掌篇小説|海水浴(ごっこ)
水水水水氷水水水水
かっちー
灼けつく真夏の光が、目眩をおこさせる眩さで射している。ウッドデッキには、まあまあ大きめのビニールプールが据えられ、何人かの幼い子どもが水遊びをしている。大人も一緒で。はしゃぐ声と跳ねる水の音。
旧国道沿いにある、コーヒースタンドのあるセレクトショップでは、夏休みの企画として、海の家をテーマに店内をディスプレイし、ウッドデッキにビニールプールとハンモック、店前の駐車場には、ブルーシートの上に白い砂を敷いて、ビーチパラソルを設置していた。
それから、カフェのカウンターに置かれた、『カキ氷はじめました🍧』のポップ。
「氷だけ食べて、すぐ帰るの?」と、カウンターの向こうから本宮はいい、共通の友だちの名前を挙げて「そろそろ、子どもを連れて来るよ」
「映画祭に行くって、この前いったじゃん」と、わたしはあえて無造作な口調で。「あと、実は夕べ、晩ご飯を食べさせてもらったんだよね、お家で。子ども、可愛かった。人懐っこくて」
「これも、どうぞ」と、彼が氷水の入ったグラスを差し出した。「氷を食べて頭が痛くなったら、これでおでこを冷やすと、すぐ治るから」
「そうなんだ。どうもありがとう」
映画祭について本宮と話をしたのは、正確には3日前の水曜日。仕事の帰りにチェーン店のカフェに寄ると、彼も友だち兼仕事のパートナーと来ていた。最初に気がついたのは、その男友だちだった。手招きされるまま、わたしは同じテーブルに坐った。
「ねえねえ、おれってさあ」と、本宮が身を乗り出すように「これから、どうしたらいいと思う?」
「どうって?」
わたしは、彼のいつもと違うところに気がついた。
「今まで通りじゃ、まずいことでも?」
「正直、辛いばっかしでさあ」と、本宮は軽薄さの混ざったわらい方をしながら、「皆に褒められるから、頑張ってるけど、もともとデザインとか大好きって訳でもないし、充実感もないっていうか」
彼らは専門学校の同級生で、一昨年、洋服のブランドを立ち上げたばかりだ。
「辞めずに、続けてほしいかな。少なくとも、あたしはね」
彼らの洋服が置いてあるセレクトショップに初めて行ったのは、1年半くらい前のこと。当時つきあっていたひとに、遊び仲間の知り合いが服を作っていて、好きそうな感じだし一緒に見に行こう、と誘われて、お店に寄ったのだった。
その時、本宮がお店にいたのか、覚えていない。友人のような、常連のような男の子たちが溜まっていて。
でも、その時に買ったTシャツは、今でも大切に着ている。身ごろはTシャツだけれど、袖はポルカドットの、ブロードのシャツみたいで、とても可愛い。
ネル素材のシャツに、チュールのスカートの広がるワンピースとか、異素材を合わせたものが多く、そのようなデザインなのに子どもっぽくならず、洗練されていて、本当にとても気に入ったのだった。
そうして、お店に足を運ぶうちに、本宮と親しくなっていった。彼の佇まいや洒脱さは、奇妙にひとの心を惹き、ファンを公言する女の子も大勢いた。
「シャツの袖のTシャツ、復刻版でまた作ってよ。首周りとか、まだ伸びてはないけど、新しいのが欲しい」
「異素材シリーズ、女子受けがいいんだよね」と、男友だちが席を立った。「コーヒーのおかわり買いに行くけど、ついでに何かほしいものある?」
彼の隣に腰をおろしていたわたしも、椅子から立ちあがった。
「ちょっと寒いから、おれはブレンドコーヒー」
「あたしは大丈夫。ありがとう」
「せっかくだから、奢ってもらったらいいじゃん。あと、彼女に桃のパンケーキね」
ひとつ席をつめ、わたしは本宮の正面に坐った。その日の彼は、めずらしく、ほんの少しヒゲが伸びていて、プライベートな姿を見たようで、わたしをちょっと動揺させていた。
彼の将来についてお喋りし(もっとも、あたしに全部の本音を晒すわけはないのだけれど)、セレクトショップでの、土曜日のイベントの話題になった。
「来るんでしょう?」
「どうかなあ?」
本宮は、あたしをまっすぐ見つめていた。深く見つめあっていた(はずだ)。
「ブニュエルの映画祭があるんだよね。メキシコ時代の『昇天峠』と『ビリディアナ』、見逃せない」
「何をいってるのか、ぜんぜん分からない」
頬杖をついた、彼の、穏やかな笑顔。あたしはひきこまれ、無防備な側の頬に腕を伸ばした。揃えて折りまげた指の背で、触れようとした瞬間、我に返った。
階段を登って来る、男友だちの足音が、背後に聞こえたので。
あたしは振りむき、おかえり、といった。ちゃんと、平静にふるまえていたと思う。
あの時、彼の頬に触れていたとしても、あたしたちの関係に、変化はないだろう。だけど、とにかく、彼は近よせたあたしの手を拒まなかったのだ。
正直なところ、あたしはカキ氷を食べて、頭が痛くなったことはない。食べるのが、遅いからかもしれないが。
「とりあえず、氷水でも飲む?」と、カウンターの本宮が訊く。
あたしにではなく、到着した彼女にむかってだ。
「麦茶がいい。冷たーいの」
ずっと年下の、小柄で華奢な、可愛らしい、K-POPのガールズグループが好きで、しょっちゅう2人でテーマパークに通っているとかいう、ナースの、本宮の彼女。
彼女は、あたしにも気さくに明るい挨拶をした。
「カキ氷も冷たくて美味しいよ」と、本宮がいうと、
「カキ氷って、結局は冷たい水じゃん」と、彼女はあっさりいってのけた。
「シロップの抹茶、けっこういいの使ってるんだよ」
「いいから、いいから、早く麦茶!」
本宮の、どこにこんなにまで惹かれるのか、自分でも不思議なほどだ。それでも、彼女に取って代わりたいとは思わない(彼女が、ふさわしいとも、思ってはいない。酷いかもしれないけど)。でも、ブニュエルより彼が好きだ。もっと、ずっと、そばに居たい(恋人と別れたのは、つまるところ、彼に心を奪われたから? まさか)。さっさと帰るといったのは、気を引きたいから(無理だと知っているのに)。出来ることなら、触れたい。触れたかった。
きっと、彼に憧れているだけなのだ。取って代わりたいのは、彼なのだ、おそらく。
あたしは、彼の方に視線をむけながらいう。
「映画まで、まだ時間があるから、まだここに居ようかな」そして、人差し指で上をさしながら「おもてで、砂のお城を作るひとー」
ヒトの身体の50〜60パーセントは水、つまり、あたしたちは(骨格を奪ってしまえば)、しょせんほぼ水分。自意識なんか、ほんのオプションに過ぎない(これが、ひどく厄介なのだが)。
ガラスのボウルに残るのだって、結局、抹茶の溶かされた冷たげな水だけなのに。
《 了 》
かっちーさま。
「氷」の左右に、水を配置した、短い詩、あるいは、絵画的と言えるかも。解釈が自由なだけに、読み手の力量が試されますね。
で、なんとか、勢いをつけて書き上げました。無機物だけを並べて、意味や情緒を剥ぎ取ったのが、この作品の好きなところ、なのに、真逆の、こじらせ女の愚痴になってしまいました。もっと、ヒンヤリさせたかったけど、これが、今書ける、描ける感じのようです。うひゃひゃひゃ。
たくさんのnoterさんが、この俳句を元にして、小説を創作したら、バラエティ豊かで楽しかろうと思います🧊
tokyo no.1soul set+中納良恵 『みずいろの雨』
これで、あなたもパトロン/パトロンヌ。