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「なるんじゃなくて、変わっていくものなんじゃないかな」






気になっていた映画「線は、僕を描く」を観てきました。
原作未読で久々に見たいと思った邦画。
すごく良い作品で、シンプルで、きれいで、
そんな作品だったので忘れないうちにレビュー。
バチクソネタバレなので、これから観る予定の方は迂回願います。









ある悲しい出来事から、何にも前向きに取り組めず、
「何にもならない自分」になることを
望んでいるように見える主人公の青山霜介。
きっと大学3年生くらいなのかな、と思う青年。



ひょんなことから現代水墨画の巨匠・湖山に見初められ
ストーリーが展開していくんですが、
とにかく出てくる人全員が清い。



湖山は言葉多くないけど、
自分の孫娘・千瑛が描いた椿を見て涙していた青年・霜介を
「真っ白なキャンパス」と表現する。

私は母親が小学生から日本舞踊をやっていたので
日本芸術というものは何とも奥深く、また世界が狭く、
それゆえに生きづらいのだろうと感じることが多くあったけど、
きっと日本の現代水墨画の世界もそうではないのかな、と
勝手に思ったりした。
でも、その中で恐らく成人しているであろう霜介を弟子にしようとしたり、
跡継ぎと言われる孫娘に言葉多く語らない姿勢とか、そういう部分が、
湖山が今でも生ける芸術家であり続ける理由なんじゃないかな、
とか考えてしまった。

霜介が絵を見てなぜ涙していたのか、は
ぜひ作品を見てほしいところですが、
この過程の描き方も無駄がなかったなって感じた。



"命”という言葉がこの作品にはあふれているけど、
それは"生きる"とか"死ぬ"とかそういう生だけを切り取ったものではなくて、
"命あるものにどう向きあうのか"
"命尽きたものにどう向きあうのか"という要素が強い気がした。





たとえば、霜介の親友、巧はとにかく人間だった。

彼は千瑛に憧れや恋心を抱いているのかな、
と思えるシーンもたくさんあったけど、
そんなのをかき消すぐらい親友と向き合うシーンが素晴らしかった。
湖山のおかげでようやく3年前の悲しい出来事に向き合おうとしつつも
まだ足が踏み出せない親友を見て、

「俺は進んでるぞ、就職するぞ!?」

「俺はお前の親兄弟でも何でもないけど、
 もしお前の親兄弟だったら、
 絶対にお前の人生の足かせになってなりたくない。
 そう思うに違いない。」

と親友に向けて言葉をかける。
3年間、踏み出すことのできない彼の傍にいながらも、
彼を救うことが出来なかった自分の無力さを理解した上で、
更にそれを「ごめん」と謝りつつ、
そんな言葉をかけられる人間、巧、彼は本当に素晴らしい。

何事にも一生懸命向き合える、
あんな友達がいたら心強い以外の何でもないな、と思った。




あとは湖峰先生も素晴らしかった。
序盤、霜介が「自分は何にもならないかもしれない」というようなことを言うんだけど、それに対して「なれない、じゃなくて、ならない、か。」という。


鬼深くてぞっとした。
"なにかになる"んじゃなくて、
"なににもならない"という選択をしようとしている青年。



結果としては湖山が引き入れたような形ではあるけど、
湖峰も霜介の闇を一番近くで見て、気にかけていた1人だと思う。





そして、水墨画を生で描くパフォーマンスが素晴らしかった。
生き生きとしていて、まるで本当に芸術家のように見えたし、
楽しそうにそれに向き合う姿は本当に圧巻だった。

この作品には4人の水墨画を描く人が出てくるけど、
全員が全員、違う軸がある気がしてそれも素敵だった。

湖山は自然に寄り添い、あるがままに、
湖峰は見えないものを描きつつも、すべてを受け入れるように、
千瑛は目に見えるものをリアルに、まるで切り取ったかのように、
霜介はそこにある存在に命を吹き込むように。





水墨画で出会った人々に日々かかわっていく中で、
日に日に表情も豊かになっていく霜介。
「僕もなれますかね、千瑛さんみたいに」と湖峰にあるシーンで聞くんだけど、その時、湖峰は「なるんじゃなくて、変わっていくものなんじゃないかな」みたいなことを言うんですよね。



本当にそれはそうだな、って思った。
「何かになりたい」と強く願ったりそういうことってある。
大人になっていくうちに少なくはなっていくけど、
「なりたい」じゃなくても「やりたい」とか「こうしたい」とか。
そういうのって結局すべてがすべてどんなに努力しても叶わないこともあって、
でも叶わなくても自分自身は別の何かに変わっていく。
だから、このセリフはすごいストーンと自分に入っていった。








この映画を観た後に思った1番のことは、
「何かに真剣に向き合える人間は、
 遅かれ早かれ何かでは成功するな」ということ。

霜介は水墨画に出会って、
「内弟子」はハードルが高すぎる、ということで、
最初は「生徒」として関わっていくんだけど、
それでも彼は自宅で信じられないくらい、
習ったことを練習しているんですよね、黙々と。

(それを不意に知った親友巧のセリフが面白くてくすっと笑えて、
 隣にいた友達Mちゃんもくすっと笑っていました)

まず、その努力ができる人間であることがすごい。
彼自身が水墨画に魅せられた、というのもあるかもだけど、
恐らく「この歳からはじめても」とか「才能がうんちゃら」とか
言い訳を付けて頑張らない人間のが多いと思う。
彼はそんなことを言わず、黙々と習ったことを反復する。
この姿勢って素晴らしいよな、って。
こういうことが出来る人間は、
遅かれ早かれ何かで成功するな、と強く思った。










悲しいことって、人生で必ず起きるし、
楽しいだけの人生なんてないんだと思うけど、
(映画の中でもこんなセリフがあるけど)

その時に立ち上がろうとするのか、
差し伸べてくれた手をつかもうとしたのか、
そういうことが大切なんじゃないかなって
この映画を観てすごく感じました。




あとは1つの言葉の重みも感じた。
たった一言が言えなかったことを後悔している霜介が
作中では描かれていたけど、
これは誰にでも言えることだよな、と。





当然のことだけど、
当たり前はないから、大切な人には、
悔いのないように毎日接したいな、って思った。








無駄がなくて、スマートで、きれいで、
素晴らしい邦画でした。
もちろん、出てくる水墨画すべても素晴らしくて、
エンドロールはデジタルとの融合もあり圧巻です。




あと挿入歌のyamaさんの「lost」がめちゃくちゃいい。

あの日から全部が嫌になって
ただ生きてるだけの存在で
数えきれないほど無駄に泣いて
あの日にはもう戻れない
僕はまだ立ち止まっていて
どうしようもない夜を彷徨っている


この部分含めてすべてが本当に映画とピッタリすぎて。
更に流れるシーンも良い。




水墨画の迫力も楽しめるので、
ぜひ劇場で観てほしい作品だな、と思いました。





私は明日も頑張ろう、という活力をもらえました。



素晴らしい映画に出会えて、感謝。

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