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dessin|ベテルギウスから轟く色彩

詩は尖るベテルギウスの爆ぜるまで

              宇谷風月


細野晴臣『銀河鉄道の夜』


小学二年の課外学習で、プラネタリウムに行った。ドームの内側にミッドナイトブルーの宇宙が拡がると、光の粒子が溢れる銀河が流れ、たくさんの星座が現れた。いっかくじゅう座、けんびきょう座、ちょうこくしつ座、ベガとアルタイル、アンドロメダ大星雲。音楽にあわせ、それぞれにまつわる神話が語られる。猟犬のシリウスとプロキオンを従えた、美しい狩人オリオンの肩に輝く赤いベテルギウスが、超新星爆発の予兆を示していることも。しばらくの間、教室では、爆発の明るさで白夜になるとか、夜でも虹が見えるとか、放出される宇宙線が、人類を滅亡させる可能性もあるだろうなどと噂しあった。

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学区内に伯母が住んでいたから、母が入院するたび、私はそこへ預けられた。日本家屋に洋館を建て増しした、古くて大きな屋敷で、むやみに曲がり角や段差があった。二年生の冬休みも、伯母の処で過ごしたのを覚えている。私より三歳年上の従兄がいて、病弱らしく、学校へは通わず、家庭教師に勉強を教わっていた。黒くてたっぷりな髪を胸の辺りまで伸ばした彼は、幼少期のジャン・ルノワールみたいに、女の子の格好をさせられていた。そして、決して喋らなかった。私が話しかけようとしたら、指を脣に当てて、黙るよう合図するほどだった。

私たちは中二階の図書室に閉じこもって、午後の静けさに浸りながら、図鑑で調べ物をしたり、絵を描いたり、工作をしたものだ。図書室のドアは、壁と同じクロスが貼ってあったので、少し紛らわしかった。部屋の中央に置かれた長方形の大きな卓子テーブルに上がり、望遠鏡を据えて、高窓から真昼の月を観測することもあった。従兄は十六世紀ごろの学者を気取り、ルパシカ服みたいな、丈の長い黒いワンピースに、ベルベットのルームシューズで、沈鬱な表情を浮かべながら卓子テーブルの上を歩き廻った。

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プラネタリウムでお土産にもらった星座早見盤をわたすと、彼は日付を回し、その日に観察できる星座を探しだした。私はベテルギウスを指さす。彼は画用紙くらいの大きさのボール紙に、オリオン座を書いた。星の部分は丸く切り抜いてから、図鑑を広げ、星座に重ねてオリオンの姿を描くよう私に指示した。鉛筆の下書きは、白いクレヨンでなぞることにする。プルシャンブルーの水彩絵具を塗ると、はじくように。オリオンが出来上がったら、次はおおいぬ座とこいぬ座を描いて、冬の大三角形を構成しようと考えた。

卓子テーブルの上に幾つも並べたチョコレートの箱やクッキーの缶には、色鉛筆やクレヨンのほか、ガラクタに分類される雑多な宝物、例えば真鍮のボタン、マッチ箱、ローズカットした青いガラス、時計の歯車と巻き鍵、蜂のピンバッチ、鉱石、外国のコインなどが集められていた。従兄はそれらを取り上げては、トライアングルのビーターで一つずつ叩き、音を確認した。私たちは作業に没頭した。室内に永遠が立ちこめるようだった。

オリオン座の仕上げに、従兄はボール紙の裏側から、切り抜いた星の部分にセロファンを貼った。ベテルギウスは赤、リゲルは水色。表側の星のそばには、響きが気に入った些細な物オブジェを接着剤で貼りつける。ベテルギウスは貝殻、アルニラムはビーズ、ベラトリクスはボビン。完成すると、彼は私にビーターを持たせた。貝殻を叩くよう指示する。音色に納得した彼が、オリオンの絵を晴れた窓へかざしたとたん、注ぎ込む陽光に照らされて、星々が眩しく輝きはじめた。

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今にして思えば、従兄は共感覚シナスタジアの持ち主で、色彩の音を聴いていたのではないだろうか。ベテルギウスの爆裂する赤い音を。

大人になった彼は、缶詰の会社に就職し、アラスカで働いている。


小沢健二『流れ星ビバップ』

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アポロ賞第一位の返礼として、アポロ氏の俳句より、イメージを膨らませて、散文詩的な物語を(目指して)書いてみました。ベテルギウスの句は無季に分類されるけれど、オリオン座は冬の星座なので、冬の作品、と認識しました。

アポロンよ、北極星のように、いつも見守り、励ましてくれてありがとう。

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           作画:アポロ画伯



これで、あなたもパトロン/パトロンヌ。