書き方をする?


状況判断。とにかく状況をとらえます。この指摘一回、文章1文で様ざまなことを考えます。一年も経てば虫と差が明確になるのは同然です。


ぼくは世の中ピタゴラスイッチだと思ってます。きっかけは様々でも1つの行動がドミノ倒しを生んでると思ってます。良くない状況を『悪』だと思い、良くなると思ってやったことは『正義』だと思ってる『虫』ほど運ゲーを行おこなって、良かった結果の時に『空っぽの自信』をつけ、『空っぽの威厳』を手にしてしまい10年後に空っぽの自分に気がつく『コント』を行い、悪かった結果が起きた時に『言ってたのに』『やってたのに』『思ってたのに』と理由と正義をすぐ口にして10年かけて少しずつ失っていく『信頼』に気がつきません。気がつかなかった振りをして10年後になげきます。逆ギレしてあいつが、あの人がと『周りの悪』をまた口にします。


これは『状況』です。良いも悪いもないただの『状況』。リトマス試験紙を酸性につけると赤くなるというただの状況。そうなるということができないのならそれは『運』が存在してるから。そうならないパターンも存在してるから混乱するのです。


急ぐと事故る。事故りますよね?それが『人』の世界。虫には事故らないパターンが存在しているので『運ゲー』。すなわち急ぎます。


最初に戻ります。急がなければならなかった理由と急がないといけないと思った正義。アイツが、あの人が~してくれていたらという周りの悪。しかし自分にも落ち度があるという悪。でも仕方がなかったという正義。正義と悪に振り回される虫ですか?


次に活かそうとした正義をまたつかんでしまって繰り返しますか?


ぼくの文章が読みにくい読みやすいの部分で出てきたたくさんの『?』の数くらいのハテナで状況を把握することに努めて次に活かせる『人』ですか?


今、あなたが会社員なり家族なり何かのチームに所属していて、かつ、『自分で何もかもを決定できるチーム』ではない限り『人』であることを求められます。


逆に熟慮できない『虫』はチームから追い出されたり、もしくは自ら群れに混ざることなく個人で決めるリーダーになる方がいい。


『虫』は『みんなでやろう』としないこと。向いてません。運ゲーなのでチームに所属していても独りでやった方が良いです。運ゲーなのでぼくみたいな人間に出くわした途端、チームから追い出されます。みんなでやろうとしないこと。『違うだろハゲー!』と言える、言いなりの部下、言いなりの彼女彼氏を作った方がいい。かしこい虫はみーんなそうしてます。かしこい虫はみーんかそうして『条件の良い運ゲー』をしてます。


熟慮ができるチームには俗に言うリーダーみたいなものが存在しません。それぞれがお互いに指摘しあってみんなが『我慢しきれるくらいのある程度の負荷』を抱えながら状況を判断し進んでいきます。お金が欲しかったり、楽しくやりたかったり。その時々の状況をとらえながら進んでいきます。


だからこそ虫はそんなチームを『マネ』したがるんですよね。熟慮もせずに。なぜ?を解明しようとせずに。


解明できたとあの時は思ったといい正義を手にしてしまったりしてチームの中をぐちゃぐちゃにしていきます。メンバーに過剰な負荷を与える年上。リーダー。負荷を与えても正しいという正義の演説。面白くない話。そういう話は『違うだろハーゲー』と言える人に話さないと。ぼくみたいな人間に出くわすとチームから追い出されます。


追い出そうとしたらもちろん歯向かってきますよ。でも追い出されます。なぜ追い出されるのだろう?なぜこんか強気なんだろう?なぜ?どんな方法?嘘?強がり?たくさんの『?』を思考することができず、『たくさん思考した』という正義をすぐつかみ、熟慮せずチーム内に負荷を与え続け、『気がつかなかった』という正義を手にする。


若いころに横山光輝のマンガ三國志を読んでいて、相手にバカにされてカッとなって誘い込まれてワナにはめられる武将が次から次に出てきて、『紀元前の人はみんな単純だったんだな』と子供ながらに思ってたけど、大人になって今の世界でもそういう人の多いこと多いこと。ああ、『虫の人』が突っ込んでいってるだけで『人』が『虫』に『正義』を与えて突っ込ませたり誘い込んだりしてるだけなんだなと思った。


かしこいこのは正義ではないですよ。悪でもないです。世の中ピタゴラスイッチです。運が存在してるから理解できないだけで止めなければ止まらないし、押さないと倒れません。急ぐと事故ります。事故りますよね?急がないといけない正義、急がせないといけない正義、自分をそうさせた周りの悪、からの自己嫌悪。ピタゴラスイッチ。ドミノ倒し。定番。何回も繰り返す。人なら熟慮。経験。試行錯誤。ダメだと思ったら正義悪関係なくすぐ止める。最短での成功を目指す。虫なら群れから自ら抜けることを考えて、よりよい状況での運ゲーを目指した方がいい。


『自分は人側だな』と思う人は虫のことはバカにすることはしないこと。そういうモノだとちゃんと把握すること。把握してピタゴラスイッチの『部品』としてしっかり扱えるようになること。虫には『思考』は一切求めずに『作業』を求めること。


思ったとおりに動かない虫は単純に『アナタの指示ミス』です。指示の仕方に工夫に工夫を積み重ねていって下さい。


ぼくは虫に敬語を使います。虫に『すいませんでした』とちゃんと頭を下げて反省して次に活かします。虫が引っかかるであろう場所を先回りして解除しておきます。手伝う時間も込みで予定を立て、時間がない時は1人でやってと前もって告げます。1人でできたら『すごいっすね』『さすがっすね』『お手をわずらわせてごめんなさい』『次からはしっかりしますね』と頭下げます。


これら全て『指示の仕方』です。


わかりますか?アナタの目の前に立ってる虫は『大人』ではなく『7才の甥っ子』です。


男女関わらず虫ってみんな『7才の甥っ子』なのです。知能が発達してないチャットGPTなのです。男女関わらず。虫はみんな。覚えたばかりの『ぼくの正義』を口にし、『ママの悪かったところ』を口にし、育ち始めたプライドが『ママにしてほしかった』という泣き言を言うことをためらわせ、ママがする『べき』と言い換える。


Twitterには甥っ子がたくさんいてみんな『ママ』に泣き言を言って、甥っ子たちで会議し、自分の理想のママである他人の『ママ』を褒め称えてます。昔は一般の人も混ざってたのですが今は人は減り人は沈黙に入り、とても良い教科書になりつつあります。


何を嘆いて悪として、何を褒め称え何を正義とするのかとても学びになる虫の教科書。青森で生まれても東京で生まれても広島で生まれても虫はみんな同じ思考、動きをします。


虫ってバカですか?みんなアナタよりも劣ってます?そんなことないですよね。みんなアナタやぼくも持ってない羨ましくなるくらいの能力を持ってる部分があります。


考えない分、行動力、行動の量がすごかったり、すぐさま動く。周りは忖度イエスマンばかりなので裸の王さまなのに気がついてないからアナタやぼくよりよっぽど『幸せ』です。実際『しあわせ』というのは『大した調整もなく楽しめてる』という状況を指してるとぼくは思ってるのでちゃんと尊敬。なんだったらぼくはそういう虫のとある部分をマネしたりしてます。抽出。バカにしない。ただただそういう『状況』なんだということを把握することが大事。


先ほどぼくは虫にちゃんとあやまる、虫にちゃんと気を遣う、甥っ子として丁寧に扱うとお話しましたが、毎回やってると当たり前ですが疲れます。邪魔です。だからちゃんと虫はチームから追い出しています。ちゃんと虫が『入ってこない』ようにしています。だから今は『我慢できる程度の負荷』に全然収まっているので楽です。


どの様な大人が『甥っ子』なのか『虫』なのかを状況から『把握』をして次に活かしてるからです。虫をバカにしてないからです。ただただそういう部品に『成り得る』と経験してその経験を活かしてるから良い状況に『今』なっている『だけ』という状況です。


バカもかしこいもありません。これが正しい悪いもありません。今そういう状況って『だけ』です。


でも『虫』に振り回された時期はぼくにももちろんあったし、今そういう虫に振り回されてる人もたくさん見かけていて、またそういう虫に振り回されすぎたがゆえに放棄し、今、虫と同じ行動を取り、虫と同じように正義に触れ、悪にイライラさせられて、虫に変化しようとしてる人もいるので『もったいないな』と思うことがあります。


『でも!!わかってても仕方がないのよ!じゃあどうすれば良いのよ!』


『ああ、そうですか』


『……熟慮しろよ。』……ってな話です。


答えはいつも『抽象』『あやふや』です。逆に『抽象』『あやふや』なら『それが正解』だと言っても過言ではないです。全然言い過ぎじゃないです。『人』は『良くわからないまま』進んでます。秘訣を聞かれても言葉にできない。無理やり言葉にしようとするとこの様に『無駄に長い文章のような気がする文章』になります。だから先ほど述べましたよね『今』そのような『状況』『ってだけ』の話だと。答えはいつも『あやふや』。

大丈夫ですか?『具体的な正解』、を求めるのは『虫』の大きな特徴の1つです。

逆に具体的な話と正義を植え付けることができたら虫は集められる。それをらいてぃんぐでおこない、動画でぶらんでぃんぐし、でぃんぐいんぐしてたら集客できるよってのはまたいつかの話で。

集客ってそんなに上手くいくもんかね?って思いません?あれ、集める対象が『虫』なんスよ。『人』相手じゃあんなに上手くいきません。『人』はいらないものにお金使いませんもん。つぶやきも書き込みもせずに『オフ』ラインサロンでのんびりしてますよ。でも『虫』相手なら、…ね。

ではまた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?